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「月5万3千円のベーシックインカムで成長を取り戻せ」もう1人のFacebook共同創業者に訊いてみた

木村正人在英国際ジャーナリスト
米ミシガン州のフードバンク(写真:ロイター/アフロ)

「はたらけど はたらけど」の生活苦

[ロンドン発]Facebook共同創業者の1人でバラク・オバマ米大統領(当時)のソーシャル・ネットワーク・キャンペーンに参加したクリス・ヒューズ氏(34)がロンドンにある有力シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演しました。

Facebook共同創業者クリス・ヒューズ氏(筆者撮影)
Facebook共同創業者クリス・ヒューズ氏(筆者撮影)

テーマは「超富裕層は全国一律のベーシックインカムの財源を負担すべきか?」です。アメリカでは記録的に低い失業率、歴史的な株高にもかかわらず、わずか400ドル(約4万3000円)の緊急出費にすら耐えられない人が全体の46%を占めるそうです。

世界金融危機を境に資本主義の歯車が大きく狂い始め、仕事はもはや週40時間労働とホリデー、失業保険、傷病休暇を保障するものではなくなりました。

先進国で創出された雇用は「パーマネント(日本で言う正規雇用)」ではなく、「パートタイム(同、非正規雇用)」がほとんどというありさま。

「はたらけど はたらけど猶 わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る」と石川啄木が1910年に『一握の砂』でうたった貧困と孤独がいま先進国を覆っています。

9000万人に月500ドルずつ支給

ヒューズ氏は新著『Fair Shot: Rethinking Inequality and How We Earn(公平なチャンスを:格差といかに稼ぐのかを再考する)』の中で次のように主張しています。

まず、税の抜け道を防ぎます。トップ1%への所得税率を現在の34%から50%に引き上げて年3000億ドル(約32兆1600億円)の財源を確保。年5万ドル(536万円)未満の収入しかない労働者9,000万人に月500ドル(5万3600円)ずつを給付する一律のベーシックインカムを導入するよう主張しています。

トップ1%の年収は25万ドル(2680万円)超とも45万ドル(4824万円)超とも言われています。

筆者は講演後「テクノロジー会社は日本を含む先進国で十分な報酬を労働者に支払える仕事を創出し、増やしていくことができますか。報酬を上げていくことができますか」と質問しました。ヒューズ氏はこう答えました。

「予めこうなるということは言えない。テクノロジー会社に限らず、会社の業績は経済に左右されるからね。しかしベーシックインカムは経済を成長させる機会を提供することになる。あくまで一時的なソリューションだが、アメリカ経済を再び浮揚させる原動力になるはずだ」

アメリカではすでに低所得労働者の勤労意欲を高める「給付付き勤労所得税額控除」の枠組みを使って3000万各世帯に年500~6000ドル(5万3600~64万3200円)の現金が無条件で支給されています。この制度を利用すれば新たな財源は3000億ドルで済むというのです。

月1000ドル支給で8年後、実質GDPは12.56%増

ヒューズ氏が筆者に示したのは米シンクタンク、ルーズベルト研究所のモデルです。この研究所は1930年代、世界恐慌を克服するため失業救済策や公共事業を行ったニューディール政策で有名なフランクリン・ルーズベルト大統領にちなんでいます。

ベーシックインカムがアメリカのマクロ経済に与える影響について、ルーズベルト研究所はさまざまなシナリオを想定し、次のように分析しています。

財源を財政赤字で賄う場合

(1)すべての大人に月1000ドルの現金を無条件で与える

実質国内総生産(GDP)は8年後、何もしないより12.56%増える

(2)すべての大人に月500ドルの現金を無条件で与える

実質GDPは6.5%増

(3)子供(16歳未満)1人につき月250ドルの手当を支給する

実質GDPは0.79%増

財源を増税で賄い、富裕層から低所得者層に再分配する場合

(1)すべての大人に月1000ドルの現金支給

実質GDPは8年後、2.62%増

(2)すべての大人に月500ドルの現金支給

実質GDPは1.65%増

(3)子供1人につき月250ドルの手当

実質GDPは0.27%増

それぞれのシナリオをテーブルにしてみました。

出所)ルーズベルト研究所データをもとに作成
出所)ルーズベルト研究所データをもとに作成

増税と再分配を組み合わせたヒューズ氏のモデル(黄緑の蛍光色)では8年後に実質GDPは1.65%増えています。ヒューズ氏は現代のニューディール政策として全国一律のベーシックインカムを採用し、アメリカ経済を蘇らせるステップにしようと訴えています。

ロボットや人工知能が広げる格差

蒸気機関による第1次産業革命(18世紀)、電力化による第2次産業革命(20世紀)、コンピューターがもたらした第3次産業革命(1970年~)に続く第4次産業革命ではロボット、自動運転車、人工知能(AI)、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータが生産性を飛躍的に向上させていくと予想されています。

ロボットやAIは疲れることを知らず、休憩もホリデーも必要ありません。アメリカの単純労働者から仕事を奪っているのは中国の低賃金労働者ではなく、ロボットやオートメーション化が進んだ最先端の工場です。

ロボットやAI化がもっと進めば、ロボットやAIが労働者の主人になるディストピア社会が到来する恐れが十分にあるのです。

米国勢調査局のデータから米シンクタンク、ピュー研究所が昨年10月にこんな分析結果を公表しています。

2016年、アメリカの貧困率は12.7%で該当するのは4,060万人。世界金融危機が起きる前の07年レベルの12.5%近くまで下がってきました。しかし貧困人口に占める「深刻な貧困(貧困ラインの半分未満の所得レベル)」の割合が少なくともこの20年で最悪になっています。1996年に39.5%だったものが、45.6%まで上昇しています。

トランプ減税の効果は

これに対して減税による景気浮揚策を実行しようとしているのがドナルド・トランプ米大統領です。2027年までの10年間にわたって個人税で1兆1266億ドル(120兆7700億円)、法人税で6538億ドル(70兆900億円)の減税を実行する一方、国際税制では3244億ドル(34兆7700億円)の税収増を見込んでいます。

差し引きすると1兆4560億ドル(156兆800億円)の財政赤字をもたらす計算です。トランプ減税の柱を見ておきましょう。

(1)連邦法人税の最高税率を35%から一律21%に

(2)39.6%だった個人所得税について、31万5000ドルまでの事業所得は20%まで税控除

(3)海外に留保している利益(推定計2兆数億ドル)について1回限り現金は15.5%、その他は8%課税

(4)無形資産所得への課税

いろいろな試算では今後10年間のGDP押し上げ効果は、年平均で0%から最大で0.29%と見られています。年平均0.29%成長で8年後のGDPは2.34%増えています。財政の健全性を考慮するとヒューズ氏のベーシックインカム(8年後に1.65%増)の方に軍配が上がりそうです。

1日に150回スマホに触る時代

マーク・ザッカーバーグ氏らとFacebookを創業したヒューズ氏は3年間で5億ドル(536億円)稼ぎ、07年、オバマ氏の大統領選キャンペーンに参加するためFacebookを去りました。

イギリスの政治コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカ(CA)によるFacebookの個人データ乱用問題について、ヒューズ氏は「ザッカーバーグ氏や会社がこうした問題にこれまで直面せずに済んできたことの方が私にとってはショッキングだった」という立場です。

ザッカーバーグ氏と距離を置くヒューズ氏(筆者撮影)
ザッカーバーグ氏と距離を置くヒューズ氏(筆者撮影)

「CAの問題は氷山の一角。ザッカーバーグ氏が米議会で証言したからと言って、すべての問題が解決するわけではない」「Facebookやグーグル、アマゾン、アップルといった巨大テクノロジー会社がこの問題にどう対応していくかが問われている」

「私はFacebookユーザーが自分たちのデータが誰に、どんな形で利用されているのか理解しているとは思わない。まずデータ利用と個人のプライバシーの問題。2番目に先の米大統領選とロシアの介入といった民主主義と社会の分断に関する問題がある」

「そして3番目にミレニアル世代(2000年ごろに大人になった世代)が1日に150回もスマートフォンに触っているという心理的、社会的な現実に気づく必要がある」

私たちは所得や富の再分配によって貧困と孤独を解消し、社会の絆を取り戻していかなければなりません。そうすれば成長も戻ってくるはずです。筆者はトランプ減税や、議会証言でアンドロイドのように見えたザッカーバーグ氏よりヒューズ氏の唱えるベーシックインカムに共感しました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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