Yahoo!ニュース

「世界から感謝され、国内では派兵反対ばかりが報道された91年のペルシャ湾掃海」元タンカー乗り激白

木村正人在英国際ジャーナリスト
ホルムズ海峡でイランに拿捕された英タンカー 「ステナ・イムペロ」(提供:Stena Bulk/ロイター/アフロ)

英政府はホルムズ海峡を避けるよう警告

[ロンドン発]石油輸送の大動脈、中東ホルムズ海峡で「ステナ・イムペロ」など英国の石油タンカー2隻が相次いで拿捕(1隻はすぐに解放)された事件で、国家緊急治安特別会議「コブラ(COBRA)」を開いた英国政府は20日未明、英国の船舶に対してホルムズ海峡周辺の航行を避けるよう警告しました。

ステナ・イムペロ号の航路(MarineTrafficより)
ステナ・イムペロ号の航路(MarineTrafficより)

「イランによる許しがたい行動は国際的な航行の自由に対する明白な挑戦だ。英国政府は重大な関心を抱いている。しばらくの間、周辺海域から退避するようアドバイスする」

「すでに外相が話したように、我々の対応は熟慮され、強固なものになる。もし状況が解決されないなら、深刻な結果を引き起こすことになる。国際的なパートナーと緊密に連絡を取り、この週末もさらに緊急会議を開く」

原油は中国経済の減速、米中貿易戦争の影響で市場にだぶついているため、米ウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI) 原油の先物が1バレル=56ドル、英ブレント原油の先物が62ドルとそれほど上昇していません。

MarineTrafficより
MarineTrafficより
同

市場は、イランと米国が本格的な戦闘に突入すると考えていないからです。

しかし船舶の位置を示すサイトMarineTrafficを見ると、ホルムズ海峡を通過するタンカー(赤色)は減っているように感じます。イラン・英米間の緊張が高まれば原油価格が上昇してくる懸念はくすぶります。

中東の原油を運ぶタンカーの保険プレミアムはすでに10~20倍に跳ね上がっています。こうしたコストはいずれ日本国内で販売される燃料油やガソリンなど石油製品の価格に跳ね返ってきます。

トランプ政権は「有志連合」結成を呼びかけ

米国は19日、イランやイエメン沖での航行の安全を守るため65カ国に「有志連合」の結成を正式に呼びかけました。イランに対して外交上の包囲網を築き、孤立させて圧力を強めていく狙いがありありとうかがえます。

5回に及ぶ首脳ゴルフを通じてドナルド・トランプ米大統領と親交を深めてきた安倍晋三首相は海上自衛隊の護衛艦をホルムズ海峡に派遣するのでしょうか。それとも米国とイランの仲介役を果たすのでしょうか。

英国を向こうに回して世界で初めてイランから直接、石油製品を輸入した出光興産の「日章丸事件」(1953年)や、日本が第二次大戦で米英と戦った歴史もあり、イランは親日的な国の一つとして知られてきました。イランの石油を支配してきた英米両国と日本の立ち位置は異なります。

そもそもトランプ大統領の「オバマ嫌い」(キム・ダロック駐米英国大使の外交公電より。大使は辞任)から始まったとも言われるイラン核合意からの離脱には当の米国内にも反対論が根強くあります。

イランの核兵器開発に歯止めをかけた核合意とミサイル開発、テロ支援を絡めるのは賢明ではありません。安全保障上のリスクが比べ物にならないからです。緊張を高めるトランプ政権内の強硬派やイスラエルはイラン攻撃の口実が欲しくてたまらないのかもしれません。

しかし来年の大統領選で再選したいトランプ大統領も、イランも実は戦争を望んでいないのが救いです。中東の原油に頼る日本にとって地域の安定が最重要課題です。安倍首相はトランプ大統領との個人的な関係ではなく、日本の国益を考えて慎重に判断する必要があります。

片寄洋一氏
片寄洋一氏

石油スーパータンカーの船長を務め、1980年代のタンカー戦争、91年の湾岸戦争など文字通り「危機のホルムズ海峡」を航海してきた片寄洋一氏への緊急インタビュー第2弾をお届けします。

――日本の機雷掃海は世界でどう評価されていますか

「湾岸戦争後の1991年のペルシャ湾掃海部隊派遣は、当時の海部(俊樹)内閣が日本に対するバッシングをどう回避して良いか方策が立たず迷っていた時だから、米国側の申し出に飛びつきました」

「(機雷)掃海なら直接戦争に参加するわけではないから、憲法には抵触しないと判断し、また掃海技術は世界一だと自他共に認める実力があるので、猛烈な野党の反対を押し切って派遣を決めました。大英断と言うべきでしょう」

「さらに言えば、海上自衛隊の掃海艇は世界で唯一船体が木製でできていました。木製の特性は磁気に反応しないので、磁気機雷の除去に有利でした」

「我が国の漁船の建造は、伝統的に木製であり、300トンぐらいまで木製で建造していました。第二次大戦でも掃海艇は木製でした(現在はグラスファバー製に)」

「従って海上自衛隊の掃海艇も木製で建造していました。この木製の有利さは海底の泥の中に鎮座する磁気機雷発見には威力を発揮します」

「ヨーロッパ諸国海軍もペルシャ湾内の掃海に参加していましたが、発見処理がそれほど難しくない浮遊機雷の除去だけで帰国してしまいました」

機雷の種類(海上自衛隊の掃海隊群HPより)
機雷の種類(海上自衛隊の掃海隊群HPより)

「これは2隻の掃海艇がピアノ線を曳いて、機雷を引っかけ、銃撃で爆発させるもので技術的にはそれほど困難ではありません。困難は残された海底の泥の中にある磁気機雷です。米国側も日本の海上自衛隊掃海部隊に任せるのが最良策と判断していました」

「自衛隊法99条(当時)を根拠に掃海部隊を『ペルシャ湾掃海派遣部隊』として、自衛隊創設以来初の海外実務派遣となりました」

「歴史的にも第一次世界大戦の時、連合国側の一員として参戦、枢軸側と戦ったので地中艦隊支援のために海軍の一艦隊が参加したことがあります。第二次大戦初期、南雲第一航空艦隊がインド洋まで進出しました。それ以来のインド洋越えとなる艦隊行動でした」

「また、他国海域での掃海活動は朝鮮戦争時において米国側の命令(当時、我が国は占領下)によって韓国周辺海域の機雷除去の掃海活動を行いました(この活動が海上保安庁の誕生に繋がる)」

「特に仁川上陸作戦では複雑な海域(小島が散在している、潮汐流が複雑、アジア一の満干の差が10メートルもある)での掃海は大変な苦労があったそうです」

「またこの複雑な海域での大艦隊による上陸作戦は、この海域を熟知していた旧海軍の某参謀が米海軍の要請により作戦を立案し、旧海軍軍人が掃海任務に従事しました」

 

「1991年4月26日ペルシャ湾掃海派遣部隊が編成され出航しました。掃海母艦はやせ、掃海艇はつしま、ゆりしま、あわしま、さくしま、補給艦ときわ、指揮官は落合一等海佐(第一掃海隊群司令)、幹部76名、准尉17名、曹士428名、医官3名ほか総員511名です」

「掃海作業はその年の2月28日、停戦協定が成立した直後から多国籍軍として戦闘に参加していた米、英、ベルギー、サウジアラビア海軍の掃海部隊が掃海を開始し、仏、独、伊、蘭の海軍も掃海に参加していました」

「我が掃海部隊が到着した時には6割以上除去しており、英、仏、独、伊、蘭、ベルギーの艦隊は日本部隊が到着すると、後は任せたと帰国してしまいました」

「残ったのは日、米、サウジアラビアの海軍だけになりましたが、サウジアラビア海軍は掃海の経験はほとんどありません。結局は日本の掃海部隊がすべての後始末を任されたことになりました」

「掃海に参加した各国海軍は主に海面または海中を漂う浮遊機雷と水面下に機雷缶を係留する係維機雷だけを除去して、掃海終了を宣言して帰ってしまいました」

「問題は海底の泥の中に隠れている沈底機雷の発見・処分で、これは海底の磁気に反応する装置でもって磁気反応を確かめ、潜水員が潜って確かめる作業を繰り返します」

「海底には多くの鉄器類が沈んでいるから、それらを確かめるための潜水を繰り返す根気の要る作業で、99%完了はあり得ません。完全に100%完了で初めて終了宣言できる困難さがあります。そのすべてを海上自衛隊の掃海部隊に託して他国の海軍は引き揚げてしまったのです」

「第二次大戦中、米軍が日本近海に無数の機雷をばらまき、戦中戦後触雷により多くの船が沈み、犠牲者が出ました。戦後、米軍の要請で旧海軍軍人が集められ、海上保安庁を創設、その任務は掃海作業から始まりました」

「それを引き継いだ海上自衛隊の主な任務も掃海作業で、技術的には世界一と自負出来る掃海能力を有しています。米海軍も最後の総仕上げは海上自衛隊掃海部隊にすべてを任せるとして引き揚げました」

「任された掃海部隊はすべての機雷を除去し、その後には触雷事故が全くないのがその証明です。この偉業によってやっと多国籍軍側としての評価を得てクウェートから感謝の意が表されました」

「さらに敵側であったイラク沿岸航路の機雷も除去したのでシャトル・アラブ河への遡航が可能になったのでイラク側からも感謝の意が表されました。まさに敵味方から感謝されたのだから、世界的偉業と言えます」

「イラン、イラク、クウェート国の要請により領海内での掃海活動を行い計34個の機雷を処分しました。海上自衛隊が掃海したペルシャ湾内では機雷の爆発は現在に至るまで全くありません。このことはまさに偉業と言うべきで、世界一の掃海技術を有することが証明されました」

「ところが日本国内ではこの掃海実績を全く評価せず、相変わらず国外への自衛隊派遣反対の声ばかりが大きく報道され、世界の感謝の声は全く報道されませんでした」

「この偉業もまた日本国民は知らないし、知ろうともしない。石油がどうやって運ばれているかも我関せず、これが悲しいけれど日本人の感覚です」 

――ミサイル時代に海上自衛隊の護衛艦による護衛は可能だと思われますか

「ミサイルに関して海上自衛隊護衛艦はそれなりの装備を有しており、防衛できるよう日々訓練に励んでおります。ですから絶対と保障はできませんが、ある程度の防御は可能でしょう」

「さらにミサイルは船舶の上部に命中しても、即沈没とはなりません。ですから退船の余裕はあります」

――石油会社(船会社)にとってはミサイルより損害が大きくなる機雷の被害の方が怖いのでしょうか

「機雷の恐ろしさは船底に被害を受け、強烈な機雷であれば船体は折れて即沈没で、退船の余裕はないと思います。ですから船会社は機雷が設置されたとの情報があれば運行を停止します」

「私はペルシャ湾内で陸上勤務の経験があります。推論に過ぎませんが、東京の海運会社『国華産業』などが運航するタンカー2隻が右舷側に被害を受けていることに注目したいと思います」

「吸着式のリムペットマイン(吸着水雷)は停泊・荷役中に装着されたのではないでしょうか。国華産業のケミカルタンカーは接岸荷役中、もう1隻の原油タンカーはシーバース接舷荷役中だと推測します」

「各港には代理店があって、各船の所有会社、あるいはチャーター会社と予め各港にある代理店と契約を結んでおり、当該船舶の入出港手続きを代行しています。外国船の入出港手続きは厳しく行われています」

「また荷役の手配、荷役の実施などすべての業務を代行します。従って代理店はその船舶の入港時、荷役完了、出港時、ホルムズ海峡通過時間をすべて掌握していることになります。また、当該船の所有者、船舶の明細、揚げ地、次寄港地などあらゆる情報は代理店が掌握しています」

「右舷側の吸着機雷を推定すると、船舶は接舷の際、左舷付けが習慣となっています。これは船舶の構造の問題で、船橋の真下が乗組員の居住区で、大半の船は船橋真下の右舷側に船長の居室があります」

「勝手に想像すると代理店に内部通報者がいれば情報は筒抜けになるし、港湾管理事務所からでも情報は漏れるかもしれません。この程度の情報ならある程度の機関、組織であれば入手可能だと推測できます」

「装着は喫水線より下の部分に装着して穴を開け海水が流れ込むようにしなければ装着の意味がありません。ところが喫水線のやや上に装着しているから最初から沈める意図はなかったと推測します」

「小型船上で身の丈位の高さに装着するのは短時間で出来る。そして荷役の初期に装着すれば、出港時には積み荷を満載しているから喫水は沈下し、喫水線上ぎりぎりになります。当然そのくらいの計算はしているでしょう」

「当該船舶の出港時間、ホルムズ海峡通過時間も把握していれば、時限装置のセットまたはリモコンでの爆発も可能になります。安倍首相のイラン訪問中になぜ国華産業のタンカーが狙われたのか、疑問は数々あります」

「何らかの組織がメッセージを発しているのか、ホルムズ海峡は常に不気味な恐ろしさを秘めています」

    

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事