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合意なきEU離脱なら日産・トヨタ・ホンダは間違いなく英国から離脱する

木村正人在英国際ジャーナリスト
日産自動車の英サンダーランド工場(写真:Shutterstock/アフロ)

「6週間分の医薬品を備蓄せよ」

[ロンドン発]英国の欧州連合(EU)離脱交渉の事実上の期限が10月半ばに迫る中、ドミニク・ラーブ英EU離脱担当相は23日、合意できずに来年3月29日にEUを離脱した場合どんなことが起きるかを想定した対策書「合意なき離脱への備え」を公表しました。

まず、その内容を見ておきましょう。

・離脱後、最大3年間はEUの金融機関が新たに免許を取得しなくても英国内でこれまで通り営業できるよう認める

・英政府はEU離脱のため、現在働いている7000人に加えて新たに9000人の官僚を採用することを計画している

・EUに輸出する際、税関手続きや関税の再交渉が必要になるかもしれない

・企業は新しいソフトウェアを購入したり、税関の仲介人、貨物利用運送事業者、倉庫業者を雇ったりする必要が出てくるかもしれない

・アイルランドに輸出する企業はどんな準備が必要かアイルランド政府にアドバイスを求めることを検討すべきだ

・EU域内から核物質を輸入するにはライセンスが求められる可能性がある

・製薬会社は医薬品の供給に支障を来さないよう6週間分の医薬品を備蓄せよ

・医薬品や医療機器は英国内で販売しても良いという市場のお墨付きをもらう前に英国のアセスメントを受けなければならなくなる

・国民医療サービス(NHS)の患者は最先端医療を受ける場合、遅延する恐れがある

・EU域内でクレジットカードやデビッドカードを使用した際のサーチャージが復活し、買い物時のコストが増える

・EU域内で暮らす英国民はEUの協力が得られなければ年金や英国の金融機関にアクセスできなくなる恐れが生じる

・消費者がオンラインで買い物をしてEU域内から英国に取り寄せる場合、低価格荷物の付加価値税(VAT)免除措置が受けられなくなる恐れがある

・健康被害を訴えるタバコパッケージの著作権はEUに帰属しているため変更する必要がある

・オーガニック食品の生産者はEU域内に輸出する場合、最大9カ月かけて承認を取らなければならない

・英政府は、合意なき離脱で補助金が打ち切られる英国の支援活動組織を援助する

ラーブ担当相は「合意できる可能性が高い」と強調する一方で、「あらゆる可能性に備える」必要があるためと、対策書を公表した理由を説明しました。

「合意なき離脱」主導する強硬派

離脱後もEUの単一市場や関税同盟へのアクセスをできるだけ残す穏健離脱に舵を切ったテリーザ・メイ首相に抗議して辞任したボリス・ジョンソン前外相ら保守党内の強硬離脱派が「合意なき離脱」を主張しています。

コンサルティング会社KPMGの3000人調査では英国民の54%が「合意なき離脱」になりそうだと考えています。このため「合意なき離脱になると、こんなに大変」と国民に分からせる狙いも対策書の公表には込められているように思います。

下は筆者が予想した英国のEU離脱シナリオです。保守党が穏健離脱派と強硬離脱派で割れている上、メイ政権は北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)の閣外協力を得て政権を運営しています。このため、政権内で意見をまとめられるかどうかが非常に疑わしい状況になっています。

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「合意なき離脱」を懸念してきた金融セクターはすでに対策を進めています。EU域内で活動できる金融パスポートを失う三井住友ファイナンシャルグループと野村ホールディングスは、英国がEUから離脱する来年3月末までにフランクフルトに新現地法人を設立します。

「合意なき離脱」で金融業界より深刻な打撃を受けるのが自動車産業です。英自動車製造販売者協会(SMMT)によると、6月の国内需要は前年同月より47.2%も減少。生産台数も5.5%減りました。

目標だった年間200万台生産は遠のき、6月時点で年間生産台数は164万2270台。投資は2015年の25億ポンド(3575億円)から昨年は11億ポンド(1573億円)に激減しています。

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EUの域外関税は自動車10%、自動車部品5%。英国は生産した自動車の8~9割を輸出する一方で、自動車部品やエンジンの8割をEUから輸入しています。「合意なき離脱」でEUへの輸出車に10%関税がかかり、さらにサプライチェーンが寸断されると壊滅的な打撃を受けます。

日産とトヨタは英政府から「離脱後も競争力を維持する」との念書を取っています。メイ政権はサプライチェーンを確保するため、製造業については英国の関税や規制を離脱後もEUに合わせるとみられていますが、「合意なき離脱」になるとそれもどうなるか分かりません。

自動車産業の競争は熾烈で、「合意なき離脱」で英国生産の採算が合わなくなった場合、日産、トヨタ、ホンダも生産拠点の変更を検討するのは間違いないでしょう。

SMMT最高経営責任者マイク・ホーズ氏はこう言います。

「英政府が発表した合意なき離脱への備えはその複雑さと難しさを浮き彫りにしている。多くの大企業はすでに準備を始めているが、サプライチェーンに関してはその多くが中小企業のため、やらなければならない対策のスケールが次第に明らかになってきている」

「最初の対策書で示された税関、手続き、料金に加えて関税の影響は少なくとも45億ポンド(6435億円)になり、英国の自動車産業の競争力を著しく損なう。『合意なき離脱』は選択肢とはなり得ない」

英国とEUは共倒れになる

国際通貨基金(IMF)は「合意なき離脱」になった場合、2030年までに英国の国内総生産(GDP)は最大で3.9%縮小、EU27カ国のGDPも最大で1.5%減少、EU27カ国の中で唯一英国と国境を接するアイルランドの影響が最も深刻で減少幅は3.8%になると予測しています。

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英国の未来は英国に決める権利があるとは言うものの、唯我独尊の英国、とりわけジョンソン前外相をはじめとする強硬離脱派はそろそろ傍迷惑というものを考えても良い時期です。失った信頼が戻ってくることは二度とないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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