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「内なる壁は永遠に続く」旧東ドイツ州議会選で極右政党「選択肢」大躍進

木村正人在英国際ジャーナリスト
30年前に崩壊したベルリンの壁(ベルリン・ポツダム広場、筆者撮影)

東西の分断につけ込んだ「選択肢」

[ベルリン発]旧東ドイツのブランデンブルク州とザクセン州の州議会選の投開票が9月1日に行われました。ベルリンの壁崩壊から30年。旧東ドイツ地域では東西の経済格差、人口格差につけ込む形で極右の新興政党「ドイツのための選択肢」が大躍進しました。

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ブランデンブルク州では現在第1党の社会民主党(SPD)と「選択肢」が互角の争いを展開したものの、開票の結果(暫定)、26.2%のSPDが23.5%の「選択肢」をかわして首位の座を死守しました。

ザクセン州は第1党のキリスト教民主同盟(CDU)が32.1%で首位を守ったものの、27.5%の「選択肢」に激しく追い上げられました。2つの州でCDU、SPDと、旧東ドイツ時代の社会主義統一党(SED)の流れをくむ左派党の3党は合計で20.5~21%ポイントも票を減らしました。

しかし連邦レベルで連立を組むCDUのアンゲラ・メルケル首相とSPDは何とか体面を保った格好です。

現代のゲッベルス

ベルリンにあるナチスに虐殺されたユダヤ人犠牲者を追悼する「ホロコースト記念碑」を「恥ずべき記念碑」と批判した「選択肢」の中でも最右翼のビョルン・ヘッケ氏が党代表を務めるテューリンゲン州でも10 月27日に州議会選が行われます。「選択肢」が支持を拡大しています。

ビョルン・ヘッケ氏(筆者撮影)
ビョルン・ヘッケ氏(筆者撮影)

ナチスのプロパガンダを担当したヨーゼフ・ゲッベルス(1897~1945年)に例えられるヘッケ氏は、ブランデンブルク州のアンドレアス・カールビッツ党代表とともに党内強硬派ザ・ウィングを結成し、旧東ドイツ地域で支持を集めています。

アンドレアス・カールビッツ氏(筆者撮影)
アンドレアス・カールビッツ氏(筆者撮影)

旧東ドイツ地域は今や「ヘッケ・ランド」と呼ばれるほどです。カールビッツ氏はネオナチ団体とのつながりが指摘され、ドイツ連邦憲法擁護庁は、「選択肢」やヘッケ氏の活動がドイツ基本法に違反していないか目を光らせています。

ベルリンの壁崩壊につながった旧東ドイツの民主化運動では「われわれこそが人民だ!」というシュプレヒコールを上げながら住民たちは行進を続けました。「選択肢」は「われわれこそが人民だ!」と主要政党に攻撃の矛先を向けています。

そして「選択肢」も旧東ドイツ地域で勢力を拡大する最右翼と、CDUから離党してきた穏健グループとの間で分断が広がっています。

ザクセン州最大の都市ライプチヒの投票所には朝からお年寄り夫婦が投票に訪れました。旧東ドイツ地域の65歳以上人口は24%です。

ライプチヒの投票所。お年寄りが目立つ(筆者撮影)
ライプチヒの投票所。お年寄りが目立つ(筆者撮影)

ベルリンの壁が崩壊した時、6歳だったスポーツマネージャー、セバスチャンさん(36)は「『選択肢』は好きではありません。しかし他の政党も耳あたりの良いことを言っているだけではなく実行に移すべきです」と言います。「ドイツだけが偉いのではありません。どの国にも素晴らしいところがあります。私たちは皆、人間なんです」

隠された悲しみや孤独

ザクセン州マイセンの作家兼活動家フランク・リヒター氏は「選択肢」と闘うため州議会選に立候補しました。リヒター氏は 1960年に東ドイツのザクセン州マイセンで生まれました。無神論の国家社会主義ではなくカトリック教徒として教育されたそうです。

フランク・リヒター氏(本人提供)
フランク・リヒター氏(本人提供)

ベルリンの壁崩壊がもたらした光と影について、リヒター氏はこう語ります。

「ベルリンの壁が崩壊して30年が経過しましたが、内なる境界は永遠に続くように思われます。もちろん壁が開かれた時は幸せでした。 しかし本当はその前に東ドイツの人々は平和革命を達成することに成功していました。これは東ドイツの人たちにとって歴史的な偉業だったのです」

「現在、旧東ドイツ地域の表向きの顔は美しく飾られています。そうした点でドイツは完全無欠です。しかし不幸なことに、その裏に、悲しみや孤独が隠されています。人口が減り、 高齢化が進みました。多くの人が人生の意味と安心を失いました。表面上の繁栄だけでは魂は満たされませんでした」

「東西ドイツが統一した1990年以降、リスクを取り、労働力となる10万人の若者が東ドイツを去り、西ドイツに向かいました。東ドイツにとって良かったのは自由になったことです。民主主義、しっかりとしたインフラ、自然環境も良くなりました」

「マイナス面は人口が減り、産業が廃れました。西ドイツのエリートたちが社会の至るところに影を落とし、われわれ(旧東ドイツの市民)は人生の意味と安心を失いました。ナショナリズムは若者が求める物を与えます。認知と喜びと従属です」

「しかし旧東ドイツ地域にも未来を目指す金曜日運動があります。未来志向の理想主義を培っています。楽天的になる理由があります。 選択肢の支持者は非常に怒りに満ち、理性的ではありません。怒り、非合理、自己中心主義が世界中で政治の強力な原動力になっています」

「問題を解決するのは難しく、時間がかかります。忍耐と継続が求められます。自由で多元的な民主主義社会を守るのはマラソンに似ています。今、極右の過激主義が権力を握るのを防ぐために闘わなければなりません」

「長期的にたくさんの人間教育を行わなければなりません。貧富、都市と地方、若者と高齢者の社会的なバランスを取る必要があります。われわれは社会が分解していくのを決して許容してはならないのです」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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