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プロレス流パフォーマンスのトランプに金正恩とのガチンコ勝負は無理 北朝鮮は核ミサイルを既成事実化

木村正人在英国際ジャーナリスト
握手勝負ではトランプ米大統領の方が優勢だったが(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

火星15の製造を継続

[ロンドン発]米紙ワシントン・ポストによると、米情報機関は北朝鮮が米国を射程に収める最初の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」(推定射程1万3000キロメートル)を製造した平壌郊外の山陰洞(サンウムドン)の大規模施設で火星15を含む弾道ミサイルを製造しているとみられる動きを確認しました。

平壌郊外の山陰洞の大規模施設周辺(グーグルマップより)
平壌郊外の山陰洞の大規模施設周辺(グーグルマップより)

シンガポールで開かれた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との首脳会談で「朝鮮半島の非核化に向けて取り組む」ことで合意したドナルド・トランプ米大統領は翌日の6月13日に「北朝鮮の核の脅威はもはやなくなった」とツイートしていました。トランプ大統領は金正恩に騙されているのでしょうか。

山陰洞の施設はこれまでにもICBMを製造してきました。平壌郊外にあるので朝鮮人民を「人間の盾」にして米国の攻撃を抑制しようという狙いがあります。

米情報収集衛星の衛星写真を分析した結果、少なくとも1~2発の液体燃料式ICBMを製造している動きが見られると、米政府高官は匿名を条件にワシントン・ポスト紙に語りました。火星15のような液体式ICBMは燃料の注入に時間がかかるため、米情報収集衛星が発射準備を探知する余裕があります。

ロイター通信によると、1枚の写真にはトラック1台と、ICBMの運搬に使われたことがある車両と良く似たトレーラーが写っていました。トレーラーの荷台は明るい赤色のカバーで覆われていたため、何を運搬しているかまでは分からなかったそうです。

北朝鮮の「寸止め」作戦

北朝鮮は米本土をとらえるICBMのエンジン開発には成功しましたが、核弾頭の搭載や大気圏への再突入といった肝となる核ミサイル能力を獲得するまでには、まだ発射実験を重ねる必要があります。

このためトランプ政権は、北朝鮮がこれまでの核・ミサイル能力を拡大させているとまでは言えず、朝鮮半島の非核化交渉は進んでいると考えているようです。

トランプ政権の北朝鮮に対する「レッドライン(越えてはならない一線)」は、金正恩が米本土を攻撃できる核ミサイル能力を完全に保有することです。米本土を攻撃できる恐れを示した現在の状態は「寸止め」と双方が考えているようです。

最近、北朝鮮西部のウラン濃縮施設が秘密裏に稼働されていることが分かりました。ワシントン・ポスト紙によると、少なくとも2つあるとみられているウラン濃縮施設の1つだそうです。マイク・ポンペオ国務長官は7月25日に上院外交委員会で「北朝鮮の施設が(核兵器の製造に使用できる)核分裂性物質を製造している」と証言しました。

ポンペオ氏は「北朝鮮は潜水艦から発射できる弾道ミサイルや核兵器の開発をまだ継続しているのか」という質問には答えませんでした。

在韓米軍のビンセント・ブルックス司令官は「北朝鮮の核分裂性物質の製造能力はまだ完全だ」「我々はまだ製造の完全な中止も、核燃料棒の除去も確認していない。こうしたステップは非核化に向かう上で必ずとられなければならない」と指摘しています。

あいまいな米朝合意

トランプ大統領と金正恩が首脳会談のあと署名した合意文書(共同声明)の内容を確認しておきましょう。「トランプ大統領は北朝鮮の安全を保証することにコミットし、金正恩委員長は朝鮮半島の非核化を実現する確固たる、そして揺るぎないコミットメントを再確認する」

(1)米国と北朝鮮は両国民の平和と繁栄への願いに基づいて新しい米朝関係を築いていくことにコミットする

(2)米国と北朝鮮は朝鮮半島の持続的で安定した平和体制を築く努力をする

(3)北朝鮮は4月27日の(南北首脳による)板門店宣言を再確認し、朝鮮半島の非核化にコミットする

(4)米国と北朝鮮は、すでに誰か分かっている米兵を含む捕虜や行方不明者の遺骨問題の解決にコミットする

米朝合意の内容は非常にあいまいです。北朝鮮は、米本土を直撃できるICBMの精度を高める実験の中止を約束したほか、非核化に向けたいくつかの動きを米朝首脳会談の前から見せてきました。

5月9日、北朝鮮が拘束していた米国人3人を解放

5月24日、北東部豊渓里(プンゲリ)の核実験場を廃棄

6月6日、北西部亀城(ケソン)付近にあったミサイル実験施設を廃棄していたことが判明

7月23日、北西部東倉里(トンチャンリ)の「西海衛星発射場」でミサイルの組み立てに使う建物やロケットエンジン試験台の解体作業が進んでいることが判明

7月27日、朝鮮戦争の休戦協定締結65年にあたるこの日、北朝鮮は米兵の遺骨55柱を米軍に引き渡す。遺骨返還は11年ぶり

裏切りの過去

こうした北朝鮮の動きをそのまま鵜呑みにして良いのでしょうか。

北朝鮮が核開発を凍結する見返りに軽水炉を建設、完成するまで石油を供給する1994年の米朝枠組み合意は2003年に決裂。6カ国協議による05年と08年の核放棄合意は数カ月後に北朝鮮によって一方的に破棄されました。

バラク・オバマ前米大統領時代の12年、北朝鮮が長距離弾道ミサイル発射、核実験実施、寧辺(ニョンビョン)でのウラン濃縮活動の「一時停止」について国際原子力機関(IAEA)の監視を受け入れることで合意した「閏日(うるうび)合意」はわずか数日で反故にされました。

08年6月に北朝鮮がプルトニウムを生産していた寧辺の黒鉛減速炉の冷却塔を爆破したことは核放棄に向けた大きなステップとして称賛されました。しかし3カ月後、米国が、軍施設を含む核開発に関係するとみられるいかなる用地、施設、場所にも完全にアクセスすることを要求したとたん、北朝鮮は拒否します。

北朝鮮の核・ミサイル問題に詳しい有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック・アメリカ本部長は「トランプ氏と金正恩氏の首脳会談がどんな形で進んでも、その後の実行プロセスになるとトランプ政権は再び北朝鮮の軍施設への完全なアクセスを要求することになる」と指摘しています。

11月の米中間選挙に向けてトランプ大統領は金正恩と歩調を合わせて非核化交渉が前進しているという政治的なジェスチャーを取り続けるでしょう。

米本土を確実に攻撃できる北朝鮮の能力は米国にとっては「寸止め」ですが、韓国や日本は完全に射程にとらえられています。金正恩はすでに米国と同盟国の韓国、日本を切り離す「デカップリング」に成功していると言えるでしょう。

プロレスから今のパフォーマンス術を身につけたとされるトランプ大統領は派手に振る舞っても、いざという時、ガチンコ勝負に出る覚悟があるかどうかは非常に疑わしいのではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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