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97人殺傷をFBが生中継 白人至上主義と対テロ戦争が広げる悲劇 ニュージーランドの「暗黒の日」

木村正人在英国際ジャーナリスト
裁判所に出廷するタラント被告(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

被告は28歳オーストラリア人男性

[ロンドン発]ニュージーランド南部のクライストチャーチで15日午後、2カ所のモスク(イスラム教の礼拝所)が半自動小銃を持った男に襲撃され、49人が死亡、48人が負傷しました。ジャシンダ・アーダーン首相は「わが国にとって最も暗い日の一つになった」と悲しみました。

男は「ブレントン・タラント」というフェイスブックのアカントを使ってモスクの中で男性や女性、子供を無差別に銃撃する様子を現場から生中継し、衝撃を世界中に広げました。同じ名前のオーストラリア人(28)が殺人罪で起訴され、16日に裁判所に出廷しました。

車には2つの即製爆弾(IED)や銃が残されていました。タラント被告は2017年に銃免許を取得、半自動小銃2丁を含む銃5丁を保有していました。このほか男性2人と女性1人が拘束され、武器が押収されました。ニュージーランド警察は関連を調べています。

タラント被告は世界中を旅行し、ニュージーランドではそれほど長く暮らしていませんでした。

「スレブレニツァの虐殺」指揮官を英雄視

犯行中、タラント被告は旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷により大量虐殺で禁錮40年を言い渡されたラドヴァン・カラジッチ被告を英雄視する歌を聞いていました。ストックホルムのイスラム過激派テロで犠牲になった11歳少女やイスラムの侵入を食い止めた歴史上の人物カール・マルテルの名を半自動小銃に記していました。

カラジッチ被告は1995年にボスニア・ヘルツェゴビナのスレブレニツァで起きたイスラム系住民に対する民族浄化を指揮したとされています。

インターネット上にはタラント被告が白人至上主義を唱える74ページの声明が残されており、2年前から犯行を計画していたと説明。11年、ノルウェーで77人を殺害した極右テロリストのアンネシュ・ブレイビク服役囚と短い接点があったと主張しています。

タラント被告の母親は息子が大量殺戮に及んでいる時、英語の授業を行っていたそうです。祖母(94)は地元メディアに「ブレントンは良い子供だったわ」と話しました。

背景に反イスラムの白人至上主義

テロの背景には反イスラムを唱える白人至上主義があります。

11年7月、タラント被告と短い接点があったブレイビク服役囚はノルウェーの首都オスロの官庁街を爆破し、南部ウトヤ島での銃撃で77人を殺害。裁判所はブレイビク服役囚にノルウェーの最高刑、禁錮21年の実刑判決を言い渡しました。

ブレイビク服役囚は、移民受け入れ制限を唱える右派・進歩党の青年部に5年間、属していました。しかし進歩党が中道寄りの政策に路線変更したことに、「政治的公平さを強調する政治家が進歩党をダメにしている」と不満を唱えて退会。

犯行直前、フェイスブックに1516ページものマニフェストを公開していました。動画投稿サイトでは、キリスト教の聖地エルサレムに向かう欧州の人々をイスラム教徒から守るために設立された「テンプル騎士団」の復活を訴えていました。

ブレイビク服役囚のマニフェストを分析したスウェーデン国立防衛大学は「アルカイダを鏡に映し、ジハーディストのマニフェストを切り貼りしたイメージ」と指摘しています。

排外主義、自民族中心主義に陥る危うさ

ファシズム研究で知られるオックスフォード・ブルックス大学のロジャー・グリフィン教授は以前、筆者にこんな見方を示しています。

「ブレイビク服役囚はファシストではない。ファシズムとは国家の再生を試みる運動だからだ。彼は西欧文化のアイデンティティを防衛すると言って、新たな人種戦争を起こそうとした」

「欧州はヒトラーを生み出した人類の不幸を鮮明に記憶している。しかし、外国人排斥、排外主義、社会的嫌悪、自民族中心主義に陥る危うさと戦わなければならない」

国をまたいだネット右翼の交流はまだ限られているものの、ブレイビク服役囚はイスラム系移民の排斥を掲げる英極右政治団体「イングランド防衛同盟(EDL)」とも接触していました。

英キングス・カレッジ・ロンドン校の過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)がまとめた報告書「EDLと欧州の反ジハード運動」によると、EDLはノルウェー、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、イタリアで防衛同盟設立を手伝っていました。

反イスラムの論理を拡散するトランプ米大統領

17年11月、米国のドナルド・トランプ大統領が英極右団体による反イスラム投稿を3連続してリツイートしたことがあります。

テリーザ・メイ英首相もさすがに「米国の大統領がこんなことをするのは間違っている」(首相報道官)と批判すると、トランプ大統領は「私にではなく、英国で起きている破壊的で過激なイスラムのテロリズムにフォーカスしろ」と逆ギレしました。

こうしたイスラムを敵視する対テロ戦争のレトリックが、反イスラムの排外主義を広げ、白人至上主義を復活させてしまいました。私たちは排除ではなく対話の力で相互理解を深めていく必要があります。

オーストラリアのシドニー大学が運営するサイト「ガンポリシー」によると、ニュージーランドで民間保有される銃の数は05年の92万5000丁から17年には150万丁に跳ね上がっています。

特別な銃免許を取得すれば半自動小銃を持つこともできます。人口100人当たりの銃保有数でも22.6丁から33.26丁に増えています。

未登録であったり、違法であったりする銃の数は17年時点で150万丁と推定されています。銃による死者の数は1988年には140人にのぼりましたが、2015年には55人にまで減っていました。

アーダーン首相は銃規制の見直しを約束しました。しかし遅きに失したと言えるでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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