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【ラグビーW杯】英国のスポーツ記者が悲願のベスト8進出と台風に見た日本精神と「死の猛特訓」

木村正人在英国際ジャーナリスト
世界から注目されるラグビー日本代表(写真:アフロ)

[ロンドン発]日本代表がアジア初のベスト8入りを果たし、盛り上がるラグビーワールドカップ(W杯)日本大会。英紙ガーディアンの上級スポーツ記者アンディ・ブル氏の記事が素晴らしいとSNS上で評判になっています。

福島や宮城、神奈川など12都県で死者75人、行方不明者13人を出した台風19号が去った直後に行われた日本対スコットランド戦の記事から見てみましょう。ブル氏の記事はスポーツライティングの粋を超え、社会派ジャーナリストとしても秀逸です。

〈日本は台風による破壊に直面して世界に彼らの挑戦とスキルを示した ブレイブ・ブロッサムズ(勇気ある桜)は最も困難な状況下、スコットランドに対する猛烈なパフォーマンスでその能力を証明した〉10月13日

「それは短い黙祷で1分もなかったが、そこには多くの意味が込められていた。台風19号が日本を通り抜けた数時間後、洪水はまだ高く、救助作業は終わらず、復旧作業は始まってさえもいなかった」

「黙祷が正確には誰のために、何人のために捧げられているのか誰にも分からなかった。犠牲者は一日中集計されていた」「試合が行われるべきだったのか尋ねるべきだったのかもしれない。行方不明者が多い中、なぜスポーツをするのか、それを観戦するのか」

「気を紛らわせるために、おそらく日常を取り戻す方法として、挑戦の行為として、少なくとも私たちが生きており、与えられたものを享受することを決意しているという重要な印として」「日本の組織委員会は自分たちにはできるということを世界に示したかった」

「スコットランドは日本が対戦よりも引き分けを望んでいると陰謀説までほのめかしたが、完全に間違っていた。ここで何が起きているのか、日本人の感情、日本代表がどれだけ試合をして勝つことを覚悟しているのか恥ずかしいほど誤解していた」

「黙祷に続いて日本の国歌、君が代が斉唱された。数万人が君が代を歌い、次第に大きくなって街中に響き渡った」「国を愛し、やらなければならないこと以上の強力な力に駆られているチーム、自分たちにはできると証明することを決意している日本代表の前にスコットランドは砕け散った」

〈日本では「努力」と呼ぶが、努力だけでは南アフリカを敗れない ハードワークという考え方は日本スポーツの核心だ。もしそれがW杯で日本を燃え上がらせている汗より、むしろインスピレーションのように見えたとしても〉10月15日

「日本中に変な英語が氾濫している。一番好きなのは『大画面で男たちのライブバトルの偉大な力を見よう!(Let’s watch the great power of live battle of men on the big screen!)』という府中にあったファンゾーンの宣伝ポスター」

「(英カジュアルブランドの)Superdry極度乾燥(しなさい)のパーカーを着ている友だちに尋ねてみて。このパーカーには漢字でextreme speed try test(極端なスピードトライテスト)と書かれている。専門家でさえ正確に翻訳するのに苦労する日本語の単語がたくさんある」

「日本のスポーツについて読んだり話したりしている時に何度も登場する『努力』という言葉もその1つ。『死の猛特訓』という哲学を掲げた早稲田大学野球部の飛田穂洲(とびた・すいしゅう)監督は『選手たちが実際に血を吐くほど熱心に努力しないと試合に勝つことは望めない』と記した」

「日本の高校野球大会である甲子園の歴史はこうした物語に満ちている。伝説の王貞治氏が早実で選抜優勝を果たした時、水膨れがひどくて血が滴り落ちていたにもかかわらず、4日間で4試合を投げ抜いた(「血染めのボール」として有名)」

「(リーチマイケル主将が留学した)札幌山の手高校では1日6時間、週6日、トレーニングをしている。ニュージーランドからやってきた3人のティーンエイジャーから『努力』という言葉を聞いた。『ニュージーランドでは週2回トレーニングをしていたが、ここでは毎日トレーニングをしている』」

「エディー・ジョーンズ前HC(ヘッドコーチ)の下で主将としてプレーした廣瀬俊朗にトレーニングがいかにハードだったかを尋ねると、今でも『非常に、非常にハードだった』と首を振る」

「広瀬は『日本では若い頃からとても長いトレーニングを行っているが、常に質の高いトレーニングを行っているわけではない。それが違いだ』とエディーが日本特有の量とそれ以上の質にこだわったことを強調した」

「W杯に日本チームを引き込む強力な感情の流れがある。日本代表のジェイミー・ジョセフHCが『自分たちのチームは全国に支えられている』と言った時、誇張はなかった。6000万人以上がスコットランドを破るのを観戦した」

〈恥ずかしがり屋のリーチが札幌山の手高校でリーダーになった経緯 日本代表の主将は15歳の時に北海道の学校に入学し、彼の成功でニュージーランドからの留学が続いた〉9月24日

「札幌山の手高校はかつて女子バスケットボール部でよく知られていた。教師の佐藤幹夫は落ちこぼれに何かをさせるためラグビー部を設立。最初、彼は無料でラーメンを食べさせ練習に来てもらわなければならなかった。最初の3年でラグビー部が勝ったのは1試合だけ」

「変わり始めたのはリーチが交換留学生としてニュージーランドからやってきた2004年だ。リーチは15歳だった。『リーチは非常に内気な少年でした』と現在のコーチは語る。三角山と呼ばれる急峻な坂をリーチはトレーニングの後、毎日駆け上った。タイムを30分から15分に縮めた」

「ニュージーランドからやって来た留学生は、ゲームはここでは速いが、母国の方がより巧みだと言う。最大の違いは日本の子供たちがどれだけ一生懸命に練習するかだ。日本では毎朝6時からジムで90分間トレーニングを行って7時間学校に通い、3~4時間ラグビーの練習を行う」

「ニュージーランドでは、すべてのプレーヤーが同じように扱われるが、日本では先輩、後輩と呼ばれるシステムがある。年長の男の子に従わなければならない。留学生の1人は『常に日本のやり方でやるのではなく、ニュージーランドのやり方を少しでも使えるよう説得したい』と言った」

ティア1と呼ばれる強豪チームのアイルランドとスコットランドを撃破した日本代表と感動を広げるジャパニーズウェイの大会運営に世界の注目が集まっています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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