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ファーウェイ5G参入を限定容認、中国にすり寄る英国のメイ首相「新聞に漏らした」と国防相更迭の泥沼

木村正人在英国際ジャーナリスト
米英の「特別な関係」に楔を打ち込んだファーウェイ(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

「合意なき離脱」派の国防相は疑惑を全面否定

[ロンドン発]中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入を英政府が限定的に受け入れることが英紙デーリー・テレグラフに漏洩した問題で、テリーザ・メイ首相は1日、漏らした張本人はギャビン・ウィリアムソン国防相だとして更迭しました。

更迭されたウィリアムソン国防相(昨年秋の保守党大会で筆者撮影)
更迭されたウィリアムソン国防相(昨年秋の保守党大会で筆者撮影)

疑惑を全面否定したウィリアムソン氏は主要閣僚の1人としてメイ首相と欧州連合(EU)の離脱合意を支持してきましたが、EUの関税同盟に残るぐらいなら「合意なき離脱」をするべきだと離脱期限の延期には反対しました。

英国の国防・安全保障政策は第二次大戦以来続く米国との「特別な関係」と北大西洋条約機構(NATO)に軸足を置いており、欧州との関係は二の次三の次です。国防省や情報機関ではファーウェイ参入を限定的に認めたメイ首相への反発は相当強かったでしょう。

中国の習近平国家主席は2017年6月、国の情報活動に関する基本方針となる国家情報法を制定しました。問題視されている7条には「国民と組織は、法に基づいて国の情報活動に協力し、国の情報活動の秘密を守らなければならず、国は、そのような国民及び組織を保護する」と規定されています。

アングロサクソン系シギント(電子情報の収集)同盟「ファイブアイズ」の米国、オーストラリア、ニュージーランドに加えて、日本がファーウェイ全面排除を決定。ファイブアイズ同盟国のカナダも対応を見直しています。英国がファーウェイ参入を認めれば、情報が漏れないようにファイズアイズから締め出される恐れがあります。

英国への揺さぶり強める中国

「合意なき離脱」もやむ無しとする強硬離脱派にはEU離脱をバネに米国とともにアングロサクソン圏の復活を目指す大西洋主義者が圧倒的に多いのです。ウィリアムソン氏は今年2月、国防相として英最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を太平洋に派遣することを発表しました。

これに対して中国側は「冷戦メンタリティーだ」と猛反発し、穏健離脱派のフィリップ・ハモンド財務相の訪中がドタキャンされる騒ぎがありました。ハモンド氏は「中国との関係は複雑で、大切だ」と苦衷をのぞかせ、4月下旬になってようやく実現した訪中で、習主席の経済圏構想「一帯一路」を全力で支援すると秋波を送りました。

昨年8月には「航行の自由」作戦に参加する英輸送揚陸艦アルビオンが南シナ海西沙(パラセル)諸島に近づくと、公海上にもかかわらず200メートルの距離で中国の軍艦に追尾され、中国の軍用機が上空を飛行する事件が起きています。

難航するEU離脱交渉を受けてロンドンの商業用不動産市場のバブルは完全に崩壊しています。リースホールド権(日本の定期借地権に似ている)を売買する際、テナントは地主にリースプレミアムを支払う場合があります。

ある物件で65万ポンド(約9500万円)もしたリースプレミアムが25万ポンド(約3600万円)になり、ゼロになっても買い手が見つからず、最終的に地主側が3カ月無料での入居を要求されたという話を知人から聞かされ、青くなりました。

外資(燃料)と移民(エンジン)を成長のエンジンにしてきた英国はEUから見放され、中国マネーがなければ文字通り崖っぷちに追い込まれます。ファーウェイ5G参入の限定的容認は中国マネーへの誘い水です。

Dノーティス

007ジェームズ・ボンドの故郷である秘密国家・英国では日本ほど「報道の自由」が認められていません。

一昔前まで「Dノーティス」、今では「国防・安全保障メディア勧告ノーティス(DSMA-Notice)」と呼ばれるようになった制度があり、メディアは国防・安全保障のスクープを書く時、必ず政府に通報しているのです。

政府が国家安全保障を危うくすると判断した場合、メディアに報道の自粛を求めます。この「Dノーティス」を守らないと、報道した記者やニュースソースは逮捕される恐れがあります。

問題の発端は4月24日、強硬離脱派の保守系デーリー・テレグラフ紙電子版が「テリーザ・メイがセキュリティー上の閣僚の警告を無視してファーウェイの5Gネットワーク構築への参入を認める」と報じたことです。

スクープによると、その前日の23日、国家安全保障会議(NSC)で議長のメイ首相が「アンテナや他の『重要ではない(ノンコア)』インフラストラクチャーのようなネットワークの一部を構築するのをファーウェイが支援することを限定的に認める」方針を発表しました。

「コア」な部分とは、センシティブなデータを扱ったり、データ通信を管理したりするコントロールパネルのことだそうです。

ウィリアムソン氏のほか、サジッド・ジェイビッド内相、ジェレミー・ハント外相、リアム・フォックス国際貿易相、国防相に任命されたペニー・モーダント国際開発相が懸念を表明したと言われています。

報道は公共の利益か

英下院外交委員会委員長も「ファーウェイの5G参入を認めればファイブアイズの協力の土台となる不可欠の信頼を損なう」と強く警告してきました。

米国家安全保障局(NSA)のロブ・ジョイス上級アドバイザーは「我々は弾を込めた銃を北京に渡すつもりはない」と5Gネットワークからファーウェイを全面排除する考えを鮮明にしていました。

英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイアティのアジア研究所、ジョン・ヘミングス所長はデーリー・テレグラフ紙の報道を受け、こう指摘しています。

「長く続いてきた世界最大の情報のパートナーシップ(ファイブアイズ)における英国の役割は我々の資産である。ワシントンや世界への影響力を増している」

「しかし、情報機関の関係は結婚のようなものだ。信頼や、鍵となる制度の改善、お互いの意思を確かめ合うという伝統に基づいている。ファイブアイズの関係は同盟国によって吟味される」

スクープしたデーリー・テレグラフ紙のスティーブン・スウィンフォード政治担当副編集長は「公共の利益に関わる重大な問題。報道に値する」と強調しました。

筆者は同副編集長の主張を支持します。メイ首相の近視眼的な決定は日本の安全保障にも重大な影響を及ぼすからです。

英国では首相や閣僚は官僚や情報機関によって監視されています。電話もすべて盗聴されていると考えた方が良さそうです。ウィリアムソン氏とスウィンフォード副編集長が国家安全保障会議のあと会っていたのは間違いないようです。

欧州はソフトアプローチ

EUのジャン=クロード・ユンケル欧州委員長は、ファーウェイの5G参入を巡り、加盟各国のリスク評価に基づき、EUレベルの認可条件や対抗措置を決める勧告を公表しています。

米国が求める即時締め出しではなく、EUは加盟各国でリスクを評価してから協調的に対応するソフトアプローチを選択したかたちです。

中国製品抜きでは生活できなくなっているのが世界の現実です。欧州市場における携帯電話ベンダーのシェアは韓国・サムスン34%、米国・アップル28%、中国・ファーウェイ17%、中国・シャオミ5%と中国勢が2割を超えています。

3G時代は欧州勢がネットワーク器機について世界売り上げの7割前後を占めていました。しかし、4Gになった2017年時点でファーウェイ28%、スウェーデンのエリクソン27%、フィンランドのノキア23%、中興通訊(ZTE)13%、サムスン3%。中国勢は4割を上回っています。

米国が唱えるファーウェイ締め出しはもはや現実的ではなくなってきた面は否定できません。しかし世界は金融危機をきっかけに復活を目指す米国、軍事的な脅威になった中国、そして欧州を軸にブロック経済化しています。

泥縄式のメイ首相の下、経済と安全保障を天秤にかけ米国と中国、欧州の間でどっちつかずの対応を続ける英国はすべてを失ってしまうリスクが大きく膨らんでいます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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