プリンセスのお尻触ったノーベル文学賞選考委員の夫 2つのアカデミー分かれた選択 日本はどっちに進む

ノーベル賞に花を添えるビクトリア王女。右は夫のダニエル王子(写真:Shutterstock/アフロ)

狙われた27歳のビクトリア王女

[ロンドン発]ノーベル文学賞の発表見送りにまで発展した選考を務めるスウェーデン・アカデミーの性的スキャンダル。渦中の会員(現在は活動停止)の夫でフランス出身の文学サロン監督ジャン・クロード・アルノー氏(71)は2006年当時、27歳だったビクトリア王女(王位継承順位1位)のお尻まで触っていたそうです。

スウェーデン紙スヴェンスカ・ダーグブラーデットが3人の証言をもとに先月下旬にスクープとして報じました。目撃者の1人が英紙デーリー・テレグラフに語ったところによると、アルノー氏はビクトリア王女の背後からこっそり近づき、手を首に置いたあとお尻の方に下ろしていったそうです。

スヴェンスカ・ダーグブラーデット紙のHP
スヴェンスカ・ダーグブラーデット紙のHP

ビクトリア王女の女性衛兵が気付き、アルノー氏を止めたそうです。ビクトリア王女は驚きを隠せませんでした。アルノー氏の弁護士は例によって疑惑の全てを否定しています。

スウェーデン王室はコメントを控えていますが、アルノー氏がアカデミー会員や会員の妻や娘ら女性計18人に加えていた性的暴行を「恐ろしいことだ」と非難。米ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏の性的スキャンダルを発端に世界中に広がったセクハラ告発の「#MeToo(私も)」運動を支持しています。

セクシズムこそ男の流儀と考える文化

デーリー・テレグラフ紙に証言したのはスウェーデン・アカデミーの事務局長を1999年から10年間務めた現アカデミー会員ホーラス・エングダール氏(69)の元妻で文学を教える大学教授エバ・ヴィット・ブラットストロムさん(64)。

ヴィット・ブラットストロムさんは「エングダール氏と私、ビクトリア王女の父のカール16世グスタフ国王、他のアカデミー会員2人が事件当時、ビクトリア王女の周りにいました」と証言しています。エングダール元事務局長は王室から、ビクトリア王女とアルノー氏を決して2人きりにしないように指示されたそうです。

ヴィット・ブラットストロムさんは「こうしたタイプの男は時代遅れになったセクシズム(性差別)をまだ誇りに思っている」「過去30年にわたってアルノー氏が女性に性的虐待を加え続けられたことがこうした男たちの流儀を如実に物語っている」と話しています。

エングダール元事務局長は「元妻のヴィット・ブラットストロムは個人的にスウェーデン・アカデミーと私の評判を傷つけるために最大限の努力をしていることで知られている」とコメントしています。

アルノー氏のセクハラを深刻に受け止めて厳しく対応していればスウェーデン・アカデミーの腐敗はここまで進まなかったはずです。アカデミーの支援者であるカール16世グスタフ国王やスウェーデン王室もセクシズム文化を黙認してきた罪があるのかもしれません。

許容するか、根絶するか

セクハラやセクシズムに寛大なのか、それとも徹底的に糾弾するのかで対応は大きく2つに分かれます。筆者はフランスを代表する往年の大女優カトリーヌ・ドヌーブさん(74)の「#MeToo」への反応を思い出しました。ドヌーブさんは昨年の第70回カンヌ国際映画祭にロマン・ポランスキー監督(84)と一緒に現れました。

ドヌーブさんとそうそうたる仏女性作家、役者、学者ら100人が男性に女性を「口説く自由」を認めるべきだと公開書簡で主張、「セクシュアル・ハラスメント(権力を笠に着て性的行為を強要すること)を擁護している」と批判され、ドヌーブさんは謝罪に追い込まれた事件を思い出しました。

フランスでも「#BalanceTonPorc (男尊女卑の豚野郎を引きずり出せ)」というセクハラ追放運動が広がりました。

ドヌーブさんら女性100人は仏夕刊紙ルモンド(中立系)に「『性の自由』とは切っても切り離せない『口説く自由』を私たちは守ります」と題した公開書簡を発表します。

「レイプは犯罪よ。でもしつこく迫ったり、不器用に近づいたりするのは犯罪じゃない。男尊女卑の侵害でもない」「#MeToo運動は被害者を生み出しています。女性の膝を触ったり、唇を奪おうとしたり、仕事絡みの夕食で『親密な』ことを話そうとしたり、 その気のない女性に誘いのメッセージを送ろうとしただけで、仕事を失ったり、辞任を強いられたりしています」

潔癖主義は芸術を抹殺するか

公開書簡はさらに続きます。

「(ピューリタン的な)潔癖主義は止まるところを知りません。エゴン・シーレの裸体画を検閲せよ、小児性愛を擁護しているとバルテュスの作品を美術館から取り除けという声が上がり始めています。そして(ポーランド出身の巨匠)ロマン・ポランスキーの作品を映画館から追放せよ、と」

ポランスキー監督に13歳の時にレイプされたと訴えているアメリカ人サマンサ・ゲイマーさんら複数の性的被害者がルモンド紙への公開書簡に名を連ねているそうです。

結局、ドヌーブさんは仏紙リベラシオン電子版で、公開書簡はセクハラを擁護するものではないが、「公開書簡で感情を害されたかもしれないすべての被害者に心より謝罪します」と述べました。

スウェーデン・アカデミーのセクハラと腐敗を助長してきたのは、ドヌーブさん的な現実社会と芸術の世界をごっちゃにした考え方ではなかったのでしょうか。

もう1つのアカデミーは「ゼロ・トレランス」

一方、アカデミー賞を主催する米映画芸術科学アカデミーは5月3日、ポランスキー監督と性的暴行の罪で有罪判決を受けたコメディ俳優ビル・コスビー氏(80)を除名すると発表しました。ワインスタイン氏の性的スキャンダルも大きく影響しているのでしょう。

2016年、アカデミー賞演技部門の候補者20人が2年連続で全員白人だったことから、ソーシャルメディアで「オスカーは真っ白」という批判が殺到しました。

米紙ロサンゼルス・タイムズの調査では12年当時でアカデミー会員5765人中5000人の構成は白人94%近く、男性77%、50歳以上が86%で年齢の中央値は62歳でした。これを受けて16年に女性46%、非白人41%に構成比を変えました。

男女の愛欲の極限を描いた大島渚監督の『愛のコリーダ』(1976年)や12歳の少女への中年大学教授の一方的な愛を描写したウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』と同じような芸術表現をするのが今の時代、難しくなっているのはドヌーブさんらの指摘する通りです。

「禁断の恋」は現実社会では許されないからこそ、芸術の世界ではある一定の範囲内で許されるべきだという主張は成り立つかもしれません。しかし現実社会では13歳の少女をレイプする行為は絶対に許されなくなったのです。権力を笠に着たセクハラも同じです。

あなたはオールド・スクール?

イギリスで活躍する友人の女性映画プロデューサーは「ドヌーブたちはオールド・スクールで、今の流れを全然理解していない。一昔前ならイタリア映画界では女性が朝出勤すると、ボスが『昨晩のF***(セックスのこと)はどうだった』と言ってお尻をパーンとたたくのがあいさつ代わりだった。でも時代は変わったわ」と振り返ります。

そして、こう付け加えました。「革命とは行き過ぎるもの。濡れ衣で犠牲になった男の人はかわいそうだけれど」。これは紛れもなく、社会に巣くう男根支配(ファロクラシー)と利権をぶち壊す「ピューリタン革命」です。

財務省の福田淳一・前事務次官のテレビ朝日の女性記者に対するセクハラ問題で、麻生太郎財務相は記者会見で「セクハラ罪っていう罪はない」「殺人とか強(制)わい(せつ)とは違う」と話したそうです。

ことなかれ主義でセクハラと腐敗を蔓延させたスウェーデン・アカデミー流の対処術を選ぶのか、それとも米映画芸術科学アカデミーと同じように徹底改革に取り組むのか。セクハラ攻撃をかいくぐっての報道を強いられる日本の女性記者だけでなく、日本社会も選択を迫られていると思います。

(おわり)