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殺される良心のジャーナリスト 今年に入り71人殺害 EUでも1年に3人 サウジ著名記者も「死亡」

木村正人在英国際ジャーナリスト
サウジアラビア政府を批判してきた著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(提供:Middle East Monitor/ロイター/アフロ)

記者の口を封じる

[ロンドン発]サウジアラビア政府の言論弾圧やイエメン内戦への介入を厳しく批判してきた著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(59)が今月2日にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館を訪問後に行方不明になった事件で、サウジ当局は20日になって「総領事館内で他の人と口論の末、けんかとなり、カショギ氏が死亡した」と説明しました。

最高権力者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子に火の手が及ぶのを避けるため、サウジ人18人を拘束し、王室顧問と情報機関高官ら5人を解任して幕引きを図ったかたちです。トルコ当局が入手した音声データによると、総領事館内に入ったカショギ氏は暴行され、拷問にかけられて死亡。サウジ内務省の法医学者が音楽を聴きながらカショギ氏の体を切断したと報じられています。

報道や言論の自由が保障されていない権威主義国家で事実を伝えるのは命懸けの仕事です。21日、ロンドンではシリア内戦で2012年に死亡した英紙サンデー・タイムズの戦争特派員マリー・コルビンさんの生き様を描いた米映画『A Private War』のオープニングイベントが行われました。

『A Private War』のオープニングイベント(筆者撮影)
『A Private War』のオープニングイベント(筆者撮影)

米国人のマリーさんは生前、チェチェン、コソボ、シエラレオネなど数々の紛争取材を手掛け、銃弾や砲弾をかいくぐって最前線に飛び出していきました。被害者の生々しい言葉を進行形で伝える報道は高く評価され、数々の賞を受賞。

マリーさんはリビアの独裁者カダフィー大佐(故人)から何度も単独インタビューし、カダフィー大佐をして「コンドリーザ・ライス元米国務長官より会っている時間が長い女性」と言わしめます。

黒眼帯の戦争特派員

しかし、2001年のスリランカ内戦の取材時に砲撃で左目を失います。殺戮の現場は次第にマリーさんの心を蝕み、少女の幻視や心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しまされます。酒をあおるように飲むようになり、再び最前線に飛び出していきます。

12年2月、シリア内戦でホムスに潜入したマリーさんは衛星電話を通じ、アサド政権の攻撃によって多くの市民たちが命を落としている現実を英米メディアに伝えた翌日、砲撃によって自分も犠牲になります。紛争地では「都合の悪い真実」を伝える記者は口封じのため真っ先にターゲットにされるのです。

アカデミー作品賞、脚本賞に輝いた15年の『スポットライト 世紀のスクープ』や17年の『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』のように報道に焦点をあてた映画が次々と発表されているのは、権威主義国家のプロパガンダマシンやソーシャルメディアを通じて「フェイク(偽)ニュース」が氾濫しているからです。

報道や言論の自由は自由と民主主義の土台になります。そのためには現場に足を運び、普通の人々の声を拾って、独裁者や政府のウソを暴く必要があります。映画の中でマリーさん役を演じた英女優ロザムンド・パイクさん(39)はレッドカーペット上で英通信社PAにこう話しました。

舞台あいさつするロザムンド・パイクさん(右、筆者撮影)
舞台あいさつするロザムンド・パイクさん(右、筆者撮影)

「カショギ氏のような話は、自分自身に正直で真実を語るジャーナリストがとるリスクについて普通の人々に考えさせます」

「真実は危険にさらされています。マリーが取材していたシリアではロシアのプロパガンダ部隊が、戦地で救援活動を続けるホワイト・ヘルメット(シリア民間防衛隊)の評価を歪めています」

「誤った先入観や偏見を払拭するためには真実の報道を読む必要があります。私たちは現地にいる人たちの声を必要としています。マリーはいつも最前線に乗り込み、私にその声を伝えてくれました」

フォトグラファー、ポール・コンロイ氏(筆者撮影)
フォトグラファー、ポール・コンロイ氏(筆者撮影)

シリア内戦でマリーさんに同行、左足を失いそうになったフォトグラファー、ポール・コンロイ氏もオープニングイベントに駆けつけました。映画では、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の大富豪役で若い女性の人気を集めたセクシー男優ジェイミー・ドーナン氏が彼の役を演じました。

コンロイ氏はPAにこう話しました。

「今、私たちジャーナリストは非難の炎にさらされている。ドナルド・トランプ米大統領のような人たちは議論せず、気に入らないものは全てフェイクニュースと切り捨てる」

「だからこそ事実をつかみ取ってくる人たちが重要なのだ。シリアで攻撃にあった時、防空壕の中で『俺はあなたたちのストーリーを伝え続ける』と内戦に苦しむシリアの人々に約束した」

コンロイ氏はマリーさんの遺志を継いで今も最前線で写真を撮り続けています。

「状況は絶望的」

ダフネ・カルアナガリチアさんの死を悼むビジル(筆者撮影)
ダフネ・カルアナガリチアさんの死を悼むビジル(筆者撮影)

「至る所で悪党が幅をきかしている。状況は絶望的だ」という言葉を記したあと、地中海の島国マルタで爆殺された女性調査報道ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチアさん=当時(53)=が亡くなって1年。

命日の10月16日、ロンドンやマルタ、欧州の各都市で彼女の死を悼み、報道の自由を訴えるキャンドル・ビジルがしめやかに営まれました。

ロンドンでは午後7時からピカデリー・サーカス近くの教会でビジルが行われたあと、道路を挟んで向かいにあるマルタ高等弁務官事務所前でダフネさんを追悼し、マルタ当局に公開調査を開始するよう求めました。

マルタ高等弁務官事務所前で公開調査を求めるジャーナリストら(筆者撮影)
マルタ高等弁務官事務所前で公開調査を求めるジャーナリストら(筆者撮影)

16年の「パナマ文書」では、パナマの法律事務所モサック・フォンセカがペーパー会社や、真の所有者が誰か分からない無記名株、名義上の受益権所有者を使って国家元首や独裁者の腐敗、武器・麻薬取引、巨万の富を「秘密」のネットワークで覆い隠していた実態が明らかにされました。

マルタではジョゼフ・ムスカット首相の側近であるエネルギー・保健相や首席補佐官がペーパーカンパニーや財団を悪用して脱税していた疑いが浮上。数千人が首相官邸を取り囲み、ムスカット首相の退陣を要求しました。しかし、その後も「パナマ文書」をもとに政治腐敗の追及を続けたダフネさんは自動車ごと爆殺されたのです。

ダフネさん爆殺事件をめぐっては3人が逮捕されたものの、首謀者は見つかっていません。筆者が入会する欧州ジャーナリスト協会や、国境なき記者団、国際ペンクラブなどは、ダフネさんの遺族が要望する公開審問を即座に開始するようムスカット政権に迫っています。

国境なき記者団など5団体はムスカット首相と面会し、ダフネさん爆殺事件の真相解明と、報道と言論の自由の保障に加えて、ジャーナリストの安全を守るよう要求しました。同首相は「公開調査は行われるかどうかの問題ではなく、いつ開始するのかの問題だ。捜査の終結を待っている」と言葉を濁しました。

EU加盟国で記者の殺害相次ぐ

10月6日には、ブルガリア北部ルセで女性ジャーナリスト、ビクトリア・マリノバさん(30)がレイプされ、殺害されているのが発見されました。事件に絡んでドイツで容疑者が逮捕されました。

ビクトリアさんはテレビ番組で政界や実業界の大物が関与する欧州連合(EU)基金をめぐる不正を取り上げたばかりでした。

今年2月にはスロバキアでイタリアやクロアチアの犯罪組織につながる政治汚職を告発しようとしたジャーナリスト、ヤン・クツィアク氏(27)がフィアンセとともに射殺されました。クツィアク氏もEU基金をめぐる不正を追及していました。

人権思想の発祥の地であることを自負するEU加盟国でも一部で縁故主義がはびこり、権威主義化が進んでいます。国境なき記者団の世界報道自由度ランキングでスロバキアは27位、マルタは65位、ブルガリアは111位。

ちなみに日本は67位、サウジアラビアは169位、シリアは177位です。今年に入って殺されたジャーナリストやメディア・アシスタントは71人、投獄されたのは335人にものぼっています。

インターネットやソーシャルメディアの普及で既存メディアやジャーナリストは存亡の危機に立たされています。権力からは「フェイクニュース」と罵倒され、読者の信頼を失っています。

それでも社会の見張り番であるジャーナリストは、警察官や消防士、医師らと同じように必要不可欠な職務だと信じ続けたいと思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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