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北朝鮮「74日間沈黙」の理由と新型大陸間弾道ミサイル「火星15」の実力 韓国大統領補佐官に直撃

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮が新型ICBM「火星15」を発射(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]アメリカ全土を射程にとらえるべく新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」発射実験に成功した北朝鮮の朝鮮労働党中央委員会の機関紙・労働新聞は11月30日付の社説で、核・ミサイル開発と経済発展の二兎を追う北朝鮮主体(チュチェ)の並進路線が大勝利を収めたと大喜びしています。

朝鮮労働党委員長の金正恩は「主体的な社会主義の偉業は必勝不敗であり、我々の前途には勝利と栄光だけが開けている」と核強国と社会主義強国の建設を誓いました。

北朝鮮が発射した「火星15」(労働新聞より)
北朝鮮が発射した「火星15」(労働新聞より)

「火星15」については7月に発射実験に成功したICBM「火星14」より技術的にはるかに優れ、アメリカ本土を打撃できる「超大型重量級核弾頭装着」が可能と主張しています。発射台付き車両(TEL)はこれまでの8軸16輪より大型の9軸18輪で、100%国産だと主張しています。

9軸18輪の発射台付き車両(労働新聞より)
9軸18輪の発射台付き車両(労働新聞より)

中国、ロシアとアメリカ、韓国、日本に囲まれた北朝鮮の核・ミサイルは「正々堂々たる自衛的軍事的措置」と位置づけています。今年、飛躍的な成功を収めたICBMの開発を労働新聞から振り返っておきましょう。

3.18革命 「火星14」に使われた液体燃料エンジンの燃焼実験に成功

7.4革命 「火星14」1回目の発射実験

7.28奇跡の勝利 「火星14」2回目の発射実験

11.29奇跡中の奇跡 「火星15」1回目の発射実験

北朝鮮は昨年、中距離弾道ミサイル「ムスダン」の発射実験で、発射と同時に発射台付き車両(TEL)を巻き込んで爆発、炎上するなど、ほとんどが発射直後に失敗していました。それが突然、今年になって中距離弾道ミサイル「火星12」とICBM「火星14」の発射実験に成功します。

北朝鮮の大本営発表は防衛省の分析とそれほど違いません。

(1)5月14日「火星12」(KN-17)飛翔距離800キロメートル(30分)到達高度2000キロメートル

(2)7月4日「火星14」飛翔距離933キロメートル(防衛省によると約900キロメートル、約40分)到達高度2802キロメートル(同2500キロメートルを大きく超える)

(3)7月28日「火星14」飛翔距離998キロメートル(同約1000キロメートル、約45分)到達高度3725キロメートル(同3500キロメートルを大きく超える)

(4)11月29日「火星15」飛翔距離950キロメートル(同約1000キロメートル、53分)到達高度4475キロメートル(同4000キロメートルを大きく超える)

グローバル・セキュリティー・プログラム副所長デービッド・ライト氏は7月28日に発射された「火星14」について「もし低いスタンダード軌道で発射されていたら、自転を考慮しなくても1万400キロメートルは飛んだ」「発射方向と自転を加味すると、ロサンゼルス、デンバー、シカゴは射程内で、ボストンやニューヨークもギリギリ射程内に収まる。ワシントンは何とか圏外だ」と指摘しました。

今回の「火星15」については「スタンダード軌道で発射されていたら1万3000キロメール以上飛んだ。ワシントンを含めアメリカ全土をとらえたことになるだろう」と分析しました。

これに対してシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のミサイル専門家マイケル・エルマン氏は次のように指摘しています。

「積載重量がゼロなら1万3000キロメートル飛ぶかもしれないが、500キログラムの核弾頭を積むと射程は8500キロメートルまで縮まる。アメリカ本土の西海岸に弾道ミサイルを到達させるためには核弾頭を350キログラム未満に小型化する必要があるが、まだ1年はかかる。しかし北朝鮮のエンジニアが弾頭部分の大気圏再突入の有効性を証明しようとしているのかは不明のままだ」(38ノースのサイト

エルマン氏はこれまでに、北朝鮮が予想していた以上に早くICBMの開発に成功したのは、旧ソ連製RD-250系エンジンを改良した高性能液体燃料ロケットを入手したからだと指摘していました。

「太陽政策」のブレーンで現在、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の統一・外交・安保特別補佐官を務める文正仁(ムン・ジョンイン)延世大学名誉特任教授がロンドンのシンクタンク、王立国際問題研究所(チャタムハウス)で講演したので質問してみました。

筆者の質問に答える文正仁教授(筆者撮影)
筆者の質問に答える文正仁教授(筆者撮影)

――昨年、ムスダンの発射実験に失敗ばかりしていた北朝鮮が今年になって突然、ICBMの打ち上げに成功した理由は何だと思いますか

「ミサイルの専門家なので詳しいことは分かりませんが、弾道ミサイルの固体燃料と液体燃料の両方の開発を進めたからだと思います」

それにしても金正恩が9月15日に北海道上空を通過する弾道ミサイル実験を行ってから74日間も沈黙を守っていた理由は何だったのでしょう。

同盟国・中国の習近平国家主席の権力基盤を固める中国共産党大会に気兼ねして大人しくしていたのでしょうか。それともアメリカのドナルド・トランプ大統領に「対話」のテーブルに着くというシグナルを送っていたのでしょうか。

北朝鮮は核ミサイルでアメリカ本土を攻撃できる能力を獲得するため必要な実験を着実に進めてきました。IISSのマーク・フィッツパトリック・アメリカ本部長は「北朝鮮がこのシーズンに大人しくしているのは恒例行事。農作物の収穫のため北朝鮮の兵士が駆り出されるからだ」と指摘しています。

下のグラフィックは北朝鮮の農繁期を示した国際食糧農業機関(FAO)の資料からの抜粋です。9月と10月が収穫期に当っていることが一目瞭然です。

FAO資料より
FAO資料より

今回の「火星15」発射実験はトランプ政権が11月20日に北朝鮮をテロ支援国家に再指定したことを受けて行われました。がしかし、新型ICBMを打ち上げたものの中国やアメリカを下手に刺激しないように日本海に落下させています。

国内では弱腰と批判にさらされることが多い文正仁教授は講演で「韓国は北朝鮮を核兵器保有国としては絶対に認めない。インドやパキスタン、イスラエルと同じ扱いだ」「制裁には限界があるが、韓国は100%アメリカと歩調を合わせている」と米韓連携を敢えて強調してみせました。

韓国が太陽政策を再開させる可能性については「北朝鮮は核・ミサイル開発を進めており、当時とは環境が異なり過ぎる。韓国と北朝鮮の対話チャンネルは完全に遮断されている」と述べ、「中国やロシアが北朝鮮に対する石油禁輸を実施する兆候は見えない」とも指摘しました。

トランプ政権は中国が本気で北朝鮮制裁に動くまで「対話」ではなく「圧力」のアクセルを踏み込むとみられています。

アメリカからは、レックス・ティラーソン国務長官を更迭するという報道も飛び出しています。一歩間違えると米朝の軍事衝突に発展しかねないリスクが高まる中、片一方のドライバー、トランプ大統領の迷走はさらにひどさを増しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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