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「表現の不自由」青い目、白い肌のリトル・マーメイドはなぜ変わらなければならないのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
『リトル・マーメイド』の主人公に選ばれたハリー・ベイリーさんを祝福するツイート

「私のアリエルじゃない(#NotMyAriel)」

[ロンドン発]米ディズニーが制作中の実写版映画『リトル・マーメイド(人魚姫)』の主人公アリエル役に選ばれたコンテンポラリー・R&Bシンガー、ハリー・ベイリーさん(19)が「私のアリエルじゃない(#NotMyAriel)」という一部の否定的な反応に対し初めて口を開きました。

「今でも夢を見ているような感じです。ただただ感謝しています。ネガティブなことは気にしていません」「この役は私より大きく、偉大に感じます。素晴らしいことになりそう。役を演じることに興奮しています」(米エンターテインメント誌バラエティのインタビューに)

YouTubeにアップした動画をきっかけに米人気シンガー、ビヨンセさんの目に留まり、プロデビューした姉妹デュオ「クロイ&ハリー(Chloe x Halle)」の妹の方がハリーさん。しかしキャスティングが発表されると、ツイッター上にはネガティブな投稿が相次ぎました。

「これはマーメイドじゃない。デンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンが書いた『リトル・マーメイド』に基づいて作られた1989年のディズニー映画が本物よ。アンデルセンはデンマーク、北欧に由来する青い目、白い肌のアリエルを表現したわ」

「オスカーは真っ白」

2016年、アカデミー賞演技部門の候補者20人が2年連続で全員白人になり、ソーシャルメディアで「オスカーは真っ白」という批判が殺到。その年の米大統領選で、メキシコ系移民やイスラム教徒、女性を蔑視する差別発言を繰り返したドナルド・トランプ大統領が当選しました。

それから3年、ハリウッドはリベラルに回帰しました。今年のアカデミー賞では、黒人ピアニストと粗野な白人用心棒の旅を描いた『グリーンブック』が作品賞、脚本賞、助演男優賞の3部門に輝きました。

世界中のアフリカ系プロフェッショナルが制作し、13億4700万ドル(約1426億円)の興行収入を記録した『ブラックパンサー』は作曲賞、美術賞、衣装デザイン賞を受賞。

白人至上主義団体「クー・クラックス・クラン(KKK)」に潜入するアフリカ系とユダヤ系警官を描いたスパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』は脚色賞に輝きました。

「人魚姫は国際水域の王国で暮らしている」

ディズニー傘下のテレビ局フリーフォームは「リトル・マーメイドの原作者はデンマーク人というのはその通り。アリエルは人魚姫。彼女は国際水域の海の中にある王国で暮らしている。彼女は望むところならどこへでも泳いでいけるの」との声明を発表しました。

ハリウッドはリベラルで、トランプ的な白人至上主義とは相容れません。しかしアリエル役へのハリーさん抜擢は、彼女のボイスがすごいのと、大ヒットした『ブラックパンサー』の二匹目のドジョウを狙ったからだと筆者は感じます。世界の娯楽市場は白人が独占しているわけではないからです。

英国ではアーチーちゃんを生んだメーガン妃を巡る論争が燃え盛っています。メーガン妃は「英国のプリンセス」なのに「英王室伝統のプロトコルを無視している」「すべてが演出されていて、自然な感じがしない」「彼女はセレブ」と批判されているのです。

競争が激しいハリウッドを勝ち抜いたメーガン妃は、本格的な仕事をした経験のないキャサリン妃と違ってバリバリのキャリアウーマン。しかもリベラルなアクティビスト。朝5時には、その日の課題を電子メールでスタッフに送り付け、「いくら何でもやり過ぎ」と言われたこともあります。

アンチがいる半面、「メーガン妃ってスゴイ」という憧れの声があるのも事実です。「ブラック・プリンセス」が誕生したことで役者揃いの英王室も幅が格段に広がりました。「ブラック・マーメイド」の誕生でアリエルのイメージもグンと広がるはずです。

芸術監督、津田氏登壇のシンポ中止

愛知県内で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で元従軍慰安婦を象徴する「平和の少女像」や昭和天皇の写真が燃えているように見える映像を展示した企画展「表現の不自由展・その後」が抗議や脅迫のため、わずか3日で打ち切られた問題は波紋を広げています。

芸術監督を務めるジャーナリスト津田大介氏の登壇が、神戸市などが開く現代美術祭「アート・プロジェクトKOBE2019 TRANS-」の関連シンポジウムで予定されていましたが、シンポは中止されました。自民党の上畠寛弘神戸市議らが津田氏の登壇に反対していました。

歴史的に見ても政治と芸術は切っても切り離せません。ベルリンの壁が崩壊するきっかけとなった東欧民主化の原動力の一つは芸術運動でした。「芸術の自由」を守るには政府の紐付きでないのが理想ですが、現実には芸術振興のため税金が支出されることが少なくありません。

国際芸術祭の総事業費は約12億円で、愛知県が約6億円、名古屋市が約2億円を支出。文化庁から約7829万円の補助金が充てられました。

芸術統制に道を開くな

実行委員会会長代行の河村たかし・名古屋市長は3日「やめれば済む問題ではない」と展示を決めた関係者に謝罪を求めました。「少女像の展示は『数十万人も強制的に収容した』という韓国側の主張を認めたことになる。日本の主張とは明らかに違う」と指摘しました。

大阪府の吉村洋文知事も7日の定例記者会見で、国際芸術祭の実行委員会会長を務める大村秀章・愛知県知事について「少女像などの展示は反日プロパガンダ。愛知県がこの表現行為をしているととられても仕方ない。知事として不適格じゃないか。辞職相当だ」と批判しました。

しかし政治の意思で芸術表現が制限されることになるとナチスが行った芸術統制に道を開いてしまう危険性があります。税金の支出を伴う場合、政治と芸術の間に一定の距離を置くため独立の実行委員会を設置して運営を任せる方法もあると思います。

河村市長や吉村知事のような発言が世の中の大勢を占めるようになると少女像や昭和天皇の映像展示よりもっと恐ろしいのではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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