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英・EU離脱協定調印 73%がメイ首相の交渉を不支持 難関の英議会「残留」求める声高まる

木村正人在英国際ジャーナリスト
英・EU離脱協定で最終合意したメイ首相とユンケル欧州委員長(ツイッターより)

「最後の時まで友だちは友だちさ」

[ブリュッセル発]英国の欧州連合(EU)離脱協定書と新たな関係についての政治宣言が25日、ブリュッセルで開かれたEU臨時首脳会議で調印されました。

イベリア半島の英領ジブラルタル問題でボイコットをちらつかせていたスペインのペドロ・サンチェス首相も矛を収めたようです。

ドナルド・トゥスクEU大統領(首脳会議の常任議長)は22日にこうツイート。

「今、EUと英国の将来の関係についての政治宣言案を加盟27カ国の首脳に送付した。欧州委員長は交渉担当者レベルでは合意されており、政治レベルでも原則合意に達していると説明してくれた。後は各国首相の合意を待つだけだ」

現地時間の24日にはこんなツイート。「明日の臨時首脳会議に向けたモットーは、ちょうど27年前に死去したフレディー・マーキュリー(クイーンのボーカル)の言葉。『最後の時まで友だちは友だちさ』」

テリーザ・メイ英首相も24日午後7時(現地時間)、EU本部に到着し、英メディアに「ジブラルタルが英領であることに何の変わりもない」と強調しました。

「ジブラルタルは英国領」と強調するメイ英首相(筆者撮影)
「ジブラルタルは英国領」と強調するメイ英首相(筆者撮影)

「主権を取り戻せ」を合言葉に2年前の国民投票でEU離脱を決定した英国ですが、スコットランドや北アイルランド、海外領土のジブラルタルの領土保全が逆に大きく揺らぐ皮肉な結果をもたらしました。

将来関係では対立

メイ首相は明日の臨時首脳会談に向け、ジャン=クロード・ユンケル欧州委員長と会談。ユンケル委員長の首席報道官はこうツイートしました。

「この4日間でユンケル委員長とメイ首相は2回目の会談。欧州委員会はこの19カ月間、英国にとってもEUにとっても公正な離脱協定を結ぶため全力を尽くしてきた。承認は明日、加盟27カ国首脳に委ねられた」

離脱協定の柱は次の通りです。

(1)英国がEUに離脱清算金最大390億ポンド(約5兆6500億円)を支払う

(2)英・EU双方がすでに移住している市民の権利を相互保障する

(3)英国が来年3月29日にEUを離脱したあと2020年末までの移行期間を設ける

(4)北アイルランドとアイルランドの間に「目に見える国境」を復活させない

EU側は離脱後も英国が自由貿易協定(FTA)を結べないようにEU関税同盟に繋げ止めようとしているのに対し、メイ首相は離脱後もEUと同じルールブックを作り「モノ」について自由貿易圏を構築しようと考えています。

英・EU双方の溝は大きく、メイ首相の構想が頓挫した場合「目に見える国境」が復活してしまいます。このため、

(1)20年末までとされていた移行期間は最大22年まで延長できる

(2)移行期間が過ぎても解決策が見つけられない場合、英国全体が暫定的に関税同盟に残留し、北アイルランドは単一市場の大部分に残る

――バックストップ(安全策)が定められました。

EUより英議会の方が難関

もともと離脱協定はEUと合意するより、英議会を通す方が難しいと言われてきました。

世論調査会社ORBによると、メイ政権によるEU離脱交渉を支持する人は63%から一時24%まで急落しています。これに対して不支持の人は76%に達しています。

ORBより
ORBより

これだけ不人気なのはメイ首相の合意案が「折衷案」だからです。

ハードブレグジット(強硬離脱)派はFTAを結ぶフリーハンドを得るためには「合意なき離脱」もやむなしと考えているのに対し、EU残留派は「中途半端な合意なら残留した方がマシ」と2回目の国民投票実施を呼びかけています。

もう少しORBの世論調査を見ておきましょう。

・メイ首相は離脱交渉で正しい合意を結べると思うか?

結べる25% 結べない55% 分からない20%

・英国経済は離脱後に良くなるか?

良くなる39% 良くならない41%

・英国は離脱後に移民の流入を以前よりコントロールできるようになるか?

できる61% できない23% 分からない15%

・自由貿易のアクセスより移民規制がより重要か?

重要36% 重要ではない49% 分からない15%

EUからの移民は激減

離脱を決定した2年前の国民投票以降、EUからの移民の純増分は18万9000人から8万7000人に劇的に減りました。

このため強硬離脱派は論点を移民から自由貿易、すなわち離脱後に米国やアジア太平洋地域でFTAを結べるかどうかに変えてきています。メイ首相の合意案では永遠にEU関税同盟の軛(くびき)に繋ぎ止められ、FTAを結べないと批判を強めています。

2回目の国民投票実施を求める保守党と労働党の下院議員(筆者撮影)
2回目の国民投票実施を求める保守党と労働党の下院議員(筆者撮影)

これに対して残留派は2回目の国民投票を求めており、世論調査サイト「What UK thinks EU」によると、今、2回目の国民投票が実施されたら、残留に入れる人が53%、離脱に入れる人が47%になっています。

画像

しかし、2回目の国民投票を実施するのは難しいでしょう。

最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は、メイ首相の合意案は支持しないとする一方で、2回目の国民投票について「一つの選択肢だが、長期的なものだ」と、議会で合意案を否決して解散・総選挙に追い込む構えです。

コービン党首は反緊縮、格差・貧困の解消を争点にしています。

英国の世論はEU残留(2回目の国民投票)派、メイ首相の合意案を支持するソフトブレグジット(穏健離脱)派、EU・カナダ包括的貿易投資協定(CETA)型に上乗せするスーパー・カナダ型FTAを結ぶためには「合意なき離脱」もやむなしと息巻く強硬離脱派に三分しています。

これに対して議会では、EU残留派は少数派。「合意なき離脱」案も多数は取れないでしょう。消去法でメイ首相の合意案がしぶとく生き残る可能性が残っていると筆者は考えます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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