カギは「無投票層」 安倍首相は解散・総選挙で過半数割れしたメイ英首相の後悔を活かせるか

日本記者クラブで会見する小池知事(写真:つのだよしお/アフロ)

日本政治は再び液状化する

安倍晋三首相が抜き打ち解散を宣言し、10月22日に総選挙が行われます。北朝鮮の新型中距離弾道ミサイルが2度も日本上空を通過、「水爆」実験が強行される中、国防を錦の御旗に掲げてきた安倍首相が「政治空白」をつくる解散・総選挙に打って出るとは思ってもみませんでした。

解散を表明する安倍首相(首相官邸HPより)
解散を表明する安倍首相(首相官邸HPより)

最大野党・民進党は前原誠司代表の就任以降、幹事長に内定していた山尾志桜里・前政調会長のダブル不倫疑惑、前原代表自身の北朝鮮美女“親密写真”(1999年、北朝鮮の妙香山で)が週刊文春にスクープされ、離党する議員が続出しました。

一方、小池百合子・都知事は安倍首相の解散表明と同時に「希望の党」結党を発表。不振の民進党は解散し「希望の党」に合流する道を選びました。裏で1990年代の非自民・非共産連立政権の仕掛け人、自由党の小沢一郎代表が動いたようです。「壊し屋」の小沢氏にとって、政党は選挙のための看板に過ぎません。

日本の政治は再び政策ではなく、権力闘争と化し、液状化してしまう恐れがあります。日本の「失われた20年」が政治の液状化をもたらしたのか、それとも政治の液状化が「失われた20年」を固定化したのか。筆者には双方が負のスパイラルを描いたように思えます。

希望の党に期待も自民党リード

NHK政治意識月例調査をみると、森友・加計学園、防衛省の南スーダン日報隠し問題で58%(2月)から35%(7月)に急落した内閣支持率は44%に回復。来年9月の自民党総裁選を前に、安倍首相は失地回復を目指す最後の賭けに出たと言えるでしょう。

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安倍首相の解散表明と小池知事の「希望の党」結党宣言を受けて行われた新聞各社の世論調査では、自民党がリードしています。今のところ「第二自民党」とも言える急ごしらえ新党への期待より、自民党政権の継続を望む声の方が強いようです。

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「希望の党」のリーダーは国会議員ではなく都知事で、「消費税の引き上げ凍結」「2030年原発ゼロを検討」という以外に同党の政策はよく分かりません。

しかし今回の総選挙で自民党単独で過半数を維持したとしても50議席以上減らすことになれば、安倍首相の退陣論や自民党総裁選に出ないことを要求する声が強まるのは必至です。

抜き打ち解散・総選挙で政権基盤を強化しようとしたのに、よもやの過半数割れを喫したイギリスのテリーザ・メイ首相と同じ轍を安倍首相は踏むことにならないでしょうか。英誌エコノミストは「日本の首相は早期解散を後悔するかもしれない」という記事を掲載しています。

抜き打ち解散を後悔するメイ首相

イギリスではメイ首相率いる保守党の年次党大会が10月1日からマンチェスターで始まります。保守党支持の英日曜紙サンデー・テレグラフはメイ首相の単独インタビューを掲載しました。メイ首相はその中でこう語っています。

総選挙で過半数割れを喫したメイ首相。少数政権の樹立に表情は暗かった(筆者撮影)
総選挙で過半数割れを喫したメイ首相。少数政権の樹立に表情は暗かった(筆者撮影)

「いくつかの選挙区ではかつてないほどの票を得ることができた。しかし、それでも議席を取れなかった候補者がいる。議席を失った現職議員もいた」「残念ながら選挙で保守党は多くの議員を失った。これは私が望んだ結果ではなかった」

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上のグラフを見ると、メイ首相は過半数割れを喫したものの、得票数を大きく増やしたことが分かります。投票率は過去2回の総選挙に比べて、随分上がりました。これまで経済的にも政治的にも社会の隅に追いやられ、全く無視されてきた「無投票層」が勝敗のカギを握ったのです。

番狂わせの最大要因となった無投票層

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上は2015年総選挙と16年の欧州連合(EU)残留・離脱国民投票で投票しなかった人が17年総選挙でどの政党に投票したかを分析したグラフです。無投票層が一斉に投票行動を起こしたことが既存政治を予測不能にしています。

当初、地滑り的勝利が予想されたメイ首相が最大野党・労働党の「死に馬」ジェレミー・コービン党首に猛烈な追い上げを許したのは、保守党支持層やEU離脱派の動向だけに注目し、無投票層を全く考慮していなかったからです。得票数を大幅に増やしたのに過半数割れを喫したのはそのためです。

コービン党首は大学授業料の無償化、住宅賃貸料の上限設定といった政策を掲げて若者を中心とする無投票層の動員に成功しました。コービン別動隊と言える運動団体「モーメンタム」の援護射撃も大きな成果を上げました。

ドイツ極右政党大躍進の背後にも無投票層

先のドイツ連邦議会選挙でも投票率は前回の71.5%から76.2%にハネ上がりました。投票率だけを見ると、ドイツの民主主義は活性化したことになります。しかし反難民・イスラムを掲げる極右政党「ドイツのための選択肢」が大躍進しました。同党はどこから票を集めたのでしょう。国外向け公共放送ドイチェ・ウェレ(DW)のデータをもとにグラフ化してみました。

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アンゲラ・メルケル独首相の支持基盤、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)から98万票。無投票層から69万票。社民党から47万票、左派党からも40万票と、まんべんなく各層から票を集めていました。

「ドイツのための選択肢」は、二大政党の対立軸を自ら捨て去ったCDU・CSUと社会民主党(SPD)の「大連立」と、それを許した既存政党への批判の受け皿になりました。

ポピュリズムの落とし穴

経済が良くなったから選挙に勝つというこれまでの尺度で現在の政治が測れなくなったことは、アメリカのドナルド・トランプ大統領の誕生を見れば説明の必要はないでしょう。民主主義の活性化はポピュリズム的な傾向を強め、必ずしも政治を良い方向に導くとは限らないようです。

安倍首相は、10%への消費税引き上げによる増収分の一部を少子化対策や教育無償化に回す考えを表明しました。小池知事に至っては消費税引き上げを凍結する考えを示しました。無投票層を意識しているのは間違いありません。

これまで投票に行ったことがない主婦層や若者が一斉に投票所に足を運べば、日本の政治風景は一変します。しかし自民党と代わり映えのしない「希望の党」の誕生は、二大政党による政策論争の幕を下ろし、日本のポピュリズムを加速させる恐れがあると筆者は懸念します。

(おわり)