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スマホからスマホに簡単送金 現金よりデジタル経済の方が成長する(下)【フィンテック最前線】

木村正人在英国際ジャーナリスト
ワールドレミットのプロダクト部門副会長アリス・ニュートン=レックス(筆者撮影)

 ニューヨークから派遣されてきた国連開発計画(UNDP)の調査チームの目的は不正と腐敗を隠ぺいすることだった――。

 オンライン国際送金サービス「ワールドレミット」(本社・ロンドン)の創業者で最高経営責任者(CEO)イスマイル・アハメド(57)は8カ月にわたり密かに収集した証拠を実名で国連に提出することを決意する。

 不正と腐敗が広がっていることを証明する動かぬ証拠だった。イスマイルの上司が突き放すように言った。「もし疑惑の告発を取り下げないのなら、お前の名前をブラックリストに載せるぞ。二度と国際送金業務にかかわれないようにしてやる」

 イスマイルは「送金が貧困解消の手助けになると信じてこれまでやってきた。しかし、UNDPの国際送金促進プロジェクトは腐敗にまみれている。このまま放置するわけにはいかないが、告発を取り下げないと業界から永久に追放されるかもしれない」と迷ったが、そのまま突き進んだ。

 2度目の告発文書を提出したとたん、UNDPとイスマイルの契約は一方的に打ち切られ、プロジェクトも中止された。 プロジェクトは国際送金業界にコンプライアンス(法令順守)の土台をつくる最終段階に差し掛かっていた。

 2008年5月、イスマイルは告発文書を公表した。ワシントンの内部告発支援組織など多くの団体が助けてくれた。告発文書は優に1000ページを超えた。博士論文を上回る分量になった。翌09年12月、ようやく国連倫理委員会からUNDPの不正と腐敗を認める書簡が届いた。

 2カ月後、イスマイルは補償金として1年分の給与と告発のため使った法的費用を国連から受け取る。ナイロビのインターネットカフェで匿名の告発メールを送ってから、ちょうど4年の歳月が経過していた。

 待ちに待った国際送金ビジネスを再開できる日がやって来た。元手は国連の補償金だ。イスマイルはロンドン・ビジネス・スクールの経営学修士(MBA)コースで学びながら、膨らませてきたビジネスプランを実行に移す。

 それが国際送金の世界を根底から変えた「ワールドレミット」だ。イスマイルはデジタル化を軸に大きな戦略を2つ立てた。

(1)限りなくデジタル化を進め、徹底的にコストダウンを図る。既存のウェスタンユニオンやマネーグラムに対して圧倒的な価格競争力を確保する。イスマイルによると、小口送金の手数料は既存業者の5分の1から4分の1程度に抑えている。代理店はつくらない。顧客は直接、管理する。

(2)デジタルの力で制裁リストや不正取引のチェックを迅速かつ的確に行う。送り手と受け手が不審な動きを繰り返せば、自動的にブラックリスト候補としてピックアップされるシステムを構築する。

ワールドレミットの本社(筆者撮影)
ワールドレミットの本社(筆者撮影)

 アメリカでは10年に、ウェスタンユニオンがメキシコの麻薬組織によるマネーロンダリング(資金洗浄)への対策を十分に講じていなかったとしてアリゾナ州から9400万ドルの罰金を科された。12年にはマネーグラムが1億ドルの罰金を食らった。

 イギリスの大手銀バークレイズも13年、海外送金の165顧客のうち19顧客を除いてすべての口座を閉鎖すると発表した。銀行や既存のサービスでは、テロ対策や犯罪防止という新たな時代の要請にスピーディーに応えられなくなっている。

 つい最近、フランス当局がワールドレミットの不正送金監視システムを視察に来たとイスマイルは言った。

 「格安の中国製スマートフォン(多機能携帯電話)が登場して、これまで月1回話すのがやっとだった家族と毎日のようにビデオ通話ができる時代になりました。彼らにとってワッツアップとフェイスブックが絶対に外せない代表的アプリです」

 「そうなってくると病院代、燃料代、交通費など日々の需要に応じて小口の国際送金がもっともっと頻繁に行われるようになってきます。私たちは最もグローバルなフィンテック企業です。スマホからスマホに送金するサービスでは世界の先頭を走っています」とイスマイルは胸を張った。

 現在、お金を受け取る方法は現金、銀行振込、モバイルマネー、通話料金の追加など送金先の国で普及しているサービスの形態に合わせて選べるようになっている。

 銀行口座を持たない低所得者があふれている途上国ではモバイルマネーとつながり、既存の銀行とはAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を合わせて、スマホからスマホへ送金できる範囲を広げていく。

 

 グーグルのモバイルウォレット「アンドロイド・ペイ」と連携したのに続き、中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術)とも提携した。アンドロイド・ペイで1億1200万人以上、ファーウェイで1億人以上へのアクセスが可能になる。

 シンガポールにも進出したワールドレミットは「数年のうちに、送られてきたお金を支出できるネットワークを今の5~6倍に広げる」としたたかに算盤を弾く。

 イスマイルはケニアで広がるモバイルマネー「M-PESA」を例に引き、こう言った。「ケニアは現金経済からデジタル経済に移行して、高い成長を達成しています」

 国際通貨基金(IMF)のデータによると、ケニアの名目国内総生産(GDP)はM-PESAが導入された07年から昨年にかけ3倍以上になった。

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 国連の「国際移民報告書2015年」によると、1990年から2015年にかけ、国際移民の数は9100万人以上も増え、2億4400万人に達した。21世紀に入って毎年490万人のペースで増加。その前に比べると約2・5倍のハイペースだ。世界銀行の統計では、90年には640億3400万ドルだった移民の国際送金(流入額の合計)は15年に5824億4900万ドルに膨れ上がった。

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 日本でも10年、ようやく銀行以外の送金サービスが資金移動業として解禁された。しかし、フィンテック分野での世界との差は広がる一方だ。(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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