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トランプの高飛車外交は成功するか イラン核合意離脱・制裁復活の狙い 背景に中東の覇権争い

木村正人在英国際ジャーナリスト
米、イラン核合意を離脱(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]アメリカのドナルド・トランプ米大統領は8日、イランと欧米など6カ国が2015年に締結した核合意から離脱し、経済制裁を再開すると表明しました。

これでイランも合意から離脱して核開発を再開させるのか、中東におけるイスラム教スンニ派とシーア派の対立は激化するのか。供給量が減る原油の価格はどれぐらい上昇するのか、北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる米朝首脳会談の行方はどうなるのか―――。

英仏独3カ国首脳はイラン核合意を維持すると表明。河野太郎外相は9日午前「我が国は国際不拡散体制の強化と中東の安定に資する核合意を支持する」との談話を発表しました。

「イランはテロリスト代理人」

トランプ大統領の狙いは何か。日経新聞の会見要旨から拾ってみましょう。

(1)イラン政権はテロに資金提供する主導的国家。ミサイルを輸出し、中東の混乱をあおり、テロリストの代理人や武装派組織ヒズボラやハマス、タリバン、アルカイダのような民兵を支援している

(2)合意はシリア、イエメンやその他全世界に対し、意地の悪い、悪意ある行動を無制限に許した

(3)合意の根底にあるものは、殺意ある政権が平和的な核燃料プログラムだけを望んでいる、という巨大な絵空事だ

(4)先週、イスラエルはイランが長い間隠匿していた諜報(ちょうほう)記録を公表し、イラン政権がこれまで核兵器を開発していた事実があると結論づけた

(筆者注:イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はイランの核開発に関する10万もの文書とファイルを公開したが、米メディアは「核合意に至るまでの情報で、目新しい情報なし」と評価)

(5)合意後、イランの軍事予算は40%も増加する一方で国内経済は不振に陥った

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(6)イランが完全に合意内容を遂行したとしても、イラン政権は短期間に核によって国の包囲を突破することが可能。合意を維持すると、まもなく中東で核兵器開発競争が起こる

「イスラエルは善、イランは悪」トランプの二元論

トランプ大統領のこれまでの行動パターンを見ると、いくつかのポイントを指摘することができます。

(1)バラク・オバマ前大統領の政治的レガシー(遺産)をことごとくひっくり返す

(2)緊張を最大限に高めて交渉で好条件を引き出す戦略を好む

(3)トランプ大統領とはことごとく対立する政権のスタッフも「イスラエルは善」「イランは悪」というトランプ大統領の「善悪」二元論の中東政策を支持

イスラエルやサウジアラビアはトランプ大統領の決断を支持しています。欧米が対イラン制裁を解除したことによる経済的な利益がイランの軍事活動を活発化させていると考えているからです。

世界銀行の統計では制裁解除でイランの国内総生産(GDP)成長率は2012年のマイナス7.4%から16年には13.4%まで急回復しました。

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にもかかわらず、イランでは昨年末から今年1月にかけ、全国的に反政府デモが相次ぎ、死傷者が出ました。賃金未払い、インフレ、政府の失政、腐敗だけでなく、イラクやレバノン、シリアへの干渉に対して抗議の声を上げたのです。制裁解除が決して国民生活のプラスに働いているわけではないようです。

サウジ対イランの覇権争い

アメリカの有力シンクタンク、ブルッキングス研究所のブルース・リーデル上級研究員(中東政策)はこう分析しています。

「イランの核の脅威はサウジアラビアの最優先課題でも懸念でもない。サウジの最優先課題は、イエメンのイスラム教シーア派系武装組織フーシ派に提供されたイランの技術と専門知識を使ったミサイルの脅威だ」

「イエメンでの戦争が起きてから125発以上のミサイルがサウジの都市に撃ち込まれた。昨年11月以降はサウジの首都リヤドが標的になっている。ミサイル攻撃の回数や距離も増し、イランはサウジに明らかな直接の脅威を与えている」

「イエメンに加えてイラク、シリア、レバノンでイランはサウジを上回る影響力を行使している。ヒズボラとその一派はレバノンの選挙でサウジの一派より多くの票を獲得した」

「サウジはトランプ政権に、フーシ派に対するイランの支援とミサイル技術供与を食い止めるよう働きかけている。サウジは中東地域でのイランの影響力を低下させ、ヒズボラの勢力を弱める戦略を求めている」

トランプ大統領がイラン核合意から離脱した背景には、スンニ派の雄サウジとシーア派の雄イランによる中東地域での覇権争いと、かつてイスラエルの殲滅(せんめつ)を掲げたイランに対するイスラエルの抜き難い警戒心があるようです。

急ピッチで進むイランのミサイル開発

英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティ(HJS)は最近の報告書で「イラン核合意を存続させるためには、核開発だけでなく、ミサイル開発も対象に」と提案しました。

報告書によると、イランは1985年以前にリビアと北朝鮮からスカッド(旧ソ連が開発したR-11弾道ミサイル)を輸入するなど、核・ミサイル開発で北朝鮮とただならぬ関係を築いています。

イランは中距離弾道ミサイル(射程3000~5000キロメートル)の試験に取り組んでいる疑いがあり、開発に成功するとロンドンやパリ、ベルリンなど欧州の主要都市を射程に収めることができます。

イランはこうしたミサイルや技術をヒズボラやイエメンのフーシ派に供与し、ミサイルの脅威を中東に拡散させています。

HJSのティモシー・スタフォード上級研究員は次のように指摘しています。「イラン核合意が結ばれてから2年間でイランは弾道ミサイルの積載量を増やす実験を重ねてきた。さらにレバノンにミサイル施設を建設し、ヒズボラやフーシ派に武器を供与してきた」

アメリカの単独行動主義の副作用

トランプ大統領の決定は近視眼的に、イランへの経済制裁を復活させて中東地域での軍事活動を抑えたいというサウジとイスラエルの要請に応じたものです。しかし中・長期的な副作用は大きそうです。

(1)アメリカの単独行動主義で英仏独3カ国との亀裂が大きくなり、西側諸国が足並みをそろえてイランに圧力をかけるのが困難になる

(2)北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる米朝首脳会談で合意してもアメリカから一方的に破棄されるリスクがあることを北朝鮮の最高指導者、金正恩に印象づける

(3)制裁が復活すると、イランの原油生産量は日量50万バレル落ち込み、1バレル=80ドルぐらいまで値を戻す可能性がある。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を勢いづける恐れも

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トランプ大統領の核合意離脱でイランも離脱するのか、それとも残った5カ国との間で合意を継続するのか。イラン国内の政治力学がどう動くのか予断を許しません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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