Yahoo!ニュース

英海兵隊30人がヘリと高速艇でイランの超大型タンカーを急襲 イランは「海賊行為」と反発 EU巻き込む

木村正人在英国際ジャーナリスト
英領ジブラルタル沖で拿捕されたイランの超大型タンカー(写真:REX/アフロ)

英外相「殺人レジームへの資金封じ」

[ロンドン発]英領ジブラルタル自治政府と英海兵隊は4日、欧州連合(EU)の対シリア制裁に反して同国に原油を運んでいたとしてイランの30万トン級石油タンカー「グレース1」を英領ジブラルタル沖で拿捕しました。イランと米国の緊張は欧州に拡大する様相を見せています。

英BBC放送によると、英海兵隊はジブラルタル自治政府の要請を受け、隊員30人を派遣。ヘリコプターとスピードボートでタンカーに近づき、銃器を使用することなく拿捕したそうです。

ジブラルタル自治政府のファビアン・ピカード首席閣僚は「グレース1はシリアのバニヤース製油所に原油を運んでいた。この製油所はEUの対シリア制裁の対象になっている」との声明を読み上げました。

ジブラルタルの領有権を英国と争うスペインのジョセップ・ボレル外相兼欧州協力相はメディアに「グレース1の拿捕は米国の要請によるものだ」との見方を示しました。

グーグルマイマップで筆者作成
グーグルマイマップで筆者作成

超タカ派のジョン・ボルトン米国家安全保障問題担当大統領補佐官はこうツイートしています。

「素晴らしいニュースだ。英国は、EUの制裁に反したとしてシリアに向けてイラン産原油を運んでいたスーパータンカー、グレース1を拿捕した。米国と同盟国はテヘランとダマスカスが違法貿易から利益を得ることを防ぎ続ける」

英国の次期首相を決める与党・保守党の党首選を戦うジェレミー・ハント外相は英BBC放送にこう述べました。「ジブラルタル当局と英海兵隊の迅速な行動はシリアのバッシャール・アル・アサド大統領による殺人体制への資金源を封じることになるだろう」

首相の座がかかっているだけに及び腰の姿勢は見せられません。

イラン「海賊行為だ」

ジブラルタル沖(4月25日、筆者撮影)
ジブラルタル沖(4月25日、筆者撮影)

これに対してイラン外務省は駐イラン英国大使を呼びつけ、厳重に抗議しました。同外務省の報道官はイラン国営テレビに対し「これは海賊行為だ。いかなる法的な、国際的な根拠もない」とグレース1の即時解放に応じるよう求めています。

BBCの外交問題担当ジェームズ・ロビンズ記者は「ブリュッセル(EUの本部)は拿捕の決定に関わっていない。関税法を執行するのはEUではなく、責任は加盟国にある。しかしながら英国は米国に頼まれてやっているというイランの指摘を否定するのは難しい」と解説しています。

2007年にはイラン沖で英海軍の兵士15人が13日間にわたってイラン革命防衛隊に拘束されたことがあります。16年4月には英国とイランの二重国籍を有するナザニン・ザガリ=ラトクリフさん(40)が革命防衛隊によって空港で拘束され、投獄されています。

EUは11年から対シリア制裁を発動しています。その一方でイラン核合意から一方的に離脱したトランプ米政権と違って、合意を維持するEUは米国のように対イラン制裁を再開していません。

EU離脱交渉を進める英国が、貿易戦争でEUと利害が対立する米国の要請を受け、対シリア制裁を口実にした事実上の対イラン制裁を発動した格好です。米国とイランの対立にEUを巻き込もうとしているように見えます。

それとも事前に英仏独3カ国のすり合わせがあったのでしょうか。正確なことはまだ分かりません。

英紙デーリー・テレグラフによると、グレース1はイラン沖で原油を積んだあと、積み荷が押収される恐れがあるスエズ運河を避け、喜望峰、地中海経由でシリアに向かっていたとみられています。

これまでの経過

イラン核合意と米国とイランの緊張がエスカレートした経過を見てみましょう。

15年7月、国連安全保障理事会常任理事国5カ国とドイツ(P5+1)、EUとイランによる核合意。核開発活動を10~15年制限して監視下に置く代わりに欧米側は経済制裁を解除

16年3月、米共和党の大統領候補の1人だったトランプ氏がイラン核合意は「史上最悪の合意」と破棄を公約に掲げる

17年1月、トランプ大統領就任

18年5月、トランプ大統領が核合意からの離脱を宣言。11月から経済制裁を再開。新しい核合意のための12項目を要求

19年1月、英仏独3カ国がドルを使わないイランとの貿易メカニズムを構築

4月、イランが米国との新しい核合意のための交渉を否定。米国が対イラン追加制裁を検討

5月2日、トランプ政権がイラン産原油を全面禁輸

5月5日、ボルトン氏が「イランが米国や同盟国を攻撃すれば容赦のない報復を受ける」と警告。米空母エイブラハム・リンカーンを中東に派遣

5月12日、サウジの石油タンカー2隻を含む4隻がアラブ首長国連邦(UAE)沖で攻撃される

5月16日、サウジアラビアが、イランが石油パイプラインを攻撃したと非難

5月20日、イラクの首都バグダッドの旧米軍管理領域に自走式多連装ロケット砲が撃ち込まれる。米国大使館近くに着弾

・イラン原子力庁報道官が低濃縮ウランの製造量を4倍に増やすと発表

5月24日、トランプ大統領が米軍1500人の中東への追加派兵を命令

6月12日、イエメンのフーシ派がサウジアラビアのアブハ空港を攻撃し、市民26人が負傷

6月12、13日、安倍晋三首相が現職首相として41年ぶりにイランを訪問し、米海軍退役軍人の解放を要請。イラン最高指導者アリ・ハメネイ師は原油禁輸制裁の停止を要求

6月13日、原油輸送の20%を占める大動脈、ホルムズ海峡近くで東京の海運会社「国華産業」が運航するタンカーと台湾の石油大手、台湾中油のタンカーが攻撃を受ける

6月17日、イランが10日後に低濃縮ウランの貯蔵量300キログラムの制限を超えると警告。7月7日から最大20%のウラン濃縮を始める可能性があるとも予告する

6月18日、米軍がさらに兵士1000人を中東に追加派兵と発表。追加派兵の規模は計2500人に

6月20日、イラン革命防衛隊が領空侵犯した米国の無人偵察機RQ-4グローバルホークを撃墜と伝えられる

6月24日、トランプ大統領がハメネイ師を含む新たな対イラン制裁を発動。報復攻撃見送る

7月1日、イラン外相が低濃縮ウランの貯蔵量が核合意で定められた上限を超過したと発表。国際原子力機関(IAEA)も確認

7月3日、英仏独の外相とEU外交安全保障上級代表が「合意を壊す措置をさらに取らないように」求める共同声明

・トランプ大統領が「イランよ、人を脅す時には気をつけろ。それは誰も体験したことがないような形で自分に跳ね返ってくる」とツイート

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事