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初来日の英首相メイ「辞任」報道 安倍首相はブレグジットよりミサイル共同開発を

木村正人在英国際ジャーナリスト
英首相メイに公式別邸チェッカーズに招かれた安倍首相(今年4月)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 [ロンドン発]8月30日から日本を公式訪問するイギリスの首相テリーザ・メイが公式別邸チェッカーズにうるさ型の保守党下院議員15人と夫人を招き、「2019年8月30日の金曜日に首相を辞めるので、わが国の欧州連合(EU)離脱は任せて」と要請したと、労働党支持の英大衆紙デーリー・ミラー(電子版)が報じました。

 首相官邸の報道官は「8月はニュースが枯渇するシーズン。極めつけの馬鹿げたニュースだ」と一蹴しました。政権基盤を固めるため6月に抜き打ち解散・総選挙に打って出たものの、よもやの過半数割れを喫したメイでは「次の総選挙は戦えない」と保守党内でメイ降ろしの動きが激化していました。

 デーリー・ミラー紙の報道によると、メイはうるさ型下院議員1人ひとりに出席の返事がもらえるまで招待状を送り続け、チェッカーズの玄関で迎える気の遣いようでした。夫のフィリップとともにイタリアの白発泡ワイン・プロセッコやカナッペ、ホームメイドのチョコレートをふるまい、「EU離脱を終えるまで時間を下さい」と切願したそうです。

 招かれた保守党下院議員の1人はデーリー・ミラー紙に「メイは明確に首相として次の総選挙は戦わないと宣言しました。19年9月までには辞任するということです。彼女は招待した下院議員にその代わり、ただちに保守党党首選を実施しないという保証を求めたのです」と話しています。

 この議員は「犬は蹴り飛ばすより、なでる方が賢明ということだと思った」そうです。

 EU離脱交渉の期限は19年3月末、その後の夏に保守党党首選を行い、8月30日に新しい党首、つまりは首相を発表するという段取りだということです。

 9月には議会が再開され、メイ降ろしがさらに激化する恐れがあります。保守党党首選を開くには48人の署名が必要ですが、今のところ15人の署名しか集まっていません。デーリー・ミラー紙の報道が本当なら、メイは先手を打って、EU離脱交渉に専念するため辞任を条件に2年間の「休戦期間」を求めたことになります。

 英BBC放送が後追いしなかったところを見ると、メイに反旗を翻す保守党下院議員の意図的なリークに過ぎないのかもしれませんが、メイが完全にレームダック(死に体)化しているのは間違いありません。

 内務相時代に警察官を大幅削減した結果、テロ続発を防げず、独りよがりのキャンペーンで総選挙は過半数割れ、高層公営住宅グレンフェル・タワー(24階建て127世帯)の火災で被災者を素通りし、有権者の信頼をすっかり失ってしまいました。

 昨年7月に首相に就任したメイの訪日は初めてです。EU離脱後を見据えた自由貿易交渉(FTA)の下準備のため「中国に行きたい、行きたい」と言っていたメイですが、この秋に党大会を開く中国の国家主席、習近平は死に体のメイを相手にしている暇はありません。

 国連安全保障理事会常任理事国、核保有国とは言え、EUから離脱するイギリスに以前ほど大きな重要性はありません。中国との「黄金時代」を進めた前財務相ジョージ・オズボーンを保守党から放逐したメイは中国にとっては目の上のたんこぶ。

 イギリスの貿易に占める日本のシェアは1.58%(英歳入関税庁)。訪日は、メイにとって実はセカンドチョイスだったわけです。

 日本外務省によると、15年10月時点でイギリスに進出している日系企業は1021社。このうち製造業が379社で4割近くを占め、卸売・小売業が121社、金融・保険業が89社です。現地で鉄道や原発を手掛ける日立製作所、イギリスの半数以上の自動車を生産する日産自動車やトヨタ自動車、ホンダの存在感は大きく、日系企業全体で約16万人の雇用を生み出しています。

 メイは訪日する際、英産業連盟(CBI)や企業の首脳も同行するとみられていますが、保守党のEU離脱強硬派は国民投票の際、「イギリスはEUから離脱すれば、もっとグローバル化する」という戯言を繰り返すばかりで、日系企業や外資系企業の声に全く耳を傾けようとしませんでした。

 日系企業を対象に日本貿易振興機構(JETRO)が昨年秋に行ったアンケート調査では、イギリスを含む在欧州日系企業の17年の営業利益見込みについて、16 年より「改善」と回答した在英日系企業は 31.6%と、欧州全体の 43%を下回りました。17 年の営業利益見込みについて在英日系企業は前年比で「横ばい」との回答が増え、「改善」は減少しました。

 EU離脱でイギリスは「移行期間」を設けて単一市場と関税同盟から離脱する意向ですが、EUとの交渉は(1)660億ポンドにのぼる離脱清算金(2)イギリスで暮らすEU市民の身分保障(3)離脱後のアイルランドとの国境問題をめぐり、紛糾しています。EU域内なら自由に営業できる金融単一パスポートを失うのを恐れて、大手邦銀が事業の一部をEU域内に移す動きも出ています。

 日本とEUは7月に経済連携協定(EPA)で大枠合意しました。ハンブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会議後の記者会見でメイは「いくつかの国がイギリスとのFTAに興味を持っている。アメリカ、日本、中国、インドなどだ」と語りましたが、日本はイギリスとのFTA交渉に色気を出すより、EUとのEPAを固める方が先決です。

 メイ政権はEU離脱について何のプランも持っていません。メイはおそらくEU離脱にかかわらず日系企業にイギリスに留まるよう要請してくるとみられますが、イギリスのEU離脱そのものがどうなるのか全く見通せない中、日系企業は様子見をもうしばらく続けるか、経済活動への影響が大きくなる場合は、EUにも活動拠点を設けておく方が無難でしょう。

 レームダックの首相を相手にする必要はありませんが、安倍晋三首相が絶対に進めなければならない課題があります。イギリスと進めてきた戦闘機の次世代空対空ミサイル技術の共同研究を共同開発に移行させることです。共同開発が実現すればアメリカ以外では初めてになります。

 中国の空対空ミサイル開発は恐るべきスピードで進んでおり、イギリスとの共同開発で中国に対抗できるようになれば、日米同盟に匹敵する重大な防衛協力になります。中国の経済力、軍事力の台頭はもはや不可避であり、日本はアメリカ以外にも集団防衛のネットワークを広げていく必要があります。

 安倍首相はどこまでイギリスの協力を取り付けられるか、外交手腕の見せ所です。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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