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「くそったれのホワイトハウスになんか行くもんか」国歌を唱わないピンク髪の反逆児ラピノーはヌードも披露

木村正人在英国際ジャーナリスト
米国を4度目のW杯優勝に導いたピンク髪のミーガン・ラピノー(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

2大会連続4度目の優勝果たした米国

[ロンドン発]サッカーの女子ワールドカップ(W杯)フランス大会決勝は、スピードとパワーで頭抜けていた米国代表が2-0でオランダ代表を下し、2大会連続で最多となる4度目の優勝を果たしました。

日本代表なでしこジャパンは決勝トーナメント1回戦、オランダ代表に1-2で惜敗。決定力不足を克服し、当たりの強さやパワーを向上させれば、なでしこの組織力やパス回しはまだまだ通用します。

決勝では米国ミーガン・ラピノー選手(34)が後半16分にPKで先制、今大会トップに並ぶ6点目を決め、大会最優秀選手に輝きました。短髪をピンク色に染めた“モノ言うFW”ラピノー選手はピッチ外でも注目を集めてきました。

ラピノー選手は2016年9月、タイとの国際親善試合で国歌斉唱の際、人種的・社会的差別の是正を訴え、米アメリカンフットボール(NFL)のアフリカ系選手と同じように起立を拒否して跪きました。きっかけはアフリカ系の米国人男性2人が警官に射殺された事件です。

ラピノー選手の抗議行動に対して、米国サッカー連盟は国際試合の国歌斉唱で選手の起立を義務付けました。ラピノー選手は今大会でも、国歌斉唱の際、口を真一文字に結び、米国国歌「星条旗」を歌いませんでした。

ラピノー選手と同じ6点を決めた米国のスター、アレックス・モーガン選手ら代表選手28人は今年3月、米国サッカー連盟による性差別をロサンゼルスの連邦裁判所に訴えました。男子代表の実績は女子代表よりはるかに劣るのに「男女平等を全く進めなかった」というわけです。

「くそったれのホワイトハウスになんか行くもんか」

ラピノー選手はサッカー雑誌のサイトの動画で「W杯に勝っても、くそったれのホワイトハウスになんか行くもんか」と宣言。これに対してドナルド・トランプ米大統領はツイートで怒りの反論。

「私は犯罪と司法を改革し、黒人の失業率は過去最低レベル。貧困指数は史上最高レベルまで改善した。私は米国代表と女子サッカーの大ファン。ミーガンは口を動かす前に勝つべきだ。仕事をまず終わらせよ」

「W杯に勝っても負けてもホワイトハウスに招待する。ミーガンは祖国、ホワイトハウス、星条旗に敬意を表すべきだ。彼女やチームのために多くのことがなされてきた。身につけている星条旗に誇りを持て。米国は偉業を成し遂げつつある」

同性愛者であることを公言する反逆児ラピノー選手は「私は特別に、ユニークに、そしてかなりディープな米国人だと思っている」とラピノー流愛国心を語っています。

「この舞台に立つためにどれだけの時間と労力、誇りをかけてきたかを考えるとホワイトハウスに行く気にはなれない」「自分たちと同じ考えとは思えない政権とW杯を分かち合うことの意味をよく考えるようチームメートに促したい」と一歩もひるみませんでした。

LGBTの世界的なアイコンでもあるラピノー選手は「同性愛、万歳! 同性愛者なしにW杯を獲得することはできない」と宣言。昨年には恋人である女子プロバスケット選手スー・バードさんとヌードを披露したこともあります。

今大会、前大会の倍に当たる40人のレズビアンとバイセクシュアルの選手が参加したそうです。

世界中の10億人が視聴

英紙ガーディアンのサッカー担当エイミー・ロレンス記者がコラムの中で回想しています。1995年、スウェーデンで開催された第2回FIFA(国際サッカー連盟)女子世界選手権(当時の正式名称、後にW杯に改称)。当初はブルガリアで開かれる計画でしたが、途中でスウェーデンに変更されました。

12チームが参加し、イングランド代表の初戦の観客数は655人、ナイジェリア代表の第2戦の観客数は250人。ブラジル代表と日本代表戦の観客数は2286人。ノルウェー代表がドイツ代表を2-0で下した決勝の観客数でも1万7158人止まりでした。

決勝の実況中継も窒息しそうな真っ暗な小部屋で小さなモニターを見て行っているような感じだったそうです。

今大会決勝の観客数は5万7900人。FIFAは今大会を通して10億人が女子W杯を視聴したとみています。英国ではイングランド対スコットランド戦は国民の約半分に相当する3014万人が視聴。開催国フランスの1試合当たりの平均視聴者は1010万人にのぼりました。

サッカー王国ブラジルは平均2249万人。米国でも最大で4796万人が視聴したそうです。一昔前の女子サッカーは正直なところパワーもスピードも技術も男子に比べて随分見劣りしました。しかし今回はスリリングな試合展開にテレビに釘付けになりました。

「男女の賃金格差をなくせ」

女子W杯決勝当日、コパ・アメリカ、北中米最強国決定戦のゴールドカップと2大会の決勝が行われたことについて、ラピノー選手は「とんでもない日程設定。馬鹿げたアイデアだ。FIFAからリスペクトされているとは感じない」と不満をぶちまけていました。

FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は女子の賞金を倍の1億ドルに増やすと宣言しましたが、男子の2022年カタール大会の賞金は6億4900万ドルとまだ6倍以上の開きがあります。このため表彰式で「男女の賃金格差をなくせ」とブーイングが浴びせられました。

女子サッカー選手に限りませんが、経済協力開発機構(OECD)のデータを見ると日本における男女の賃金格差は米国や英国、オランダに比べてまだまだ開いています。この差を埋めない限り、なでしこジャパンがW杯で再び優勝するのは難しいのではないでしょうか。

OECDのサイトより抜粋
OECDのサイトより抜粋

ラピノー選手は「私たちは次のステップに行くべきだ。どのように世界中の女子連盟やプログラムを支援していくのか。FIFAは何をして、私たちは世界中の女子リーグをサポートするために何ができるのか。会話を次のステップに進めるべきだ」と訴えました。

イングランド代表のフィル・ネビル監督はプレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドやエバートンで505試合に出場、イングランド代表でも活躍した人気プロサッカー選手。新しいビジネスとして女子サッカーをみていることが分かります。

オリンピック・リヨン(フランス)やバルセロナ(スペイン)、マンチェスター・シティ(イングランド)など女子に力を入れるクラブも増えています。

“モノ言うFW”ラピノー選手が大会最優秀選手になったことが、歴史の転換点になった女子W杯フランス大会を象徴しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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