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暴力と情事とダイヤモンド 41歳下の悪妻グレースで墓穴を掘ったジンバブエ独立の英雄ムガベ大統領が辞任

木村正人在英国際ジャーナリスト
悪妻グレースの尻に敷かれていたムガベ大統領(写真:ロイター/アフロ)

37年間の統治に終止符

[ロンドン発]アフリカ南部ジンバブエを37年間にわたって統治してきた独立闘争の英雄ロバート・ムガベ大統領(93)が11月21日、議会の弾劾にかかる直前、書簡で辞任の意思を表明しました。弾劾手続きが行われていた首都ハラレのレインボータワーホテルの議員や街頭に繰り出した国民は歓声を上げて踊りだしました。弾劾手続きは中止されました。

ムガベ大統領が後継者とみられていたエマーソン・ムナンガグワ副大統領(75)を更迭し、41歳下のグレース夫人(52)に大統領の座を移譲しようとしたことに国軍トップのコンスタンチノ・チウェンガ司令官(61)が反発。国軍兵士が14日から15日にかけ、国営放送局や議会、政府機関、大統領公邸を占拠して、ムガベ大統領を軟禁します。グレース夫人の行方は依然として分かりません。

ムガベ大統領は19日夜、国軍幹部やカトリック教会の聖職者を伴って国営放送局で20分間にわたって演説、辞任を表明する見通しでした。がしかし「12月に開かれるジンバブエ・アフリカ民族同盟愛国戦線(ZANU-PF)の党大会の議長を務める」「どうもありがとう。おやすみ」と淡々と述べ、最後の悪あがきで辞任を回避。しかし議会の弾劾を突き付けられて、ようやく観念したようです。

グレース夫人は「犯罪者」

ムガベ大統領はZANU-PFと国軍にカネと利権をばらまくとともに、国軍や情報機関を使って野党勢力を弾圧し、政権を維持してきました。ムナンガグワ副大統領も、チウェンガ司令官もムガベ大統領による腐敗の構造にガッチリと組み込まれていましたが、そこに大きな石を投げ込んだのが、独立闘争世代からの若返りを訴えたグレース夫人です。

独立後、奇跡の経済回復を遂げたジンバブエを破綻させたのはムガベ大統領ですが、彼はやはり白人支配を武装闘争で終わらせたアフリカの英雄です。一方、グレース夫人はムガベ大統領の妻というだけで大統領の座を継承する正当性は何一つないと国軍もZANU-PF内のムナンガグワ派(チーム・ラコステ)もクーデター決行で一致したようです。

グレース夫人はジンバブエの富を貪り食った「犯罪者」として扱われるでしょう。グレース夫人は1965年、ジンバブエから南アフリカに移住した家庭に生まれました。子供の頃、ジンバブエに戻り、空軍パイロットと結婚して男児を授かります。

ムガベ大統領のタイピスト(秘書)として働くようになったことが彼女の人生を大きく変えてしまいます。父親のような存在として見ていたムガベ大統領から「家族はどうだい」「君のような女の子が好きなんだ」と声を掛けられ、ダブル不倫を続けます。

ムガベ大統領には病床の妻がいて、グレース夫人を愛人にすることを公認していたとムガベ大統領は説明しています。ムガベ大統領と愛人だったグレース夫人は1男1女をもうけます。ムガベ大統領の妻は92年に死去。4年後、2人は盛大な結婚式を挙げます。

「爆買いグレース」

グレース夫人は、後にリビアの独裁者カダフィ大佐に売却する「グレースランド」や2600万ドル豪邸のほか、マレーシアや香港、シンガポールにも不動産を保有していたと報じられています。

2003年にパリを旅行した際ほんのわずかな時間に7万5000ドルもの買い物をしたことから「グッチ・グレース」「爆買い客」「ディスグレース(最低)」と呼ばれるようになりました。

金ピカ靴のジミー・チュウやクリスチャン・ルブタン、プラダ、プロエンザスクーラといった超高級ブランドが大好きだったようです。「ジンバブエのイメルダ夫人」は悪の限りを尽くします。

世界全体の10%以上を生産するダイヤモンドの利益で私服を肥やしていると書いた英メディアを訴えたこともあります。爆買いのためジンバブエ中央銀行から500万ポンドを引き出したという報道もあります。

贅沢はグレース夫人本人にとどまりません。娘の結婚式には60エーカーの庭園に4000人のゲストを集めて500万ドルを散財、宴会係をシンガポールから呼んだと言われています。道楽息子もダイヤモンドで覆われた腕時計と1本500ドルもする高級シャンパンを写した写真をインスタグラムに投稿して話題をまきました。

暴力と情事

血の気も多く、暴力沙汰もたびたび起こしています。09年1月、香港で買い物中に、グレース夫人のボディガードが英紙サンデー・タイムズのカメラマンに暴行をふるいました。グレース夫人がダイヤモンドの指輪をハメた手でパンチをお見舞いしたため、カメラマンの顔は無残に切り裂かれたそうです。

今年8月にも、南アフリカのヨハネスブルクで息子2人と同棲していた女性モデル(20)ら3人を電気コードでしばいて額に大けがを負わせています。グレース夫人は裁判所には出廷せず、外交特権を乱用、ジンバブエに帰国して罪を逃れたため、大騒ぎになりました。

41歳上のムガベ大統領ではグレース夫人は満足できなかったようです。

英大衆紙デーリー・メール(電子版)は10年10月、ムガベ大統領の親友だったジンバブエ中央銀行の総裁と5年間、農場や南アフリカのホテルで1カ月に3回ぐらい密会して情事を続けていたと報じています。2人はムガベ大統領の死後、一緒になるつもりだったと言われます。

情事を知っていたムガベ大統領のボディガードは不審死を遂げています。グレース夫人の他の不倫相手はミステリアスな交通事故で死亡し、もう1人の愛人は国外に逃れました。

実はグレース夫人、中国やジンバブエの孔子学院で中国語を勉強したことがあります。しかし最大の投資国・中国もさすがに「グレース・ムガベ大統領」の誕生がなくなり、さぞかしホッとしていることでしょう。昨年3月国賓として訪日したムガベ大統領とグレース夫人と会見された天皇皇后両陛下が今、宮内庁に対しどんなお気持ちでいらっしゃるか一度お伺いしてみたいものです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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