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タックスヘイブンを利用したエリザベス英女王は謝罪すべきか「パラダイス文書」が問いかける社会正義とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
エリザベス女王(右)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

慈善活動に熱心なエリザベス女王の資金が悪徳業者に流れていた

[ロンドン発]昨年の「パナマ文書」に続く1340万文書もの「パラダイス文書」が英領バミューダ諸島などタックスヘイブン(租税回避地)にある法律事務所から漏洩し、世界中のジャーナリストの調査報道によって、エリザベス女王やノーベル平和賞を受賞したマヌエル・サントス・コロンビア大統領、アメリカのウィルバー・ロス商務長官らが資産運用のためタックスヘイブンを使っている実態が明らかにされました。

国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のHPより
国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のHPより

エリザベス女王は2015年3月時点で4億7200万ポンドにのぼる資産を保有しており、運用によって年1659万ポンドの純営業利益を計上しています。「パラダイス文書」によると、エリザベス女王の資産管理団体は04年にバミューダ諸島のジュビリー・アブソルート・リターン・ファンドに500万ポンドを投資。05年に英領ケイマン諸島にあるケイマン・ファンド社に750万ドルを投資して3年後、36万ドルの利益を得ていました。

女王のタックスヘイブン利用(ICIJのHPより)
女王のタックスヘイブン利用(ICIJのHPより)

ケイマン・ファンド社はプライベート・エクイティ会社に投資していましたが、このオカネが学習困難や精神障害を抱える社会的弱者に対する悪質商法で大きな社会問題になったブライトハウス社に流れていたのです。

英紙ガーディアンや国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の取材に、エリザベス女王の広報官は「女王は自発的に資産運用によって得られた利益について所得税を納めています。資産運用は節税対策というよりむしろ投資コンサルタントや資産配分のアドバイスや推薦に基づいています。すべての投資が十分な監査を受けており、正当です」と答えています。

「パラダイス文書」(1.4テラバイト)も「パナマ文書」(2.6テラバイト)同様、南ドイツ新聞経由でICIJに持ち込まれ、67カ国のメディア100社が参加して資金の流れを調査してきました。

女王にかみついた低所得者のヒーロー

世代間格差の解消を求める若者と低所得者層から熱狂的な支持を受ける英最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は11月6日、英産業連盟(CBI)の年次総会で「タックスヘイブンに資金を注ぎ込んでいる人はみな2つのことをすべきです。謝罪するだけでなく、それが私たちの社会に与えていることを認識すべきなのです」と訴えました。

コービン党首は党首になるまで共和主義者で王室廃止論者でした。しかし、党首になってエリザベス女王に謁見した際は王室の伝統に従って跪いたと言われています。コービン党首は鉄道や郵便、エネルギーの国有化を唱える筋金入りの強硬左派です。先の総選挙では大学授業料の無償化、住宅賃貸料の上限設定といった格差解消のマニフェスト(政権公約)を掲げて保守党のテリーザ・メイ首相をよもやの過半数割れに追い込みました。

エリザベス女王はコービン党首の言うように、タックスヘイブンに投資していたことを謝罪すべきなのでしょうか。タックスヘイブンは格差と同様、違法でも、犯罪でもありません。

経済協力開発機構(OECD)の「非協力的タックスヘイブン」リストには2000年当時、アンドラ、リヒテンシュタイン、リベリア、モナコ、マーシャル諸島、ナウル、バヌアツの7カ国が載っていましたが、世界金融危機をきっかけに協力が進み、今ではゼロになりました。

タックスヘイブンはグローバル化の歯車

どうしてタックスヘイブンと呼ばれるオフショアの金融センターが発展してきたかというと、冷戦後、グローバル化が急速に進んだからです。巨額マネーが世界中を駆け巡るようになり、金融機関やヘッジファンドがオフショアをグローバル化の歯車として使い始めました。ロンドンが世界一の金融センターになったのもバミューダ諸島やケイマン諸島といったタックスヘイブン・ネットワークと無関係ではありません。

一昔前ならオフショアは金融機関やヘッジファンド、富裕層だけが利用できた特権だったかもしれませんが、今では年金基金を通じて多くの人がオフショアの恩恵に預かっています。金融機関を通じてオフショアファンドやオフショア生保を利用している人も珍しくなくなりました。

タックスヘイブンの問題の一つは秘匿性の高さにあります。

本人でなくても会社を登記できたり、無記名株(株主の名前を表示しない株券)が認められたりしていると誰が株主なのか分からなくなります。武器や麻薬取引など犯罪や、脱税、過剰な租税回避、不正蓄財の格好の隠れミノになるため、OECDや20カ国・地域(G20)の取り組みで昔に比べると随分、タックスヘイブンの透明性と健全性は高まりました。

合法にタックスヘイブンを使うことがどうして社会的に問題なのか、昨年の「パナマ文書」に続いて「パラダイス文書」が私たちに問いかけています。

国連は、租税回避行為によって途上国は毎年少なくとも1000億ドルの税収を失っていると警鐘を鳴らしています。このオカネがあれば現在、学校に行っていない1億2400万人の子供たちが教育を受けられ、医療によって年600万人の幼い命を救うことができるのです。

タックスヘイブン・ランキング

下は貧困と不正と戦う国際団体オックスファムが昨年12月に発表した法人税のタックスヘイブン・ランキングです。世界15位内に英領がバミューダ諸島、ケイマン諸島、ジャージー、バージン諸島と4つも入っています。

(1)バミューダ諸島(英領)  2012年、アメリカの多国籍企業が800億ドルの利益を申告。これは日本や中国、ドイツ、フランスで申告した利益の総額を上回っている

(2)ケイマン諸島(英領)

(3)オランダ

(4)スイス

(5)シンガポール

(6)アイルランド

(7)ルクセンブルク

(8)キュラソー島(オランダ領)

(9)香港

(10)キプロス

(11)バハマ

(12)ジャージー(英領)

(13)バルバドス

(14)モーリシャス

(15)バージン諸島(英領)

英名門ケンブリッジ大学のハジュン・チャン准教授はランキング発表時に「タックスヘイブンを正当化する経済的な理由はありません。世界の指導者たちは現状から得られる強力な既得権益と向き合わなければなりません」と指摘しています。

世界のトップ富裕層62人がボトム36億人と同じ富を持っています。オックスファムのトップ、アナ・アレンダー氏は「租税回避によって税収が失われると、命を救う薬を手に入れられず、学校に行くチャンスのない世界で最も貧しい人たちに致命的な結果をもたらします」と非難しています。

オックスファムによると、世界最大級の会社の純益は1980年の2兆ドルから2013年には7.2兆ドルに膨らみました。法人税収入がこれに比例して増えたかというとそうではありません。こうした企業の10社に1社は少なくとも1つのタックスヘイブンを使っています。タックスヘイブンを利用して法人税を最大限低く抑えるグローバル企業が増えました。

世界中で外資系企業を誘致するため法人税の引き下げ競争が繰り広げられ、逆進性が強い消費税や付加価値税が増税されています。これではコービン党首の言うように格差は広がる一方です。

国際社会はタックスヘイブンの功罪を十分に検証した上で協調的な課税政策を実施していかなければなりません。金持ちがさらに金持ちになり、貧者がどん底に転落していくシステムを放置していては自由と民主主義、資本主義の未来はありません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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