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北極に「一帯一路」拡大「戦争に勝つワールドクラスの軍隊」目指す中国 安倍首相はいつまで尖閣を守れるか

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国人民解放軍建軍90周年(2017年)(写真:ロイター/アフロ)

「戦って勝つ軍」

[ロンドン発]「新しい時代に強い軍隊を構築するという中国共産党の目標は中国人民解放軍を共産党の命令に従うワールドクラスの軍隊にすることだ。戦って勝つ、そして品位を保てる軍隊だ」

中国の習近平国家主席は昨年10月の第19回党大会でこう演説しました。2012年の第18回党大会で当時の胡錦濤国家主席が「中国の国際的な地位に見合った強い国防と強力な兵力を築く」とだけ話したのとは大違いです。

こう指摘したのは8日、ロンドンにあるシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)で講演したドイツの研究機関MERICSのリサーチアソシエイト、ヘレナ・レガーダさん。レガーダさんは中国人民解放軍の動きをウォッチする中国モニターを運営しています。

「習近平の言葉は、中国人民解放軍のマンデートがキャパシティー・ビルディング(能力育成)から(習近平への)政治的な忠誠と戦争に勝つことに明らかにシフトしたことを示しています」と分析します。

党のリーダーシップを強化することが強力な中国人民解放軍を築く前提です。軍の腐敗を一掃するとともに「4総部」を解体して15の専門部局に分散。軍の最高指導機関、党中央軍事委員会主席である習近平が軍を完全に掌握できるシステムを復活させました。

党中央軍事委員会の副主席で制服組トップだった「西北の狼」郭伯雄(規律違反で無期懲役)と「東北の虎」徐才厚(膀胱がんで死去)が反腐敗運動の最初のターゲットでした。江沢民、胡錦濤時代の腐敗した軍幹部はこれをきっかけに次々と失脚しています。

党中央軍事委員会の顔ぶれを見ておきましょう。

第18回党大会(2012年以降)

主席:習近平

副主席:范長龍(胡錦濤派、失脚の情報)

副主席:許其亮(習近平の肝煎りで軍改革を推進)

委員:常万全(国防相)

委員:房峰輝(胡錦濤派、連合参謀部参謀長、規律違反の疑いで調査)

委員:張陽(胡錦濤派、規律違反の疑いで調査、昨年11月に自殺、贈収賄や巨額の不正蓄財)

委員:趙克石(引退)

委員:張又侠(習近平と親子二代にわたって関係が深い、中越戦争の軍歴)

委員:呉勝利(引退)

委員:馬曉天(胡錦濤派、更迭)

委員:魏鳳和

レガーダさんの調査では、軍から昨年秋の第19回党大会に出席した303人のうち約9割が新顔。習近平は11人いた党中央軍事委員会のメンバーを7人に削り、新体制を固めました。副主席に昇格した張又侠と、連合参謀部参謀長になった李作成の2人に中越戦争の軍歴があり「戦争に勝つ」軍を目指す意思を明確にしました。

軍の規律検査を担当する張昇民が異例の抜擢で党中央軍事委員会入りしたことから、習近平は軍の腐敗一掃を最優先課題にしているとみなされています。党中央軍事委員会は党大会後「いかなる時、いかなる状況でも党への忠誠を誓い、習近平の命令に従う」と宣誓する声明を出しました。

第19回党大会(17年以降)

主席:習近平

副主席:許其亮(留任、空軍上将)

副主席:張又侠(昇格)

委員:魏鳳和(留任、国防相に就任か)

委員:李作成(習近平が抜擢、連合参謀部参謀長、中越戦争の軍歴)

委員:苗華(福建省時代に習近平と関係を深める、陸軍から海軍に)

委員:張昇民(軍の規律検査を担当)

レガーダさんによると、習近平が掲げる外交・安全保障政策の3本柱は次の通りです。

(1)国際舞台でより大きな役割を果たす

国際社会のセンターステージに登る。「東」で中国は高くそびえ立ち、地位を固める。習近平は、戦争に備える近代的な軍を構築し、中国人民解放軍が党に忠誠を尽くす必要性を強調している。

(2)経済圏構想「一帯一路」を拡大

一帯一路に北極圏を加える。砕氷船「雪竜」が北極圏の北東航路や中央航路を横断。習近平は、ロシアと協力して北極圏航路の開発と「極地のシルクロード」構築を目指すべきだとの考えを示す。

(3)外国人に対する治安対策を強化する

反スパイ法で処罰される「敵意あるグループ」には中国の社会システムや中国共産党の支配を揺るがす、いかなるグループも含まれる。中国の国家安全保障を傷つけ、事実を歪める外国人も処罰対象になる。新しいルールの下では一定の期間、こうした恐れのある外国人の入国を拒否したり、国外に出るのを止めたりすることができる。

中国人民解放軍は中国共産党というより、習近平による個人支配が強まり「習近平」後の権力移行がどのように進むのか全く予想がつきません。

筆者はレガーダさんに2つ質問しました。

――習近平による中国人民解放軍支配が強まると東シナ海の尖閣諸島(沖縄県)や南シナ海で偶発的な軍事衝突が発生するリスクが減るのでは

「それはどうなるか分からない」(筆者注:習近平が政治的な意図を持って圧力を強めてくる可能性もあるということか)

――安全保障面で中国の「一帯一路」と日米が提唱する「自由で開かれたインド太平洋戦略」の未来をどう見るか

「一帯一路のルートにある国は治安が安定しない地域が多く、進出する中国企業や中国人労働者を守るために、この2~3年は中国人民解放軍が展開することはないが、おそらく中国の民間警備会社が現地で警備を担当することになるだろう。中・長期的には中国人民解放軍が出ていく可能性は十分ある」

軍の完全掌握を目指す習近平に対し、現場の司令官がフラストレーションをためていくことは容易に想像できます。アメリカのトランプ政権のドタバタぶりや北朝鮮の核・ミサイル開発、従軍慰安婦をめぐる日韓の歴史問題ばかりにスポットライトが当たりますが、着実に力をつける中国の存在を忘れてはならないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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