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新聞はソーシャルメディアとポピュリズムの脅威に立ち向かえるか 欧州ではしか10万件突破の震源地とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
兵器化するソーシャルメディア(写真:ロイター/アフロ)

2年前に比べ3倍超

[ロンドン発]今年1~10月、世界保健機関(WHO)の欧州地域で10万件を超える麻疹(はしか)が報告されました。昨年1年間の件数を上回り、2017年に比べると4倍近い大流行です。

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昨年11月から今年10月までの1年間で報告件数が多かった国は次の通りです。

(1)ウクライナ 7万5084件

(2)カザフスタン 1万2334件

(3)ジョージア 4611件

(4)ロシア 3765件

(5)トルコ 2769件

(6)キルギスタン 2734件

(7)フランス 2685件

(8)イスラエル 2479件

(9)ウズベキスタン 1974件

(10)北マケドニア 1902件

民主化でワクチン接種率が激減したウクライナの悲劇

ウクライナで麻疹の報告件数が増えたのはワクチンの接種率が下がったからです。

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ウクライナではオレンジ革命が起きる前年の2003年には麻疹ワクチンの2回目接種率は99%に達していました。しかしウクライナの民主化は西側メディアの報道とは裏腹に失敗、ワクチン接種率は急落しました。

そこにロシアのウラジーミル・プーチン大統領による2014年のクリミア併合と東部での紛争でさらに状況が悪化したことが麻疹大流行の背景にあります。しかし遠因は他にもあるようです。

先進国の中では麻疹の報告件数が高いフランスでも少し前まで2回目接種率はそれほど高くありませんでした。

ポピュリストはワクチンの効用を信じない

英紙ガーディアンによると、2017年のフランス大統領選で右派ナショナリスト政党・国民連合(旧国民戦線)のマリーヌ・ルペン党首に投票した有権者の44%がワクチンに対して懐疑的な見方を持っていました。

一方、こうしたワクチン懐疑主義者はエマニュエル・マクロン大統領の支持者の中では12%でした。

イタリアでは2017年、麻疹が6倍に増えて5006件となり、欧州地域の20%超を占めました。2011~2015年の間に麻疹ワクチンを接種する人が5.3%も減り、2017年、10種のワクチン接種が義務付けられました。

子供にワクチンを接種させなかった親は最高500ユーロ(約6万600円)の罰金を支払わなければならなくなったのです。

しかし新興の市民政党「五つ星運動」の候補者は「ワクチンの強制接種は自殺行為」と猛反対し、イタリア北部の極右政党「同盟」は「ワクチン接種にはイエスだが、義務化はノー」と異を唱えました。

結局、今年3月、必要な予防接種を受けていない子供は学校に来ることが禁じられ、ワクチンの政治論争にはいったん終止符が打たれました。

欧州連合(EU)離脱を唱えてきた英国独立党(UKIP)の支持者では麻疹、おたふく風邪、風疹予防の新三種混合(MMR)ワクチンは安全ではないと考える人は28%にのぼり、大人の平均6%を大幅に上回りました。

インターネットやSNS全盛で相対化した新聞

インターネットやソーシャルメディア(SNS)の全盛でフェイク(偽)情報が氾濫(はんらん)し、本当に重要で信頼できる新聞の情報が相対化しています。権威は失墜し、エリートは信頼を失いました。

懐疑主義とポピュリズムに乗っ取られた政府や自治体も信用できない時代に突入しました。世界最強の権力者であるアメリカのドナルド・トランプ大統領が新聞やテレビを「フェイクニュース」と罵倒し、「国民の敵」というレッテルを貼っています。

新聞やテレビを上回る影響力を持つSNSは権威主義国家やテロ組織の「兵器」として使われるようになりました。

今年8月、容疑者の身柄を中国に引き渡す逃亡犯条例改正案に端を発した香港の抗議デモで、ツイッターは「中国国内の936アカウントが抗議活動の正当性や政治的な立場を貶め、香港の政治的な不和を広げている」として中国の国家関与を指摘しました。

10月には、2016年の米大統領選に介入したとして米司法省に起訴されたロシア人実業家エフゲニー・プリゴジン被告とつながるフェイスブックのアカウントを通じてアフリカの8カ国に偽情報を拡散しようとしていたとして複数のアカウントが削除されました。

プーチン大統領は米大統領選だけでなく、昨年12月のマダガスカル大統領選にも介入しようとしていました。モスクワからマダガスカルまで8000キロ以上。マダガスカルはロシアにとって最も戦略的な価値が小さいにもかかわらずです。

ソーシャルメディアを兵器化する

『戦争のようなもの: ソーシャルメディアを兵器化する(LikeWar: The Weaponization of Social Media)』の著者、P・W・シンガー氏とエマソン・ブルッキング氏はこう指摘しています。

ナチスの国民啓蒙・宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス(1897~1945年)は「ラジオや無線がなければ何もできなかった」と言った。ドイツがフランスに侵攻した時もラジオは恐怖を拡散した。

スマートフォン1つで世界中に非常に低いコストで情報発信できる時代になった。過激派組織「イスラム国」(IS)の約1500人が2014年にイラクを進撃する際、恐怖をまき散らすプロパガンダのツールとしてSNSを使った。

中国共産党は個人の社会的な信用度を数値化して査定するソーシャルクレジット(社会信用)システムを導入することで約8億人のインターネット利用者を監視しようとしている。

SNS利用者35億人

SNSの管理システム、フートスイート(HootSuite)の報告書「デジタル2019」によると――。

世界人口 76億7600万人(前年比1.1%増)

携帯電話利用者 51億1200万人(同2%増)

インターネット利用者 43億8800万人(同9%増)

SNS利用者 34億8400万人(同9%増)

携帯電話のSNS利用者 32億5600万人(同10%増)

独統計サイトStatistaによるとSNS利用者の内訳は次の通りです。

フェイスブック 24億1400万人

ユーチューブ 20億人

ワッツアップ 16億人

フェイスブック・メッセンジャー 13億人

WeChat(微信) 11億3300万人

インスタグラム 10億人

テンセントQQ 8億800万人

QQ空間 5億5400万人

TikTok 5億人

新浪微博 4億8600万人

Reddit 3億3000万人

ツイッター 3億3000万人

ニュースをSNSで読む時代

米シンクタンク、ピュー研究所の調べ(昨年9月)ではSNSで「頻繁にニュースを読む」人は20%、「時々読む」の27%を合わせると47%にのぼりました。しかし全体の57%が「大体が正しくない」と考えていました。

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SNSの怖い所はアルゴリズムによって、その人が読みたいニュースを選んで自動的に表示することです。同じような思想傾向を持つ人のコミュニティーが周りに形成され、タコツボ化し、右傾化している人はますます右傾化し、左傾化している人は左傾化していくのです。

そして社会の分断を生み、政治が妥協点を見出すのを難しくしてしまうのです。世界中でメディア・リテラシー教育に取り組んでいる米国の非営利団体IREXのクリスティン・ロード会長に尋ねてみました。

米IREXのクリスティン・ロード会長(筆者撮影)
米IREXのクリスティン・ロード会長(筆者撮影)

「アルゴリズムは、すでに消費しているものをより多く供給するように設定されています。あなたにワクチン懐疑主義者や白人至上主義者の傾向があれば、一度クリックすれば、次から自動的にそうしたコンテンツが表示されるようになるのです」

「それに関してテクノロジー企業にできることがあります。フェイスブックは人々に広い範囲の見方に触れることができるよう努めています。それが技術的なソリューションです。人々は彼らが好きなものが好きであることを止めるとは思いません」

「それを回避する唯一の方法は人々や他の事柄に興味を持たせることです。それは困難な闘いのように感じるかもしれません。しかし人々がバブル(泡)の中に包まれたように自分が見たい情報しか見えなくなるというのは経験的に本当ではありません」

「少なくともアメリカやイギリスでは広範なニュースソースがあります。私たちが思っている以上に人々の目は肥えているかもしれないという希望を少し与えてくれます。セルビアでは人々はより広い範囲のメディアを消費し始めているという話を耳にしました」

「確固たる証拠はありませんが、あなたのようなジャーナリストにとって非常に重要な質問だと思います。メディア・リテラシーは高品質のコンテンツに対する需要を生み出します。現に米国ではウォールストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストの購読が増えています」

ロード会長は「おそらくこれは希望のしるしだ」と言いました。メディア・リテラシーの低下は格差と貧困にも深く関係しています。新聞が生き残る道は格差や貧困問題、メディア・リテラシーの向上に真正面から取り組み、質の高い情報を提供し続けることしかないと思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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