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「エリートが地球の終わりを語る時、僕たちは月末に苦しんでいる」仏・黄色ベストは何に怒っているのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
仏、燃料増税に各地で抗議デモ(写真:ロイター/アフロ)

80歳おばあちゃん巻き添え死、死者計4人

燃料税引き上げに対する抗議デモが暴徒化しているフランスの南部マルセイユで、80歳のおばあちゃんが窓の覆いを閉めようとして催涙ガス缶の直撃を受け、亡くなりました。11月17日に始まったこの抗議デモは「黄色ベスト(イエロージャケット)運動」と呼ばれていますが、死者はこれで4人目です。

仏内務省によると、12月2日の日曜日には蛍光色の安全ベストを着用した13万6000人がフランス全土で抗議デモに参加しました。彼らは地球温暖化対策のため、燃料税をどんどん引き上げるエマニュエル・マクロン大統領の辞任を要求しています。発端はディーゼル車やガソリン車を使う運転手の生活困窮です。

3日、マクロン大統領は緊急会議を開き、非常事態宣言を除く、すべての対応を協議しました。極右政党「国民連合(旧国民戦線)」のマリーヌ・ルペン党首は「マクロンはこの半世紀で自国民に対し発砲する初の大統領になる恐れがある」と批判、燃料税引き上げの廃止を求めています。

「黄色ベスト運動」はベルギー、オランダ、イタリアにも飛び火し、フランス国内ではマクロン大統領の教育改革や社会保障・医療改革に対する抗議活動へと拡大しています。1968年にフランスで起きた大衆の一斉蜂起「5月危機」を思い起こさせるという仏メディアの論評も出ています。

「黄色ベスト」の意味

「黄色ベスト」は車が路上で故障して車外に降りる時、事故を防止するため着用が義務付けられているベストです。2008年以降、すべての運転手が車に積んでいます。「黄色ベスト」は車の運転を生業にする労働者のシンボルなのです。

パリのシャンゼリゼ通りを占拠した「イエロージャケット」(Jeremie Hallez氏提供)
パリのシャンゼリゼ通りを占拠した「イエロージャケット」(Jeremie Hallez氏提供)

トラック運転手は世界中どこでも厳しい競争を強いられています。ヒト・カネ・モノ・サービスの自由移動が認められている欧州連合(EU)域内ではその競争は一段と激しくなります。

EU統計局(ユーロスタット)で加盟国ごとに運輸・倉庫就業者の時間当たり労働費用を見てみましょう。デンマークが一番高く40.4ユーロ、フランスは32.8ユーロ。EUの新参組ルーマニアは6.1ユーロ、ブルガリアは4.6ユーロです。

これだけ賃金格差のある労働者が単一市場で働くことは使用者や会社側には労働費用を抑える大きなメリットがありますが、労働者にとっては賃下げにつながる悪夢以外の何物でもありません。これはなにも運輸・倉庫就業者に限った話ではありません。

仏国立統計経済研究所(INSEE)によると、2008年から16年にかけフランスの世帯当たり平均可処分所得は年440ユーロも下がったそうです。最も影響を受けた5%に絞って見ると、2500ユーロも減っています。国民連合やジャン=リュック・メランション氏率いる急進左派がフランスで台頭している背景にはこうした生活困窮があるのです。

マクロン大統領は「現代のマリー・アントワネット」

新たな地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」を受け、マクロン大統領は「脱炭素」経済への移行による雇用創出を宣言。今年、燃料税を、ディーゼル車の燃料となる軽油は1リットル当たり7.6セント、ガソリン燃料は3.9セント引き上げました。

さらに来年1月1日から軽油は6.5セント、ガソリン燃料は2.9セント、燃料税をさらに引き上げる方針を表明したため、トラック運転手たちが「そんなことをされると生活ができなくなる」と抗議の声を上げたのが「黄色ベスト運動」のきっかけです。

反政府デモ隊「イエロージャケット」は廃材に火を放った(Jeremie Hallez氏提供)
反政府デモ隊「イエロージャケット」は廃材に火を放った(Jeremie Hallez氏提供)

この1年で軽油は23%、ガソリン燃料は15%も値上がりしました。燃料価格の内訳は原価30~35%、輸送費8%、燃料税や付加価値税(VAT)が56~60%を占めています。燃料税を引き上げられるとさらに運転手の負担が増えてしまいます。

仏政府は2040年までにガソリン車、ディーゼル車の販売を停止する方針です。電気自動車に買い替えると最高6000ユーロを補助しますが、電気自動車は安くても2万ユーロもするのです。

マクロン大統領の「(軽油やガソリンを買うお金がなければ)電気自動車を買えばいい」という発言は今や、最後の絶対君主ルイ16世の王妃マリー・アントワネットの「パンがなければお菓子を食べればいい」という言葉に比せられています。

トラクターから馬に切り替える農家も

仏紙ルモンドは「エリートが地球の終わりを語る時、僕たちは月末に苦しんでいる」というルポを掲載しました。仏東部の人口5500人の村を訪れ、若者たちにインタビューしています。

チーズ産業で働く22歳のヴィクトル・マルゴンさんは「1700ユーロの給料のうち500ユーロを燃料費として払っている。毎朝3時に起きて、月末に苦しむなんて、もううんざりだ」と語っています。トラクターのガソリン代を節約するために馬を使用するようになった農家もあるそうです。

マクロン大統領の支持率は26%まで急落しています。

今年、ノーベル経済学賞に選ばれた米エール大学のウィリアム・ノードハウス教授は「気候変動経済学の父」と呼ばれ、経済成長と地球温暖化の関係をモデル化し、温室効果ガスを減らすため炭素税の導入を提唱してきたことで知られています。

石炭産業を支持基盤にする米国のドナルド・トランプ大統領は「パリ協定」から離脱しました。米国が「パリ協定」に参加しなくても、他の国々が苦労して達成した恩恵をただで享受できるからです。こうした「ナショナリストのジレンマ」から抜け出すためには国際社会が足並みをそろえる必要があります。

しかし「ブラジルのトランプ」と呼ばれるジャイル・ボルソナロ次期大統領もパリ協定からの離脱を示唆。ブラジル政府は、来年の気候変動枠組み条約第25回締約国会議(COP25)の開催誘致を断念すると表明しました。

現実社会は猛烈に逆回転を始めています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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