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新型肺炎 院内感染で医療従事者や入院患者に拡大 武漢市の病院医師が論文

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルス肺炎の院内感染で被害を広げた武漢大学中南医院(写真:ロイター/アフロ)

武漢市の病院の致死率は4.3%

[ロンドン発]中国湖北省武漢市から新型コロナウイルス肺炎が世界中に広がっている問題で、武漢市の武漢大学中南医院が1月1~28日に治療に当たった感染者138人のうち41%に当たる57人が院内感染だったという衝撃的な事実が分かりました。このうち40人は医療従事者でした。

全体の26%が集中治療室(ICU)で治療を受けており、致死率は4.3%。アメリカの医師会が発行する米医学雑誌ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーションに、治療に当たっている中南医院の医療チームが研究論文を発表しました。

米ジョンズ・ホプキンス大学CSSEの新型コロナウイルス肺炎の感染状況によると、感染者3万7580人、死者813人。単純に致死率を計算すると2.16%。中国本土以外は感染者356人、死者2人で致死率は0.56%です。

専門家による統計サイトworldometerによると、湖北省の致死率は3.1%、武漢市は4.9%。被害は中国本土、湖北省、武漢市に集中していることが分かります。今回の研究論文は、武漢市の初期の情報統制が院内感染によって被害を一気に広げたことを物語っています。

「医師を兵士、病院を戦場」にしたのは誰だ?

昨年12月30日にウィーチャット・グループで医師仲間に「華南水産卸売市場で7人のSARS(重症急性呼吸器症候群)患者を確認」といち早く異変を知らせた武漢市の李文亮医師(34)は公安に口止めされ、2月7日、自らも新型コロナウイルス肺炎の犠牲になりました。

結局、病気はSARSではありませんでしたが、この時、武漢市当局が感染者を指定病院に隔離するなど適切な対応をとっていれば、患者の命を救う病院で逆に院内感染が広がり「医師は兵士、病院は戦場」(人民日報)になる悲劇を招かずに済んだ可能性があります。

研究論文によると、院内感染したのは入院患者17人(12.3%)と医療従事者40人(29%)。入院患者のうち7人は外科、5人は内科、5人は腫瘍科でした。医療従事者のうち31人は一般病棟(77.5%)、7人が救急部門(17.5%)、2人が集中治療室(ICU、5%)で働いていました。

1人の患者は腹部症状を呈しており、外科に入院。10人以上の医療従事者がこの患者から感染したと推定されています。患者から患者への感染も発生したと推定され、同じ病棟の少なくとも4人の入院患者が感染、全員が非定型の腹部症状を呈しているそうです。

この4人のうち1人は発熱しており、入院中に感染したと診断されました。その後、患者は隔離されました。同じ病棟の他の3人の患者は腹部症状とともに発熱し、感染が確認されました。

患者1人から10人以上の医療従事者に感染の衝撃

worldometerによると患者1人からの感染率は3~4人と推定されているだけに、患者1人から10人以上の医療従事者への感染が確認されたことは衝撃的です。感染者と「濃厚接触」する医療従事者のリスクが非常に高いことが分かります。

新型コロナウイルスの感染ルートは現時点で

(1)感染者の飛沫(くしゃみ、咳、つばなど)と一緒にウイルスが放出され、他者がそのウイルスを口や鼻から吸い込んで感染する飛沫感染(ひまつかんせん)

(2)感染者がくしゃみや咳を手で押さえた後、物に触れて付着したウイルスが他者の手を経て口や鼻の粘膜から感染する接触感染

が考えられています。

武漢大学中南医院で調査対象となった感染者138人のうち14人が下痢、5人が嘔吐の症状を示しており、下痢や嘔吐から感染が広がった疑いも浮上しています。

研究論文によると、138人の中央値は56歳。75人(54.3%)は男性。感染者の主な症状は発熱136人(98.6%)、倦怠感96人(69.6%)、乾いた咳82人(59.4%)です。最初の症状から呼吸困難を起こす期間の中央値は5日間、入院までは7日間、急性呼吸窮迫症候群を発症するまでは8日間。

リンパ球の減少97人(70.3%)、幹細胞の働きを見るプロトロンビン時間が長くなっていたのは80人(58%)、乳酸脱水素酵素の上昇55人(39.9%)。胸部コンピュータ断層撮影スキャンでは全ての患者に、両肺に斑状の影や、すりガラス状の不透明性が確認されたそうです。

ICUで治療を受けたのは36人で、年齢の中央値は66歳、合併症を持っているのは24人。合併症は急性呼吸窮迫症候群22人、不整脈16人、ショック症状11人(重複あり)などでした。2月3日までに47人が退院し、6人が死亡。残りの感染者は依然として入院しています。

高齢者や合併症を持っている人のリスクが高いことが改めて裏付けられました。ちなみに退院した47人の入院期間の中央値は10日間でした。

日本もリスク地域とみなすイギリス

アフリカからの渡航者が多く、世界に版図を広げた歴史を持つイギリスのNHS(国民医療サービス)の感染症対策は確立されています。この2週間内に武漢市や湖北省から渡英した人は外出せずにまずNHSの111番に電話するよう呼びかけています。

湖北省以外の中国やマカオ、香港、さらにタイ、日本、韓国、台湾、シンガポール、マレーシアからの旅行者についても咳や発熱、息切れの症状があれば同じように111番に連絡するよう呼びかけています。

NHSが重視しているのは感染が広がる地域からの旅行者を14日間自宅待機させて事実上“隔離”することです。パニックを起こして病院や診療所に人が殺到すると、それでなくても人手不足の医療現場が麻痺してしまったり、逆に感染を広げてしまったりする恐れがあります。

肺炎が疑われる急患についてはすぐに旅行履歴を確認、感染が疑われる患者については隔離して検査を急いでいます。感染が確認されたら、空気感染する重症感染症に対応できる指定病院に搬送して治療に当たっています。

新型コロナウイルスのワクチンや治療法が確立していない今は隔離しか有効な手立てがないのが現状です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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