Yahoo!ニュース

英EU離脱を問う総選挙が決まった翌日、ツイッターが政治広告を全面禁止 嫌がらせで女性議員3人が引退

木村正人在英国際ジャーナリスト
政治広告の全面禁止を決めたツイッター(写真:ロイター/アフロ)

「政治的な決定権はオカネによって左右されるべきでない」

[ロンドン発]欧州連合(EU)離脱後に自由貿易協定(FTA)を結ぶボリス・ジョンソン英首相の強硬離脱(ハードブレグジット)合意を有権者に問う総選挙が12月12日に実施されることになりました。英国の未来を左右する重要な選挙になります。

そんな中、ツイッターは10月30日、すべての政治広告を禁止することを決定しました。同社の共同創業者兼CEO(最高経営責任者)のジャック・ドーシー氏が連続ツイートしました。

「私たちは世界的にツイッター上のすべての政治広告を止めるという決定に達しました。政治的なメッセージはオカネで買われるものではなくて、自らの力で広がるべきだと信じているからです」

その理由について次のように説明しています。

「政治的なメッセージは発信者のアカウントをフォローしたり、リツイートしたりすることで広がります。それをオカネで買うことは利用者の決定権を奪うことになり、到達度の最適化を図り、狙い撃ちして政治的なメッセージが届けられることになります。この決定権はオカネによって左右されるべきではないと考えます」

「数百万人の人生に影響を与える投票行動を左右する」

「インターネット広告は商業広告主にとって非常に強力で効果的ですが、その力は政治に重大なリスクをもたらします。数百万人の人生に影響を与える投票行動を左右する恐れがあります」

「インターネットの政治広告は全く新しい課題を突き付けています。機械学習によって最適化されたメッセージの発信とマイクロターゲティング、チェックを受けていない誤解を招く情報、偽情報です。そのスピード、洗練度、規模のすべてが向上しています」

「これらの課題は政治広告だけでなく、インターネット全般に影響します。負担を増やしたりオカネが絡んだ複雑な問題を抱えたりすることなく、根本的な問題に集中するのが最善です。両方を修正しようとすることは、どちらも上手く修正しないことを意味し、信頼を失います」

「ツイッターははるかに大きな政治広告のエコシステムのごく一部でしかありません。今日の決定は現職を利する可能性があると主張する人もいるでしょう。しかし、私たちは多くの社会運動が政治広告なしで大きくなるのを見てきました」

「最後にこれは表現の自由の問題ではなく、メッセージを届けることへの対価の問題です。政治的な主張を広げるためにオカネを払うことは、今日の民主主義のインフラが対処できない問題を生み出します。後退する意味はあります」

草の根離脱派の怒りを煽るジョンソン首相

さて英国の総選挙です。政治キャンペーンで使われるデジタル広告の割合は下のグラフのように急激に増えています。

画像

ジョンソン首相の選挙戦術は英国のEU離脱を阻んでいるのは議会だと「英国民vs議会」の対立構図を作り上げ、草の根離脱派の怒りやフラストレーションを煽って、保守党への投票に動員しようとしています。

しかしジョンソン首相のこうしたレトリックは下院議員をターゲットにした攻撃的なツイートを誘発していることが英紙フィナンシャル・タイムズの調べで浮き彫りになりました。ジョンソン首相がいかに草の根の離脱派の怒りを動員しているかが分かります。

嫌がらせが原因で現職閣僚を含め女性下院議員3人が政界引退を決断。3年前のEU国民投票ではEU残留を訴えていた労働党の女性下院議員ジョー・コックス氏が極右の男に惨殺される事件が起きています。

一方、最大野党・労働党はジョンソン首相の強硬離脱を許すと規制緩和が進み、富裕層への優遇政策、緊縮財政でNHS(国民医療サービス)や福祉、労働者の権利は切り捨てられると言い募り、保守党への反感を動員するとみられています。

英国の総選挙は1979年以降、日照時間が長くて、明るい4~6月にしか行われたことがありません。

ジョンソン首相の合意を巡っては10月19日の土曜日に下院で審議が行われましたが、「土曜日の審議はフォークランド紛争以来」と大きなニュースになりました。暗くて寒い12月に総選挙が行われるのは1923年以来のことだそうです。

英国の二大政党制はすでに崩壊した

英国は二大政党による政権交代が長らく続いてきましたが、冷戦終結後の30年間で多党化が進んでいます。主要政党を見ておきましょう。

【与党・保守党】EU離脱を巡り、党内残留派や穏健離脱(ソフトブレグジット)派が離脱または追放されて大幅に過半数割れ。ジョンソン首相が強硬離脱を主導し、新党ブレグジット党に流れた票を取り戻す。

【最大野党・労働党】筋金入りの社会主義者で“隠れ離脱派”のジェレミー・コービン党首が残留か離脱かあいまいな態度を取り続けているため党内は液状化。EUの関税同盟残留案を2回目の国民投票にかけるという党の建前とは別にそれぞれが好き勝手なことを言っているため、党の方針が何なのか理解しにくい。

【中道・自由民主党】EU残留派。39歳のジョー・スゥインソン新党首は政権取りを宣言。反ユダヤ主義を野放しにするコービン労働党党首への不信感を露わにし、2回目の国民投票ではなく離脱手続きの撤回を唱える。

【スコットランド民族党(SNP)】EU残留派。スコットランド独立を党是に掲げ、EU離脱の混乱に乗じて独立の住民投票を実施するのが最優先課題。

【ブレグジット党】3年前の国民投票で離脱派を勝利に導いた英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ党首が立ち上げた新党。EUとの関係を完全に断つ「合意なき離脱」を主張し、保守党を突き上げている。アングロ・サクソンの復権を目論む謀略に加担しているとの指摘も。

EU残留派の野党協力がなければ保守党が大勝

草の根離脱派はブレグジット党に投票すると強硬離脱を阻む労働党を利することになるので保守党に投票するでしょう。ジョンソン首相は労働党離脱票の一部を除いて離脱票を一手に集めるのに成功する可能性が大きいと思います。

EU残留派のキャンペーン団体「ベスト・フォー・ブリテン」が今年9~10月、選挙区ごとに4万6000人の政党支持動向を分析した結果、野党間の戦術的投票が行われなければ保守党は364議席を獲得して圧勝すると予想しました。

画像

一方、野党は労働党189議席、自由民主党23議席、SNP52議席など計268議席しか取れず惨敗するそうです。

英国の選挙制度は死票が大量に出る単純小選挙区であるため、自分の1票を無駄にしないように支持政党ではない政党に投票(戦術的投票)することがあります。勝つ見込みが少ない候補者の票を勝つ見込みがある他党の候補者に回せば当選する可能性が膨らみます。

今回の総選挙で野党が分裂するのではなく選挙協力すれば保守党の候補者に勝てる選挙区が増えてきます。

残留派の30%が戦術的投票を行えば与野党逆転

EU残留派の30%が戦術的投票を行うだけで保守党は309議席に。一方、野党は労働党233議席、自由民主党34議席など計323議席(議長・副議長などを除いた英下院の事実上の過半数は320議席)で与野党が逆転します。

EU残留派の40%が戦術的投票を行えば保守党は277議席に転落。野党は労働党255議席、自由民主党44議席など計355議席に膨らみます。

野党はまさに呉越同舟の状態に置かれています。しかし、自由民主党は保守党との連立時代(2010~15年)に離反した支持者と取り戻した上、保守党と労働党の残留派の取り込みを狙っており、労働党と選挙協力するインセンティブは全く働きません。

29日、UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)ジャパンソサエティーで英国のEU離脱について講演する機会があり、学生たちに「ジョンソン首相が好きな人は?」と尋ねると誰1人として手を挙げませんでした。「じゃあコービン党首が好きな人は?」と尋ねるとこれもゼロでした。

コービン党首に対する若者たちの一時の熱狂的な支持はもう過ぎ去ったようです。労働党内でさえ「コービン首相」の誕生を望んでいない人が少なからずいるのが現実です。

保守党と労働党の間に挟まれた自由民主党はどうするのか。今回の総選挙には立候補しないビンス・ケーブル前党首は戦術的投票についてこう話しました。

「今回はEU離脱を問う総選挙になる。有権者にとっては賛否を表明する機会になる。戦術的投票は理想的なシステムではないが、今回はEU残留、離脱の二者択一をする上でパワフルなツールになる」

筆者はそのケーブル前党首に次のように質問してみました。

自由民主党のビンス・ケーブル前党首(筆者撮影)
自由民主党のビンス・ケーブル前党首(筆者撮影)

――ジョンソン首相は英国民vs下院という構図を作り上げ、草の根の離脱派の怒りを煽っているが、そうした有権者をどうしたら説得できると考えるか

「英国民vs下院というロジックは成り立たない。下院は民意を問う総選挙を選択したからだ。英国民vs欧州というロジックも成り立たない。EUは妥協して英国と合意に達している」

「英国のEU離脱を完了するというロジックもデタラメだ。離脱するだけでは何も終わったことにはならない。英国民vs下院という指摘はこの2~3日に起きたことを見ただけでも信用できないことが分かる」

ツイッターが政治広告を全面禁止したとしても、有権者の怒りを煽るインターネット政治はますます燃え上がっています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事