「裏切り者には残酷な死を」それがロシア・スパイの掟 神経剤による父娘暗殺は入念に計画されていた

化学防護服を着て墓地を除染する係官(筆者撮影)

軍180人を動員して除染作業

[ソールズベリー発]英イングランド南西部ソールズベリーで、元二重スパイのロシア人男性セルゲイ・スクリパリ氏(66)と娘のユリアさん(33)が神経剤によって意識不明の重体になっている事件で、イギリスの警察当局は軍の部隊180人の協力を得て9日からスクリパリ氏の自宅や2人が倒れていた公園の除染作業を開始しました。

筆者は8、9の両日現地入りしました。スクリパリ氏は自宅から徒歩で10分余の食料品店「バーゲン・ストップ」でよく買い物をしていました。下は同店の防犯カメラに残っていたスクリパリ氏の写真です。

食料品店で買い物をするスクリパリ氏(同店提供)
食料品店で買い物をするスクリパリ氏(同店提供)

「彼は良いお客さんだったわ。1週間に1回か2回店に来て、ベーコンやソーセージ、牛乳、スクラッチカードくじを買って行った。30~40ポンドの買い物だった。スクラッチカードで損しているの、得しているのという話をしたわ」

店の女性経営者エブル・オストルクさん(41)は筆者の取材に話しました。

店の経営者オストルクさん(筆者撮影)
店の経営者オストルクさん(筆者撮影)

「彼と最後に話した時、娘さんがやって来ると話していた。先週末は雪が降って天気が悪くなったので、その前に牛乳をたくさん仕入れた。彼とも牛乳の話をしたので先週の金曜日(3月2日)か土曜日に店に来たと思う」

「その前は2月27日の火曜日。午後零時45分ごろ、5分ほど来店した。彼は幸せそうだった。奥さんが死んで彼は独り暮らしと話していた。私はトルコの出身、彼は『ウクライナ(本当はロシア)から来た』と話しており、異なる食事や文化についておしゃべりした」

「彼は祖国を離れて長く経っている様子で、でも帰りたくはなさそうだった。引退していても、立派な教育を受けており、重要な仕事をして部下もいたように見えた」

「彼にどのロシア・ウオッカがお薦めか尋ねようとしていたところなの。彼の息子さんも店の常連だったが、息子さんとは知らなかった。長い間見かけなかったが、新聞で昨年亡くなったことを知った」

悲劇は最愛のユリアさんが自宅を訪ねてきた時から始まったようです。

3月3日

ユリアさん(本人のFBより)
ユリアさん(本人のFBより)

ユリアさんがモスクワからスクリパリ氏の自宅を訪ねる

スクリパリ氏の自宅からも化学反応(筆者撮影)
スクリパリ氏の自宅からも化学反応(筆者撮影)

3月4日

英メディアによると、スクリパリ氏とユリアさんは自宅で神経剤を浴びる。ユリアさんがモスクワから持ってきたスクリパリ氏へのプレゼントに神経剤が仕込まれていた恐れも

スクリパリ氏の家族が葬られている墓地(筆者撮影)
スクリパリ氏の家族が葬られている墓地(筆者撮影)

午前中、スクリパリ氏の妻や息子が葬られている墓地をお参り。2012年に妻ががんで死に、2年前には兄がロシアで死亡、昨年7月には43歳の息子が恋人とサンクトペテルブルクを旅行中に肝不全になり急死

午後1時、2人はソールズベリー中心部のジジ・レストランで食事

左が、2人が食事をしたジジ・レストラン(筆者撮影)
左が、2人が食事をしたジジ・レストラン(筆者撮影)

グーグルマイマップで筆者作成
グーグルマイマップで筆者作成

「ザ・ミル」というパブに移動して歓談

パブ「ザ・ミル(筆者撮影)」
パブ「ザ・ミル(筆者撮影)」

午後3時47分、公園に向かって歩くスクリパリ氏とユリアさんの姿が防犯カメラに映る

午後4時15分、公園のベンチで2人が意識不明になっているのが発見される

2人が意識不明になっていた公園のベンチ(筆者撮影)
2人が意識不明になっていた公園のベンチ(筆者撮影)

ソールズベリー地方病院で2人とスクリパリ氏の自宅に急行した警官3人が手当てを受ける。スクリパリ氏とユリアさんは意識不明の重体。警官のうち1人は入院中も容体は次第に回復

ソールズベリー地方病院(筆者撮影)
ソールズベリー地方病院(筆者撮影)

3月6日

テロ対策警察ネットワークが地元のウィルトシャー警察から捜査を引き継ぐ

3月7日

ロンドン警視庁が「2人の症状から神経剤が使われた」と断定。2人を狙った殺人未遂事件として捜査

3月9日

化学兵器の処理に慣れた英海兵隊などの部隊180人を動員して病院や墓地などの除染作業を開始

英紙タイムズによると、スクリパリ氏は今でも月に1回程度はイギリス秘密情報部(MI6)のハンドラーと接触があったそうです。ロンドンから特急電車で約1時間半のソールズベリーは人口4万人の古い観光都市で、大聖堂のほか、ストーンヘンジが近くにあることでも有名です。

お年寄りが多く、スクリパリ氏も静かな余生を送っていたことが伝わってきました。住民は「元ロシア二重スパイが神経剤で重体」という冷戦時代のスパイ小説のような事件に驚きを隠せません。

ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のスパイだったスクリパリ氏が今、何をしていたのか確かなことは分かりません。3月18日に大統領選を控えるウラジーミル・プーチン大統領は2010年のスパイ交換でスクリパリ氏がイギリスに来ることになった時「裏切り者は死ぬことになる」と話したと報じられています。

リトビネンコ事件「プーチン大統領は知っていた」

元ロシア連邦保安庁(FSB)幹部アレクサンダー・リトビネンコ氏(当時44歳)が06年11月、ロンドンのホテルでお茶に放射性物質ポロニウム210を入れられ、毒殺された事件と今回の暗殺未遂事件は類似性があります。

16年1月の公聴会(公開調査)で裁判官は、メイフェアのミレニアムホテルでリトビネンコ氏と会っていた旧ソ連国家保安委員会(KGB)元職員アンドレイ・ルゴボイとドミトリ・コフトゥン両被告=2人とも起訴済み=の犯行と断定、FSBに指示されたのはほぼ間違いないと認定し「おそらくロシアのプーチン大統領やニコライ・パトルシェフFSB長官(当時)は承認していた」と結論付けました。

公聴会の報告書では(1)致死量のポロニウム210を製造できるのは世界中でロシア西部サロフの国家施設アヴァンガルド・プラントだけ(2)06年10月にもリトビネンコ氏はポロニウム210を盛られていた(3)FSBの関与はほぼ確実である――ことが明らかにされました。サロフは旧ソ連時代には「アルザマス16」の名前で呼ばれていた秘密核兵器開発都市です。

「毒殺の理由は見せしめ」

公聴会で証人の1人は「コフトゥン被告は、射殺せず、毒殺だった理由について、見せしめのためと語っていた」と話しました。ルゴボイ被告はロシアに逃亡、ロシア国家会議(下院)議員に当選しています。ドイツで暮らしていたコフトゥン被告もロシアに逃げています。

リトビネンコ氏はイギリスに亡命したあと、MI6に協力するようになります。ロシア・マフィアに関する情報提供やアドバイスが主なもので、月に2,000ポンドのコンサルタント料を受け取っていました。ルゴボイ被告は反プーチンの急先鋒だったボリス・ベレゾフスキー氏(13年3月、自殺)のボディガードとしてリトビネンコ氏に近づきます。

ロシアの情報機関と犯罪組織は一体とも言われ、イギリスに亡命している反プーチン派を監視下に置くクモの巣のようなネットワークを張り巡らしています。いったん暗殺指令が出されれば、そのネットワークが即座に動き始めるのです。

スクリパリ氏暗殺未遂でもモスクワでユリアさんの回りにクモの巣が張り巡らされ、彼女に気づかれないよう神経剤が仕込まれたスクリパリ氏へのプレゼントが渡されたと見るのが妥当でしょう。スクリパリ氏がこれ以上ない苦しみを味わうように、ユリアさんが目の前で悶死するのを見ながら死んでいくように計画されていた可能性さえあります。

英下院特別委「ロシア関連で不審な死を遂げた14人の再調査を」

ボリス・ジョンソン外相は下院で「ソールズベリーで何が起きたかはっきりしたことは分からない」としながらも「ロシアはいろいろな観点から有害で破壊的な勢力であると私は怖れている。イギリスがリーダーシップをとってこうした活動に立ち向かおう」と表明しました。

クリミア併合やウクライナ危機、シリア内戦でプーチン大統領は軍事力の行使をためらわないことがより一層、鮮明になりました。ロシアの国内外でいったい何人の人が不審な死を遂げたのか分かりません。

イギリス下院内務特別委員会のイヴェット・クーパー委員長は政府に対して前出のベレゾフスキー氏を含め過去20年で心臓発作や自殺、事故死、自然死による14人の死を再調査するよう求めました。いずれもロシアの関与が取り沙汰されたことがありますが、真相は闇に葬り去られました。

ロシア側は関与を全面否定しています。プーチン大統領にとって退役した元二重スパイの存在など、どうでもよいことです。しかし、元二重スパイ暗殺計画の狙いは「裏切り者はこれ以上ない残酷な死から逃れることはできない」という非情なメッセージを送ることにありそうです。

(おわり)