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EU離脱が最終局面 メイ首相が離脱合意の承認条件に辞任約束 8つの代替案はすべて否決

木村正人在英国際ジャーナリスト
記者会見に臨むメイ首相(3月21日、筆者撮影)

[ロンドン発]欧州連合(EU)からの離脱交渉が最終局面を迎えている英国のテリーザ・メイ首相は27日、保守党下院議員に対し「EUとの離脱合意が英下院で承認されたら、次のフェーズの通商交渉に入るまでに辞任する」と自分の首を差し出す代わりに賛成に回るよう求めました。

EU首脳会議は21日、(1)英・EU離脱合意が今週中に下院で承認された場合、5月22日まで離脱期限を延期する(2)合意が否決された場合は4月12日までに、英国が5月の欧州議会選に参加するかどうかを伝える――という2段構えで英国に離脱延期を認めました。

英・EU離脱合意はこれまで英下院で230票、149票という歴史的な大差で2度も否決されています。「静粛に、静粛にぃぃぃー!!!」の叫び声で有名になったジョン・バーコウ下院議長から改めて「合意内容に抜本的な変更がない限り、3度目の採決は認めない」と釘を刺されました。

英国側の首席交渉官オリバー・ロビンズ氏(3月21日、筆者撮影)
英国側の首席交渉官オリバー・ロビンズ氏(3月21日、筆者撮影)

日本は戦後「国民主権」や「基本的人権の尊重」「平和主義」を憲法に定めました。一方、憲法を持たない英国は「議会主権」の国として有名です。議会政治の歴史が長い英国では、国民ではなく議会に主権が認められているのです。

この日、政府の反対をよそにどの代替案に多くの支持が集まるかを判断する法的拘束力のない「示唆的投票(indicative votes)」が野党議員と保守党の造反議員主導で行われました。バーコウ議長の判断で採決にかけられたのは次の8つです。

(1)離脱手続きの撤回(ジョナ・チェリーSNP議員ら)

賛成184票、反対293票

(2)下院で可決された離脱案を2回目の国民投票にかける(マーガレット・ベケット労働党議員)

賛成268票、反対295票

(3)単一市場2.0(単一市場と包括的な関税協定、ニック・ボールズ保守党議員、スティーブン・キノック労働党議員ら)

賛成188票、反対283票

(4)恒久的な関税同盟と可能な限り単一市場のアクセスを残す(労働党)

賛成237票、反対307票

(5)恒久的かつ包括的な関税同盟(ケン・クラーク保守党議員、イベット・クーパー労働党議員ら)

賛成264票、反対272票

(6)欧州経済領域(EEA)と欧州自由貿易連合(EFTA)、関税同盟には入らず(ジョージ・ユースティス保守党議員)

賛成65票、反対377票

(7)「合意なき離脱」(ジョン・バロン氏ら保守党議員4人)

賛成160票、反対400票

(8)英国がEUと合意できずに離脱する場合、EUとの互恵的なアレンジメントを発動(スティーブ・ベイカー保守党議員ら)

賛成139票、反対422票

主な英国の選択肢(筆者作成)
主な英国の選択肢(筆者作成)

すべての代替案が否決されました。

これまで散々、閣内、保守党内、下院内、EUとの交渉をかき回してきた強硬離脱派はもともと主張していたEU・カナダ包括的貿易投資協定(CETA)型に上乗せする自由貿易協定(FTA)案を「示唆的投票」にかけませんでした。

離脱合意が承認されたら通商交渉に入るまでに辞任することをメイ首相が約束したため、下院で承認される可能性が出てきました。情勢の変化を受け、28日にはメイ首相とEUの離脱合意の修正案が動議にかけられ、29日に3度目の採決が行われる見通しです。

「合意なき離脱」リスクが再び急浮上してきたため、離脱撤回や2回目の国民投票を求める行進は過去最大級の100万人を上回りました。英議会に離脱撤回を求める電子署名は600万人に迫っています。メイ首相の退陣を求める声は閣内、党内、議会内、国内に渦巻いていました。

離脱交渉のポイントを一問一答の形でまとめてみました。

――これまでの経過を教えて下さい

「2016年6月、国民投票が行われ、52%対48%で離脱を選択。

18年11月、メイ首相とEUが離脱協定書と政治宣言で合意。

今年1月、1度目の英下院採決が行われ、歴史的な230票差で否決。

3月12日、2度目の採決も149票差で否決。

21日、EU首脳会議で離脱延期を決定

29日、3度目の採決へという段取りです」

――強硬離脱派が離脱合意に反対しているのはなぜですか

「最も強硬な離脱派は全部で85人。北アイルランドのプロテスタント系地域政党・民主統一党(DUP)10人は北アイルランドと英国本土の間のアイリッシュ海に事実上の国境ができることを怖れています」

「保守党の強硬離脱派の多くは、EUとの交渉を進めるためには『合意なき離脱』をテーブルの上に残しておく必要があると主張していました。次期首相を目指しているボリス・ジョンソン前外相のようにメイ首相を追い落としたいと考えていた野心家もいます」

メイ首相の辞任の約束にほくそ笑んだボリス・ジョンソン前外相(筆者撮影)
メイ首相の辞任の約束にほくそ笑んだボリス・ジョンソン前外相(筆者撮影)

「EUから離脱しさえすれば英国経済は良くなると唱えている救いようのない人たちもいます」

――今週中に離脱合意が下院で承認されなければどうなりますか

「5月22日までに合意がないままEUを離脱するかどうか、そのあともEUに残る場合は5月の欧州議会選に参加するかどうかを4月12日までにEUに伝えなければなりません」

「英国はこれだけ離脱する、離脱すると騒いできたのに、いまさら欧州議会選に出るとどの顔して言えるのでしょうか」

「EUのドナルド・トゥスク大統領(首脳会議の常任議長)が語った、英国に残された選択肢は4つです。

(1)合意なき離脱

(2)英・EU双方の合意に基づいて離脱する

(3)離脱の長期延期

(4)離脱撤回

この日、トゥスク大統領は欧州議会で『英国ではEU残留を求める声が増えている。EUはこうした声を裏切ることはできない』と述べました」

――「合意なき離脱」になれば、どんな事態になりますか

「英国の中央銀行、イングランド銀行が昨年11月に発表したシナリオによると、移行期間なしの合意なき離脱なら

英国通貨ポンドが25%下落

住宅価格が30%下落

商業不動産は48%下落

国内総生産(GDP)は8%縮小

失業率は7.5%に上昇――

と、とんでもない結果になります」

――メイ首相が辞任すると、事態は変わりますか

「メイ首相はすでに次の総選挙までに保守党の党首を辞任する考えを表明していました。英国最大の賭け屋ウィリアム・ヒルでは次の首相が誰になるかという賭けが過熱しています」

「確かにメイ首相のリーダーシップには大きな問題がありますが、首相が代わったからと言って状況が変わるわけではないので、事態は大きく変わらないでしょう」

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「離脱の結論が出るまで、火中の栗を拾う人は誰もいません。離脱合意が下院で承認されたら、5月以降に保守党党首選が行われるでしょう。しかし世論調査によると、有権者はメイ首相がまだマシと考えているようです」

――国民投票のやり直しは可能ですか

「理論的には可能です。直近の世論調査で残留派は54%にのぼっています。2度目の国民投票を実施するためには英国はEUに離脱の長期延期を認めてもらう必要があります」

「実施は早くて7~9月、選択肢が多い中、どのような質問を設定し、国民投票を実施するのか、技術的に難しい面があります。一番の問題は今でも不確実性が高まっているのに、さらに不確実性が増えてしまうことです」

――EU離脱後の英国はどうなっていくのでしょう

「すでにホンダが英国工場の閉鎖を発表し、日産自動車も次期モデルの生産計画を撤回しました。ソニー、パナソニックが欧州本社をEU側に移転しました」

「英国で発行された金融パスポートが使えなくなる金融機関がEU側に一部拠点を移しています。EU離脱で英国の競争力低下は避けられません。ハイリスクであることは間違いありません」

「しかし、こればかりはやってみないと分かりません。強硬離脱派は自由貿易で輸出が増えると息巻いていますが、そもそも英国には輸出競争力のあるモノがそれほどありません」

「ポイントは2つあります。格差が少しは和らぐのか。EUの規制から逃れることで研究・開発分野での競争力が増すかどうかです。そのためには政府の強い指導力が必要です」

――英国離脱後のEUはどうなっていくのでしょう

英国のEU離脱を巡り、意見が対立したメルケル独首相とマクロン仏大統領(3月22日、筆者撮影)
英国のEU離脱を巡り、意見が対立したメルケル独首相とマクロン仏大統領(3月22日、筆者撮影)

「フランスの黄色いベスト運動に象徴されるように、5月の欧州議会選でEU懐疑派が大幅に議席を伸ばすとみられています。EUの機能が今より低下するのは間違いありません」

「単一通貨ユーロ圏の経済がスローダウンしており、EUの舵取りは非常に難しいでしょう。英国だけでなく、EUも難しい状況に置かれています」

――アイルランド国境問題が最大のハードルになっているのはなぜですか

「北アイルランド紛争をご存知ですか。植民地だったアイルランドが第二次大戦後に英国から独立する時、北アイルランドだけが英国にとどまりました」

アイルランド独立戦争を描いた壁画(ベルファストで筆者撮影)
アイルランド独立戦争を描いた壁画(ベルファストで筆者撮影)

「しかし北アイルランドではカトリック系とプロテスタント系住民の対立が激しくなり、1960年代以降、爆弾テロでおよそ3600人が犠牲になりました」

「1998年の和平合意で北アイルランドとアイルランド間の国境がなくなり、自由に行き来ができるようになりました。しかし英国はあまり深く考えずに離脱を決めてしまいました」

「英国はEUから離脱するのに、北アイルランドとアイルランドの国境を復活させないという矛盾をなかなか解消できないことが大きな問題になっています」

「『イングランドのピンチはアイルランドのチャンス』と言われるように、アイルランドは、通商交渉が決裂した場合『目に見える国境』を復活させないバックストップ(安全策)条項を盾に離脱交渉で窮地に立たされた英国をギリギリ締め付けました」

アイルランドと英・北アイルランドの国境。今は自由に行き来できる(筆者撮影)
アイルランドと英・北アイルランドの国境。今は自由に行き来できる(筆者撮影)

「離脱後に英国はEUに対し関税を設けるつもりはないので、新たな通商交渉が決裂して関税障壁や検疫が発生した場合、北アイルランドからアイルランドへの物流が問題になります」

「アイルランド側に輸入通関を行うつもりはなく、すべての手続きを英国の輸出通関で済ませるよう求めています」

「今の離脱合意のままでは、バックストップが発動した場合、EUの同意がなければ、英国はEUの関税同盟から離脱できません」

「そうなると米国やインド、アジア太平洋諸国とのFTAを目指す英国はいったい何のためにEUから離脱するのか分からなくなります」

「EU域内は自由貿易圏ですが、域外に対しては自動車の10%に象徴されるように高い関税をかけ、保護貿易圏を構築しています。EUも英国の離脱をきっかけに自由貿易を加速するのが正しい英・EU関係の未来だと考えます」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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