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「ソフトバンクGの10兆円ファンドは世界の労働者を陥れるおとり商法だ」と痛烈批判した米紙NYタイムズ

木村正人在英国際ジャーナリスト
7-9月期決算を発表するソフトバンクGの孫正義会長兼社長(写真:アフロ)

「ソフトバンクGの1000億ドルが労働者をワナにはめた」

[ロンドン発]ソフトバンクグループは今年7~9月期の連結決算で7000億円を超える赤字を出したばかりですが、米紙ニューヨーク・タイムズが「世界中で現代のおとり商法を生み出している」と痛烈に批判しました。

ソフトバンクGが四半期で過去最大の赤字を出した原因は10兆円を運用する「ビジョン・ファンド」などファンド事業の見込みが外れたことです。

投資先の米シェアオフィス「ウィーワーク(WeWork)」や米配車サービス「ウーバーテクノロジーズ(Uber)」の価値減少により1兆円弱の損失を出してしまったからです。

ソフトバンクGの孫正義会長兼社長は「今回の決算はボロボロ。真っ赤っかの大赤字で、まさに台風というか大嵐という状況」と頭をかきました。

「”ソフトバンク効果” いかに1000億ドル(約10兆9000億円)が労働者をワナにはめたのか」と題したNYタイムズの記事は投資先の一つ、インドのホテルチェーン「オヨ(OYO)」を取り上げています。

OYOを巡ってはインド当局が独禁法違反の疑いで調査に乗り出しています。

インドのホテル経営者「90万円の借金だけが残った」

昨年、OYOはニューデリー郊外で20室のホテルを経営するインド陸軍の退役軍人に「あなたのホテルをわが社の宿泊客のためのフラッグシップにしたい」と持ちかけました。

OYOの冠をつけて独占的にサービスを提供するだけで、予約があってもなくても月々の支払いを保証してくれるというウマい話でした。退役軍人は家具の布を張り替え、リネンを新調しました。

しかし待てど暮らせどOYOからの宿泊客は現れず、支払いは止められました。利益を見込んで先行投資した60万ルピー(約90万円)の赤字だけが残りました。

NYタイムズ紙は「ビジョン・ファンドの過大資本はこの退役軍人のような世界中のホテル経営者、ドライバー、不動産業者ら数百万人の生活をひっくり返した」と指摘し、「現代のおとり商法を生み出している」と批判しています。

ビジョン・ファンドがスタートアップを取り巻く環境を一変させた

世界最大のビジョン・ファンドは次のベンチャーファンドの10倍近い規模です。今、スタートアップに注ぎ込まれている資本はドットコムバブルの2000年当時の約2倍にのぼるそうです。

人工知能(AI)、ビッグデータ、ロボットの開発やシェアリング・エコノミー(物やサービス、場所を共有して利用する仕組み)やギグ・エコノミー(インターネットを通じて単発の仕事を請け負う働き方)を支援していくには優秀な人材と巨大資本が必要です。

しかしNYタイムズ紙は過大資本であるビジョン・ファンドの登場がスタートアップを取り囲む環境を一変させ、世界中をマネーゲームの渦に巻き込んでいると指摘しています。

シェアリング・エコノミーの労働者はセルフエンプロイド(自営業)扱いで、従来の労働法で守られていません。しかもニューデリーのホテル経営者の例を見ても分かるようにスタートアップ企業は経費を負担してくれません。

NYタイムズ紙はニューヨーク、コロンビアの首都ボゴタ、ムンバイなどでソフトバンクGが資金提供したスタートアップ企業に対する抗議行動が起きていると指摘しています。

中国だけでも、ソフトバンクGが支援するロジスティクス会社、配車サービス、食品配送会社の3社で32件のストライキが発生したそうです。

テクノロジー時代の過大資本

上場した際の利益、株価の上昇を当て込んだ投機的な投資が行われるようになり、短期的にスタートアップの価値上昇が見込めない場合、資本が一斉に引き揚げられる恐れがあります。

その時、スタートアップ企業と契約している世界中のホテル経営者、ドライバー、不動産業者の生活が脅かされることになるという構造的な問題をNYタイムズ紙は指摘しているわけです。

従来の雇用形態とは異なるシェアリング・エコノミーやギグ・エコノミーは確かにリスクを伴います。しかしウィーワークの日本国内のメンバー数は開始から1年で1万7000人に達しました。

テクノロジーが産業構造を激変させる中、こうした新形態のエコノミーが社会に必要なニーズに応えているのも、また事実なのです。NYタイムズ紙で取り上げられたニューデリーのホテル経営者は他のサービスを利用して宿泊客を増やすこともできるはずです。

ソフトバンクGが株式を保有する中国最大のネット通販最大手のアリババ集団は「独身の日」セールで過去最高の2684億元(約4兆1000億円)を記録したそうです。

過大資本の功罪をどう見るか――。

デジタル化とグローバル化が進む中、「責任ある企業行動 (RBC)」のデュー・ディリジェンス(行為者がその行為に先んじて払ってしかるべき正当な注意義務及び努力のこと)はどの範囲で求められているのでしょう。

企業は儲けてナンボだけで済む時代は終わりました。同時に「倫理的(エシカル)」で「持続可能(サステナブル)」であることが求められています。過大資本と世界の労働者の関係をどうとらえ直すのか、NYタイムズ紙が指摘するように私たちは立ち止まって考えてみる必要がありそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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