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中国フィンテック規制 P2Pレンディング「大淘汰の時代」の意味は?16兆円焦げ付きの恐れも

木村正人在英国際ジャーナリスト
北京の公安当局前に抗議のため集まるP2Pレンディングの被害者(写真:ロイター/アフロ)

貸し手と借り手をネットで結ぶ

[ロンドン発]中国のフィンテック(金融とテクノロジーを組み合わせた造語)の1つで、急成長を遂げてきたP2P(ピア・ツー・ピア)レンディングが「大淘汰の時代」に突入しました。

P2Pレンディングとは、不動産バブルで手にしたあぶく銭を貸したい資産家や投資家と、産業構造の転換でオカネを借りたい中小・零細企業や個人起業家をネット上のプラットフォームで結びつける融資情報仲介サービスです。

現地からの報道によると、9月12日、国際金融都市・上海の中国銀行規制委員会(CBRC)前にP2Pレンディングの犠牲者数百人が抗議のため集まり、警察当局に十数人が逮捕されました。

今年8月、金融当局の規制が一段と強化されてから突然、閉鎖するP2Pレンディングの業者が相次ぎました。

P2Pレンディングの情報サイト「網貸之家」には、今も「最低借入金額1万人民元、リターン10.3~25.9%」「最低借入金額5000元、リターン29~44.3%」といった投資情報がズラリと並んでいます。

「網貸之家」によると、8月末時点で業者数は中国全体で累計6406社にのぼり、このうち4811社が閉鎖したり、問題を抱えたりしていました。現在、通常営業を続けているのは1595社。貸付総額はこの1年間で52%超も減り、7月に比べ17.6%減りました。

貸付残高は1兆4900億人民元(24兆2700億円)で、このうち1兆人民元(16兆2900億円)が焦げ付くという中国メディアの報道もあるそうです。

上海の国際金融センター(昨年8月、筆者撮影)
上海の国際金融センター(昨年8月、筆者撮影)

「大衆創業万衆創新」

中国は、鉱業・鉄鋼・造船など重厚長大産業に依存した輸出主導型経済が行き詰まり、起業を推進力としたサービス産業中心の内需主導型経済への転換を急いでいます。

2014年9月、李克強首相は起業促進政策「大衆創業(スタートアップ)万衆創新(イノベーション)」をぶち上げました。

誰でも簡単に起業してイノベーションを起こせる環境を作ろうという大号令の下、起業しやすい環境整備としてコワーキングスペースを開くと補助金が支給される仕組みも導入されました。

昨年夏、中国を訪れると、上海だけでコワーキングスペースが500カ所も開設されるという起業ブームに沸いていました。起業促進政策で中小・零細向けの資金需要が一気に拡大しました。

上海にあるコワーキングスペースの一つ(昨年8月、筆者撮影)
上海にあるコワーキングスペースの一つ(昨年8月、筆者撮影)

こうした資金需要に応えるように急激に拡大したのがP2Pレンディングでした。スマートフォンのアプリケーションを通じて、一度も会ったことがない貸し手と借り手のマッチングを行う仕組みです。

中国最初のP2Pレンディングのプラットフォーム会社は07年に上海でスタートした「拍泊貸」と言われています。それ以降、プラットフォーム会社は雨後の筍(たけのこ)のように増えました。

中国式焼畑ビシネス

不動産バブルで巨額のあぶく銭を手にした持てる世代は利回りの良い投資先を求めて、P2Pレンディングに流れ込みました。投資額は数千元から数万元と手ごろで、銀行の利子よりもはるかに高い収益金も、資産家や投資家には大きな旨味に映りました。

当初はP2Pレンディングには被害防止のための監督管理、参入基準、規則がなく、無担保のケースがほとんど。破綻も多く発生しました。筆者も実際に、2000万元(3億2580万円)をすったという投資家の話を耳にしました。

15年には90万人の投資家から500億元(8145億円)を集めた「e租宝」というプラットフォーム会社が破綻して、21人が逮捕されたこともあります。

このため16年8月、P2Pレンディングへの規制が導入されます。規制第1弾として、プラットフォーム会社が直接、投資家の資金を借り入れること(ノミ行為)や元本や利回りを保証することが禁止され、登録制が導入されます。これを境にプラットフォーム会社の淘汰が始まります。

世界第2の金融資産大国

筆者は上海の中小・零細企業向け金融サービス会社を取材したことがあります。

この会社はP2Pレンディングをヒントに、クレジットカード会社や中国銀聯(ユニオンペイ)、アリペイから顧客情報を収集する会社を通じてビッグデータを入手して独自に信用度を算定。借り手にも面接した上で貸し付け、貸し倒れ率を3%程度に抑えていました。

テクノロジーだけでなく、貸し倒れを避ける金融の専門知識もフィンテックには必要とされているのです。

ボストンコンサルティンググループの報告書「中国の資産」17年版によると、16年の中国家計金融資産額は推定で米国に次ぐ世界第2位の126兆人民元(2052兆円)、21年には220兆人民元(3583兆円)に達するとみられています。

野村総合研究所グローバル産業・経営研究室の李智慧上級コンサルタントは報告書「ウェルスマネジメント事業へ進出する中国のP2P大手」の中でこう指摘しています。

「中国のP2Pレンディング業界は、淘汰が進む一方、巨大な市場の将来性を見込まれ、上場や大型資金調達を果たす企業も出ている。業界での地位が確立されたP2P大手は、揺れ動く業界環境下でも今まで蓄積した顧客基盤を活かし、ウェルスマネジメントへの進出等新たな事業創出を図っている」

P2Pレンディングの「大淘汰」は中国のフィンテックが新たな発展の段階に入ったことを意味しているのかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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