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地上で最も怖れられる大統領プーチン ロシアとNATOの緊張高まる 安倍首相の北方領土交渉は荒唐無稽?

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロシア正教「神現祭」で沐浴するプーチン大統領(写真:ロイター/アフロ)

スコットランド沖シェトランド諸島のレーダー基地再開

[ロンドン発]1月15日、イギリス空軍の戦闘機ユーロファイター・タイフーンがスコットランドのロジーマス空軍基地を緊急発進しました。ロシア空軍の戦略(長距離)爆撃機Tu-160 、2機が航空管制官に何も告げないまま、イギリスの領空に接近してきたからです。

イギリス空軍はロシア空軍機の領空侵犯を警戒して北大西洋条約機構(NATO)加盟国と緊密に連携しています。タイフーンは北海でTu-160機をインターセプトして北の方に追い出し、領空侵犯を許しませんでした。

ロシア空軍機はNATO加盟国のレスポンス・タイムを把握するため、防空識別圏(ADIZ)への侵入と領空への接近を繰り返しています。イギリス国防省によると、ロシア空軍機へのスクランブルは2006年の1回から07年には19回に跳ね上がり、16年は5回でした。NATO欧州加盟国の対ロシア・スクランブルは15年の400回(全体で480回)から16年には780回(同807回)に増えています。

イギリスのガビン・ウィリアムソン国防相は「我が国が直面している脅威は増大している。侵略行為から我々の領空を守ることに躊躇しない」と断固たる決意を見せました。イギリスは06年に閉鎖されたスコットランド沖シェトランド諸島のサクサ・ボード・レーダー基地を1,000万ポンド(約15億4,000万円)かけて再建、間もなく稼働します。

移民流入にブレーキをかけるため欧州連合(EU)からの離脱を決定したイギリスですが、NATOを通じた安全保障への協力は強化する方針です。人口わずか600人のサクサ・ボードに再び設けられるレーダー基地はアイスランドからノルウェーにかけての北極圏でのロシア空軍機の活動を監視する計画です。

「ロシアはインフラへのサイバー攻撃を準備している」

ウィリアムソン国防相は26日付の英紙デーリー・テレグラフで「ロシアはパニックとカオスを作り出すため、イギリスの重要な国家インフラストラクチャーといかに欧州大陸側からエネルギーを供給されているかを調べている」「イギリス経済にダメージを与え、インフラを寸断して無数の死をもたらそうと企んでいる」と警鐘を鳴らしました。

ニコラス・カーター陸軍参謀総長も王立防衛安全保障研究所(RUSI)での講演で「ロシアの侵攻は小さな緑色の兵士(クリミア併合の時に現れた正体不明の兵士。ロシア軍の装備を使用)によって始まるとは思わない。私たちが予想もしない形で始まるだろう。これまでの経験則で未来への備えを考えるべきではない」と注意を呼びかけました。

17年はロシア革命100年周年。同年9月にロシアとベラルーシが「過激派グループの脅威」を想定し合同してベラルーシで軍事演習「Zapad 2017」を実施しました。バルト三国と地理的によく似た架空の国から大規模空爆と地上侵攻を受けたあと、ロシア、ベラルーシ両軍が減退するというシナリオでした。

限定的な通常戦争を想定した軍事演習の狙いはNATO加盟国よりも機敏に対応できることを強調することにあります。ロシアにとって仮想敵国はNATO加盟国です。14年のクリミア併合でNATO加盟国の警戒心はピークに達しましたが、ついこの間までウラジーミル・プーチン露大統領がNATO会合に出席していたことを考えると隔世の感がします。

核攻撃を演習

13年3月、ロシア空軍のTu-22M3爆撃機(巡航ミサイルと核兵器搭載可能)2機がSu-27戦闘機4機にエスコートされ、スウェーデン・ゴトランド島の40キロメートルまで接近したことがあります。

NATOに加盟していないスウェーデンにはスクランブル体制もなく、NATO加盟国のデンマークのF-16、2機に対応を頼らざるを得ませんでした。NATOはスウェーデンへの核攻撃の演習だったと分析しています。

14年10月にはロシアは潜水艦をストックホルム列島に侵入させています。中立政策を採るスウェーデンはロシアを刺激するのを怖れてNATOには入っていませんが、クリミア併合をきっかけにNATO加盟論議が再燃。今後5年間で国防費を17%増強する計画です。

さらに10年に中止した徴兵制を今年1月に再開。4,000人の男女が徴兵義務に就きます。57年ぶりにサイバー攻撃やテロ、気候変動に加えて、戦争中にいかに飲料水や食料、暖房を確保するかを説明した非常事態対応マニュアルをつくり、全470万世帯に配る予定です。

アメリカは国防の最優先課題をイスラム過激派によるテロから中国やロシアの軍に移しつつあります。NATOはバルト三国とポーランドに4,500人の多国籍大隊を展開することを決め、NATO軍の常駐態勢を整えました。後ろには1万3,000人から4万人に増強したNATO即応部隊が控え、このうち5,000人は48時間以内に展開可能です。

ジェームズ・マティス米国防長官はジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院で講演し、「同盟国を持つ国が繁栄することを歴史は証明している」「アメリカの民主主義を脅かす国に対して警告する。もし我が国に挑むなら、それは最悪の長い日になるだろう」とロシアへの警戒心を露わにしました。

中国とロシア相手に大忙しの航空自衛隊

防衛省によると、航空自衛隊の対ロシア緊急発信は昨年第3四半期までで328回。前年同期の231回(16年度全体では301回)に比べて激増しています。これに対中国の緊急発進(16年度全体で851回)もあるので、NATOに比べてもいかに空自が大変か――が分かろうというものです。

こうした状況を考えると、外交努力とは言うものの、安倍晋三首相がプーチン大統領に働きかけている北方領土交渉がいかにも荒唐無稽に見えてきます。

今年3月のロシア大統領選ではプーチン大統領の4選が確実視されています。そのあと、ロシアが欧米による経済制裁の解除を求めて緊張を緩和させるのか、それともエスカレートさせるかは、プーチン大統領次第です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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