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南北首脳会談「アメリカは中国の均衡勢力と考え始めた北朝鮮」「米朝首脳会談はベトナムで」北専門家が分析

木村正人在英国際ジャーナリスト
第3回南北首脳会談 両首脳、板門店(38度線)で初対面(写真:代表撮影/Inter-Korean Summit Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ)

初めて38度線を越えた北朝鮮指導者

[ロンドン発]北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長は27日、北朝鮮の指導者として初めて韓国を訪れ、軍事境界線のある板門店の韓国側施設「平和の家」で文在寅(ムンジェイン)大統領と会談しました。

南北首脳会談は10年半ぶりで、2011年12月に金正恩体制に移行してからは初めてです。朝鮮半島の非核化をうたった「板門店宣言」の3つの柱は次の通りです。しかし例によって「非核化」が何を指すのかについては全く触れられていません。

(1)南と北は分断された民族の血脈をつなぎ、共同繁栄と自主統一の未来を手繰り寄せる

(2)南と北は朝鮮半島の軍事的緊張を緩和し、戦争の危険を解消する

(3)南と北は朝鮮半島の恒久的な平和を構築する(完全な非核化を通じて核のない朝鮮半島を実現する)

北朝鮮が完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄(CVID)にいったん応じたのは1994年の米朝枠組み合意と2005年の6カ国協議による核放棄合意の少なくとも2回あります。12年にはウラン濃縮活動、核実験、長距離ミサイル発射の一時停止を約束しますが、北朝鮮は3回とも約束を破りました。

しかし今回は北朝鮮側に明らかな変化が見られるようです。ゲームプレイヤーである北朝鮮、韓国、アメリカ、中国4カ国の共通利益は米朝戦争の勃発を防ぐことです。米朝首脳会談の地ならしとなる南北首脳会談を当のドナルド・トランプ大統領や西側のアナリストはどう見たのでしょう。トランプ大統領はまず、こうツイートしました。

「金正恩は騙していない」トランプ大統領

「ミサイル発射と核実験の怒り狂った1年のあと、北朝鮮と韓国の歴史的な会談が今、開かれている。良いことが起こりつつある。しかし答えを教えてくれるのは時間だけだ」

「朝鮮戦争は終わる! アメリカとすべての偉大なるアメリカ国民は朝鮮半島で起きていることを誇りとして受け止めるべきだ」(下段)

トランプ大統領(ホワイトハウスの大統領執務室で報道陣に対し、米紙ニューヨーク・タイムズより)「彼(金正恩)が装っているとは思わない」「アメリカはこれまで見事に振り回されてきた。詐欺に引っ掛かるようにね。それはアメリカが私とは違うタイプの政治指導者を擁してきたからだ」「アメリカは騙されない、いいかい? 私たちは合意することを望んでいる」

「文在寅と金正恩の会談で、北も南も朝鮮半島のすべての人々がいつの日か調和と繁栄と平和の中で暮らせることを望んでいることを表明したい。それは実現しそうに見える」「私が始めた時、それは不可能だと人々は言った。北朝鮮が持つもの(核兵器と弾道ミサイル)を持たせよ、もしくは戦争という2つの選択肢があると彼らは言った」

「今、我々には誰しもが可能だと思っていたより随分良い選択肢がある」「関係は築かれている。我々は解決策で合意に達すると思う。もしそうならなくても大いなる敬意を持って交渉の場を出る」

米有力シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の北朝鮮専門家ビクター・チャ氏

「今回の南北首脳会談はおそらく、ムードは『A』、中身は『B+(平均より良い)』。昨年の危機的な雰囲気から脱したことや、核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)が一時停止されたことは歓迎すべきだろう」

「前向きな雰囲気にもかかわらず、金正恩が非核化についてどんな立場なのか、核兵器を諦めるつもりなのか、それとも経済制裁や圧力の緩和、エネルギー支援の見返りに一時的に核ミサイル開発を凍結することに興味を示しているのか明確な示唆は全くなかった。北朝鮮の言う非核化が、アメリカの言う完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄と同じなのかはっきりしない」

「南北首脳会談を見ると、金正恩は米朝首脳会談でもトランプ大統領とよく話し、長く歩くだろう。トランプ大統領と同じぐらいカメラに写る機会を設けるだろう」「北と南は朝鮮半島の緊張緩和と平和宣言、北朝鮮への軍事行動を検討するかもしれないアメリカのタカ派と手をつなぐことを危機回避策とみなしている可能性がある」

英有力シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のマーク・フィッツパトリック・アメリカ本部長

「北朝鮮は今年3月、北への軍事的な脅威が解消され、北朝鮮のシステムの安全が保障されるのなら核兵器を持つ理由がなくなると韓国側に伝えた。2000年に開かれた初の南北首脳会談でも金正日(キムジョンイル)は、在韓米軍の役割が地域の平和維持に変われば在韓米軍の存在は許容できると述べた」

「金正恩の2つ目の要求は金王朝存続の保証を含んでいる。アメリカができることは国交正常化と1953年以来続いている休戦状態を終戦にして平和条約を結ぶことだ」

「金正日が朝鮮半島での在韓米軍の役割を平和維持に変えることに言及した時、金正日の脳裏には中国への懸念があったのは明らかだ。金正恩が圧倒的な中国の重力に対してアメリカを均衡勢力(カウンターバランス)として利用しようと考えても何の不思議もない」

「アメリカとかつて敵対したベトナムは中国とのバランスを取るためにアメリカとの関係を強化しようとした。そうした観点から米朝首脳会談がベトナムで開かれることを私は望んでいる」

中ソ対立が生んだ米中接近と同じ構図

中ソ対立が1972年の米中接近の引き金になったように、金正恩は中国の習近平国家主席の経済的・軍事的圧力を怖れている可能性があります。金正恩がすでに獲得した核ミサイル能力をすべて破棄するとは考えられません。

板門店で文在寅大統領と手をつないで38度線を越えた背景には、主体(チュチェ)思想を掲げる北朝鮮の対中警戒が隠されているのかもしれません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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