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「老後破産」より「子供の貧困」が深刻なイギリス 貧困率上昇もEU離脱で対策後手 貧困人口1390万人

木村正人在英国際ジャーナリスト
イギリスではフードバンクの利用者が急増している(写真:Shutterstock/アフロ)

[ロンドン発]過去20年にわたってイギリスの貧困率は改善されたものの、再び悪化し始めていることがイギリスのジョセフ・ラウントリー財団(JRF)の報告書で分かりました。イギリス全体で22%に当たる1390万人が貧困に苦しんでいるそうです。

イギリスの貧困率は世帯所得の中央値の60%に満たない家庭で暮らす人の割合を表しています。20年前、イギリスの貧困率は24%で、2004年までに20%まで低下しましたが、上昇に転じています。

子供と年金生活者の貧困率の変化を見ておきましょう。下は報告書をもとに筆者が作成した表です。

筆者作成
筆者作成

 

年金生活者の貧困率は手厚い支援策によって劇的に改善したものの、再び上昇し始めています。

日本では「下流老人」「老後破産」と高齢者の貧困が強調されますが、イギリスでは子供のいる家庭と子供たちの貧困率の高さが目立ちます。報告書から目についた数字を拾ってみましょう。

失業家庭の子供の貧困率72%、130万人

失業家庭の大人(生産年齢)と子供の貧困率63%、410万人

失業家庭の大人(生産年齢)の貧困率60%、280万人

母子家庭または父子家庭の子供の貧困率47%、150万人

母子家庭または父子家庭の親(生産年齢)の貧困率46%、90万人

子供が4人以上いる家庭の子供の貧困率45%、50万人

子供が3人いる家庭の子供の貧困率36%、90万人

パートタイムの仕事に就く母子家庭または父子家庭の子供の貧困率36%、40万人

1人がフルタイムで働く家庭の子供の貧困率36%、80万人

年金生活者の貧困率16%に比べて子供や親の貧困率が随分高くなっていることに驚きます。生活力も投票権もない子供は自力で貧困から抜け出すことはできず、十分な教育や職業訓練も期待できないことから貧困問題を拡大再生産させていきます。

この20年を振り返ると、手当、タックスクレジット(所得保障)、住宅賃貸料の上昇抑制という3つの政策が貧困率を下げてきましたが、今では貧困対策の「魔法の杖」ではなくなりました。

賃金が下がったため、就業率の上昇はもはや貧困を減らす決め手にはなりません。低所得世帯を対象にした手当やタックスクレジットは以前ほど効果がなくなったのです。

一方、住宅賃貸料の上昇や持ち家率の低下が低所得者層の可処分所得を押し下げています。

報告書によると、働いている人の8人に1人に当たる370万人が貧困に苦しんでいます。低所得労働者の47%が住宅手当を含む収入の3分の1以上を住宅費に充て、住宅手当をもらっている人でも3分の1以上が住宅賃貸料を払うために他の収入を必要としていました。

障害者のいる家庭で暮らす人の貧困率は30%(障害者のいない家庭は19%)。所得階層のボトム20%に属する大人の4分の1近くがうつや不安を経験していました。生産年齢のボトム40%では10人に1人以上が、年金生活者のボトム20%では約6人に1人が社会的に孤立していました。

ボトム20%の2割が借金を抱え、働いている人の7割は年金の保険料を支払っていませんでした。

世界金融危機を起こした強欲な金融機関は公的資金で救済され、社会的弱者の手当や教育費が削られました。景気回復が遅れた欧州連合(EU)域内から流れ込んだ豊富な低賃金労働者が賃金を押し下げました。

中央銀行による量的緩和策は資産バブルを引き起こし、低所得者層は住宅費の負担増に苦しんでいます。

世界金融危機のあと、貧困者に食料を無料で提供しているフードバンクを利用する人が急激に増加しました。下のグラフはイギリスで428ものフードバンクを展開するチャリティー「トラッセル・トラスト」が提供した3日間緊急支援の件数です。

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今年4~9月の3日間緊急支援の件数は58万6907件で前年同期の51万9342件よりさらに増えています。理由は所得が低いからが一番多く27%、手当の支給が遅れたからが25%、手当が変更されたからが18%でした。

低所得者層向けの給付制度を統合する「ユニバーサル・クレジット」が導入され、最初の手当が支給されるまで6週間待たなければならなくなったことから、「トラッセル・トラスト」は「今年のクリスマスはフードバンクに駆け込む人が増える恐れがある」と警鐘を鳴らしています。

12月3日、メイ政権のソーシャル・モビリティー委員会の全理事4人が「EU離脱交渉ばかりに気を取られ、改善が一向に見られない」と抗議して辞任しました。

4日、第1フェーズの交渉期限だったEU離脱交渉が北アイルランドとアイルランドの国境問題で合意することができずに、交渉が継続されることになりました。

離脱強硬派はEUからオカネを取り戻すと言っていたのに、イギリスはEUに離脱清算金としてネットで少なくとも440億ポンド(約6兆6660億円)を支払うつもりだと大衆紙サンが報道しています。

それでなくても保守党にとっては優先順位が低い貧困対策はどんどん後回しになっていきます。これでは有権者に怒るなという方が無理ではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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