Yahoo!ニュース

英国がEUと急転直下の合意 10月31日にEU離脱の可能性

木村正人在英国際ジャーナリスト
ジョンソン英首相(右)とアイルランドのバラッカー首相の笑顔は本物だった(提供:Noel Mullen/ロイター/アフロ)

[ブリュッセル発]英国の欧州連合(EU)離脱交渉は17日、英・EU双方が急転直下、合意に達しました。17、18日のEU首脳会議を経て、19日、英議会で採決される見通しです。

ボリス・ジョンソン英首相は「我々はコントロールを取り戻す新しい偉大な合意を得た。さあ今度は英議会が土曜日に新たな合意を承認すべきだ」とツイート。

テリーザ・メイ前首相とEUの離脱協定書で最大のトゲとして残っていたバックストップ(安全策)を別の枠組みに完全に置き換えました。アイルランドの記者に尋ねると、「北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)を除くとみんなハッピーだろう」という評価でした。

ラグビーワールドカップ(W杯)で日本はアイルランドを撃破したものの、両国とも決勝トーナメント進出を果たしているので話が弾みました。

バックストップとは英国とEUの将来の通商交渉が決裂した場合、アイルランドとの国境に「目に見える国境」を復活させないために英国全体がEUの関税同盟に、北アイルランドは単一市場の大半に残るという安全策です。

ジョンソン首相は少数政権に転落。閣外協力を得るDUPは合意に難色を示しており、議会で可決されるかどうか予断を許しません。正直言って、この合意には驚きました。

EU離脱交渉に詳しい英ケンブリッジ大学のキャサリン・バーナード教授は「法的文書をまとめるのにどれだけかかるか分からない」と、英サリー大学のサイモン・ウッシャーウッド教授も筆者に「EU首脳会議が始まる前にアウトラインで合意するのも難しい」と断言していたからです。

EUのミシェル・バルニエ首席交渉官の記者会見から見ておきましょう。「EUはアイルランドと英・北アイルランドの国境を開いたままにし、アイルランド島の経済を維持し、単一市場の完全性を守りたかった」「ジョンソン首相にとっては北アイルランドを英国の関税地域に留めることが重要だった」

「交渉は時に困難だった。しかし忍耐は美徳だ。特にEU離脱交渉にこの格言は当てはまる」。英国とEUは次の4点で合意に達しています。

(1)EUの規制が北アイルランドのすべての財(モノ)に適用される。

(2)北アイルランドは英国の関税地域に留まる。従って北アイルランドは英国の貿易政策の恩恵を受ける。

単一市場へのエントリーポイントとして残る。英国当局は北アイルランドに入る財が単一市場に入る可能性がない限り、英国関税を適用。単一市場に入る場合はEU関税を適用。

(3)付加価値税(VAT)では単一市場との整合性を維持する一方で、英国が主張するデジタル解決策を尊重する。

(4)この枠組みが施行されてから4年後、北アイルランド議会はこの枠組みの中に留まるかどうかを単純多数決で決定する。

「10月31日までに批准できると信じている」「ジョンソン首相の言葉を借りると合意は『公正かつ合理的』だ」

「ジョンソン首相は北アイルランドで合同委員会がマンデート(委任された権限)を負うことになると言った」「これはバランスの取れた合意だ。『可能な限り最高のものだ』」

「バックストップは新しいアプローチに置き換えられた」「これは英国とEUの間のダイナミックな妥協だ」

「第三国から北アイルランドに入った財がアイルランドに流入するリスクについては英国とEUの合同委員会がチェックする」

(1)財の行き先は?

(2)消費財か、工業製品か?

(3)財の価値は?

(4)違反のリスクは?

「重要な転換点は、北アイルランド和平のベルファスト合意の共同保証人であるアイルランドのレオ・バラッカー首相とジョンソン首相の会談だ。その後、英国とEUは前進することができた。2人はアイルランドと北アイルランドの間で税関検査を行わないことで同意した」

「VATについてはEUシステムが北アイルランドに適用される。2020年12月末に移行期間が終了して4年が経過してから北アイルランド議会の議員は単純過半数に基づいてこの枠組みをさらに4年間継続するかどうか投票する」

「それは8年間続く。枠組みを終了する投票があった場合、2年間のクーリングオフ期間を設ける」。北アイルランド議会が現在のように機能不全に陥っている限り、この枠組みは自然継続するそうです。ポイントは英議席に10議席しか持たないDUPの拒否権を完全に封印したことです。

EUとの交渉より難しいとみられる英議会での採決について悲観的な見方が多い中、ロンドン大学クイーンメアリー校のティム・ベイル教授は「僅差だが議会を通過する可能性は十分にある」と大胆に予測します。鍵を握るのは次の4つのグループです。

(1)北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)

北アイルランドは「合意なき離脱」を望んでおらず、DUPが賛成に転じても支持者から見放されることはない。金銭的補償でジョンソン首相の合意に賛成する可能性はある(この見方についてアイルランドの記者は首を傾げた)。

(2)強硬離脱派の欧州研究グループ(ERG)

DUPより賛成に転じやすい。英国経済がEUに合わせるのではなく距離を置くのであれば賛成する。すでに最強硬派の1人はジョンソン首相に歩み寄っている。

(3)労働党の離脱派

労働党の立場は2度目の国民投票の実施だが、ジェレミー・コービン労働党党首の人気は最悪。党議拘束がかからなければ賛成する可能性がある。

(4)保守党の党籍剥奪組

正当な保守党議員で、造反したのは「合意なき離脱」を回避するため。合意に賛成してもおかしくない。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事