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杉田議員LGBT発言再考 離婚・避妊・中絶・同性婚が禁じられていたアイルランドの変化とローマ法王訪問

木村正人在英国際ジャーナリスト
アイルランドを訪問するローマ法王フランシスコ(写真:ロイター/アフロ)

39年ぶりの法王訪問

[ロンドン発]ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王が25、26日の両日、カトリック国として知られるアイルランドを訪れました。ローマ法王のアイルランド訪問は1979年のヨハネ・パウロ2世以来、実に39年ぶりです。

ダブリンに到着した法王フランシスコはカトリック教会の児童性的虐待について反省の弁を口にしました。

「若者を保護し、教育する責任を負う教会関係者が虐待行為に及んでいたという重大なスキャンダルを見逃すことはできない。司教、神父といった教会の権威が不快な犯罪に適切に対応してこなかったことが怒りを呼び起こし、カトリック・コミュニティーの痛みと恥の源になっている」

欧州ではポーランドに次いでカトリックへの信仰が強いとされるアイルランドも時代の波には勝てません。1981年には93%に達していた国民全体に対するカトリック教徒の割合は2016年には78%にまで下がっています。もっと極端にカトリック離れを示す数字があります。

神父を目指す人が激減しているのです。1795年に開設された神学校セント・パトリックス・カレッジの定員は500人ですが、6人しか進学しないと昨年秋、地元メディアが報じました。神父の結婚を認めず、禁欲を強いてきたカトリック教会の児童性的虐待が大きく影響しています。

しかし原因はそれだけではないようです。アイルランドに詳しい三神弘子・早稲田大学教授の「アイルランドの現在とカトリック教会」という論文を手掛かりに考えてみましょう。アイルランドでは最近、社会の大きな変化を示す国民投票が2つありました。

2015年5月、同性婚を認める62% 認めない38%(世界で初めて憲法上同性婚を認める国になる)

2018年5月、中絶を認める66% 認めない34%(年内にも中絶を合法化へ)

同性愛も、中絶も認めていないカトリックの国であるアイルランドの価値観や道徳観は180度転換しました。

同性愛者の首相

アイルランドのレオ・バラッカー首相は同性愛者であることを公表しています。バラッカー首相はローマ法王の訪問を前に「かつてわが国の社会ではカトリック教会が圧倒的な存在感を持っていた。今も存在感はあるが、公共政策や法律の決定権は持たなくなった」と話し、児童性的虐待を行った教会関係者を厳しく罰するよう法王フランシスコに求めていました。

アイルランドでは国家とカトリックは強い絆で結ばれていました。

16世紀、欧州大陸でルターやカルヴァンの宗教改革が進み、英国では、国王ヘンリー8世の、離婚したいという個人的な理由もあってローマ・カトリック教会と袂を分かちます。

アイルランドでは、100万人が死亡したとされる19世紀半ばのジャガイモ飢饉を機に、支配者の英国に対する反発が強まり、ナショナリズムとカトリック教会の一体化が進みます。独立戦争を経て1922年、アイルランドは英国から独立します。

25年には離婚を事実上、禁止。35年、避妊具・薬の輸入・販売が禁じられます。37年に制定された憲法は「最も聖なる三位一体の名において」と宣言し、「女性は家庭内での活躍を通して国家に貢献する」ものとして離婚の禁止が明記されました。

カトリック教会が離婚や避妊、中絶、同性愛に反対してきたことが長らくアイルランド社会に暗い影を落とし、たくさんの悲劇を生んできました。80年から2015年にかけ16万5400人以上の女性が英国に渡り、中絶手術を受けました。

14年、アイルランドの人気作家ジョン・ボイン氏は、13歳の時、金属の重しのついた木の棒を振り回すサディスティックな神父に指導されたことを公表します。同性愛者のボイン氏にとって、教室に入る前に自分の体をまさぐった男から「お前は精神疾患だ。電気ショック療法を受ける必要がある」と耳元でささやかれるのは生易しい体験ではなかったと言います。

世界や歴史に目を向けると、自民党の杉田水脈(みお)衆院議員(比例中国ブロック)の「(LGBTは)生産性がない」発言は、人間の心の奥底にある残酷さが少し顔を出したに過ぎないことが分かります。

法王訪問の隠された狙い

アイルランドにとって大きな転機になったのは1973年の欧州経済共同体(EEC)加盟です。同国のカトリック教会には、79年のヨハネ・パウロ2世訪問によって欧州から吹き込んでくるリベラルな風を食い止める狙いがあったと三神教授は指摘しています。

当時は、ヨハネ・パウロ2世のミサに人口340万人のうち270万人が参加するという動員力がありました。83年の国民投票で67%対33%の大差で中絶禁止が支持され、「母親と同じ生存権を胎児にも認める」と憲法に明記されました。

しかし、宗教的戒律からの自由を求める声を封じることはできませんでした。避妊具の使用や同性愛が認められるようになり、95年の国民投票で離婚も合法化されます。

カトリック教会への不信は児童性的虐待スキャンダルでピークに達します。75年から2004年までを対象にした調査報告書では合計321件の性的虐待が確認され、「カトリック教会と国家が共謀して聖職者の犯罪を隠蔽した」と指摘されました。

改革者フランシスコ

気さくで誠実な人柄で慕われるローマ法王フランシスコのアイルランド訪問が、アイルランド社会の大きな変化を受けたものであるのは間違いないでしょう。法王フランシスコは格差、資本主義、難民問題、そして同性愛についても積極的に発言してきました。

「もし同性愛者が神を求め、良き意思を持っているなら、彼を判断するのは私なんでしょうか」(初の海外訪問で)

「あなたが同性愛者であっても何の問題もありません。神はあなたをそのようにつくり給うた。そして愛し給うた」(カトリック教会の児童性的虐待被害者に対して)

「歓迎し、玄関を開いているだけの教会であるよりも、新しい道を見つける教会になりましょう。カトリックであることをやめたり無関心であったりする人たちに向けて」(米雑誌へのインタビュー)

ローマ法王庁は米東部ペンシルベニア州のカトリック教会で聖職者301人が1000人超の未成年者に性的虐待を加えていた事件に関し、遺憾の意を表明しました。法王フランシスコも「多くの人々に与えた傷の深さを教会が認めなかったことに恥と後悔を感じる」と異例の書簡を発表していました。

今回ミサの規模は50万人で、39年前のヨハネ・パウロ2世訪問時とは隔世の感がします。ローマ・カトリック教会が抱える問題は児童性的虐待だけではありません。改革者として大きな期待を寄せられる法王フランシスコは中絶や同性婚について、果たしてどこまで踏み込めるのでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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