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地球温暖化「気候カジノ」に足を踏み入れつつある世界 トランプ米大統領が陥るナショナリストのジレンマ

木村正人在英国際ジャーナリスト
ノーベル経済学賞の授賞が発表され、記者会見するノードハウス氏(写真:ロイター/アフロ)

「気候変動経済学の父」

[ロンドン発]ノーベル経済学賞に選ばれた米エール大学のウィリアム・ノードハウス教授(77)は「気候変動経済学の父」と呼ばれ、経済成長と地球温暖化の関係をモデル化し、温室効果ガスを減らすため炭素税の導入を提唱してきたことで知られています。

今回の授賞には、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から離脱したドナルド・トランプ米大統領への強い批判が込められているように思います。

ノードハウス氏は2013年に出版した『気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解』の中で「経済成長が気候システムと地球システムに意図せぬ危険な変化をもたらしている」と指摘しています。

「我々は気候のサイコロを投げている」。その目がどう出るか。「気候カジノに足を踏み入れつつある」と警鐘を鳴らしています。

規制のない市場は「負の外部性」、すなわち地球温暖化に関しては、ある個人や企業、国家が化石燃料の石炭や石油、天然ガスを燃焼させて利益を得ようとする行動が気候システムや地球システムに負の影響を及ぼしてしまうことにうまく対処できません。

1997年12月に採択された第3回気候変動枠組条約締約国会議(COP3)の京都議定書は先進国の温室効果ガス削減率を定めましたが、米国が離脱、中国やインドも参加しませんでした。自分がしなくても誰かがしてくれるという「ただ乗りのインセンティブ」が働き、うまく機能しませんでした。

「ナショナリストのジレンマ」にとらわれた米国

「パリ協定」では196カ国・地域が史上初めて「世界の平均気温上昇を工業化以前から2度以内に抑える」という「2度目標」を掲げましたが、石炭産業を支持基盤にするトランプ大統領は「パリ協定」から離脱します。「ナショナリストのジレンマ」が働いたからです。

全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)の資料によると、2015年の二酸化炭素排出量は世界全体で約329億トン。上位3カ国の中国28.4%、米国15.4%、インド6.4%で約半分を占めています。ちなみに日本は世界5番目の3.5%です。

JCCCAの資料より
JCCCAの資料より

米国が温室効果ガスの排出削減に向けた「パリ協定」に参加しなくても、他の国々が苦労して達成した恩恵をただで享受できます。自分世代が真剣に取り組まなくても、地球温暖化の代償を将来世代の子供や孫につけ回すことができるため、地球温暖化対策ではどうしても負のインセンティブが働いてしまうのです。

こうしたことから、ノードハウス教授は「温室効果ガスの市場価格(炭素価格)の引き上げが必須条件」と指摘します。温室効果ガスの排出量に上限(キャップ)を設け、市場で排出権を取引(トレード)して排出量を抑える「キャップ・アンド・トレード」か、温室効果ガス排出に課税する「炭素税」が有効です。

炭素税の効果

しかし、多くの国はキャップ・アンド・トレードに馴染みがなく、キャップの設け方で市場が乱高下します。これに対して、ノードハウス教授はすでにある税制の枠組みを使える炭素税を推奨しています。炭素税では安定した炭素価格を設定できるからです。

温室効果ガスを大量に排出する電力会社などに高水準の炭素税を課したり、地球温暖化対策の国際枠組みに参加しない国の財やサービスに関税をかけたりすることで、国際社会に地球温暖化への警鐘を鳴らし、コンピューターや情報通信技術(ICT)など低炭素技術の開発や投資を促すことができます。

ノードハウス教授が14年にシカゴ大学で行った講演から資料を拾ってみました。

過去80万年の大気中の二酸化炭素濃度(ノードハウス教授の講演資料より)
過去80万年の大気中の二酸化炭素濃度(ノードハウス教授の講演資料より)

80万年前には190ppmだった大気中の二酸化炭素濃度は1750年には280ppm、現在は390ppm。2100年までに700~900ppmに跳ね上がります。何もしない場合、地球の気温は1900年に比べ、2185年には摂氏7度近く上昇している恐れがあります。

気候変動の予測(ノードハウス教授の講演資料より)
気候変動の予測(ノードハウス教授の講演資料より)

地球温暖化が臨界点に達した場合、グリーンランドなど巨大氷床の融解、北極海の海氷の消滅、北大西洋の深層循環の逆転が起き、気温上昇がさらなる気温上昇を生む温暖化が増幅します。種の絶滅も進みます。

では人類は気候システムと地球システムを守るために経済活動を減速すべきなのでしょうか。ノードハウス教授が注目するのは次のグラフです。

GDP1000ドル当たりの二酸化炭素排出量(ノードハウス教授の講演資料より)
GDP1000ドル当たりの二酸化炭素排出量(ノードハウス教授の講演資料より)

国内総生産(GDP)1000ドル(2005年換算)当たりの二酸化炭素排出量は1920年ごろをピークに減少に転じ、年平均で1.8%ずつ減っていることが分かります。エネルギー消費の効率性が向上したからです。

「2度目標」を達成するためには下のグラフ(緑の折れ線)のように二酸化炭素1トン当たりの炭素価格を設定する必要があるそうです。

2度目標を達成するための炭素価格(ノードハウス教授の講演資料より)
2度目標を達成するための炭素価格(ノードハウス教授の講演資料より)

環境省の資料によると、炭素税を導入している国は次の通りです。

スウェーデン1万5130円(二酸化炭素1トン当たり)

スイス1万1210円

フィンランド7880円

フランス5670円

デンマーク2960円

カナダ・ブリティッシュコロンビア州2630円

アイルランド2540円

ポルトガル870円

日本289円

破滅シナリオを防ぐにはトランプ大統領が「パリ協定」に復帰し、国際社会でリーダーシップを発揮していかなければなりません。しかし、トランプ大統領は「ナショナリストのジレンマ」にとらわれ、事態をますます悪化させているようです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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