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【令和】天皇陛下に留学秘話 社交ダンスのお相手は英国の若き女性外交官

木村正人在英国際ジャーナリスト
退位された上皇ご夫妻(左)と即位された天皇皇后両陛下(右、2005年5月)(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]1985年の初夏、英国の若き女性外交官に重要な任務が言い渡されました。英名門オックスフォード大学に留学中の天皇陛下(当時25歳、即位前は浩宮さま)が参加される予定になっていた修了記念社交ダンスでお相手を務める大役です。

紳士の天皇には連れ出す相手がいませんでした。そこで英外務省に入ったばかりの外交官リズ・ウエッブさんに白羽の矢が立ちました。リズさんはすでに天皇とは親交がありました。「社交ダンスの夜、何が起きたのかはミステリー」と英紙デーリー・テレグラフが報じています。

リズさんはその夜の結果を外務省の上司に報告しましたが、その内容は長らく「機密」とされ、天皇自身も決して明らかにされることはありませんでした。その内容を綴った英王室公文書をデーリー・テレグラフ紙が3日夜、電子版で報じています。

文書の作成者はバッキンガム宮殿の側近で「外務省がエスコート・サービスを提供していたとは知らなかった。ウェッブ氏の報告を非常に楽しく読んだ。きっとエリザベス女王もお喜びになられるだろう」と記録していました。

シドニー・ギファード駐日英国大使(当時)は別の文書で「ウェッブ氏が社交ダンスの夜に皇太子に同伴したことは英国にとって大きな利益になる。全体として非常に満足できるものだった」と記しています。

この中で、リズさんは「私の夜」と題し「この機会はプライベートな性質のものでした」「今、ニューズ・オブ・ザ・ワールド(組織的な盗聴が明らかになり、廃刊になった英大衆日曜紙)から魅力的なオファーが来るのを待っています」とユーモアたっぷりに記録しています。

このあと、しばらくして天皇はリズさんに対の大きな盃を送ったそうです。天皇自身が93年に記された『テムズとともに-英国の二年間』にはこのエピソードは収録されていません。

それまでは「明るくて、健康的で、それでスポーツが好きな人がいいです。付け加えれば料理の上手な人がいいです」と話されていた天皇の理想の女性像は英国留学を境に「何かのスポーツをすること、自分の意見をしっかり言えること、語学ができること」と大きく変化しました。

リズさんとの社交ダンスが影響したのでしょうか。「国際結婚は考えたことはありません」「ニューヨークのティファニーであれやこれや買う人は困る」とも話されています。

86年10月、天皇はスペインのエレナ王女歓迎レセプションで雅子さま(皇后)と運命の出会いを果たされます。天皇は、自分の考えをはっきり述べられる雅子さまにすっかり心を奪われてしまいました。雅子さまが外務省に入省されたのは翌87年のことです。

リズさんも外交官なら、雅子さまも外交官。社交ダンスの夜が天皇の心に大きな影響を与えたようにデーリー・テレグラフ紙は匂わせています。

しかし当時、時事通信ロンドン特派員だった八牧浩行氏が「多様性と平和主義を学ばれた英国留学時代の浩宮さま」と題するエッセイを日本記者クラブに寄稿されています。

<実は浩宮さまには憧れていたクラスメートがいた。ノルウェーの聡明な人。ある時、「パーティーの誘いの手紙を出したら、行ってくれると返事があった」とうれしそうだった。聡明で論破してくれる女性のイメージは雅子さまに引き継がれたのではなかろうか>

リズさんは今も外交官として、英南部ソールズベリーで起きた元スパイ親子の毒殺未遂事件で対立するロシア担当のナンバー2として第一線に立っているそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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