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トランプ「航行の自由作戦」強化の狙いは 中国は猛反発

木村正人在英国際ジャーナリスト
太平洋を挟んで火花を散らす米中両巨頭(写真:ロイター/アフロ)

公海自由の原則か、無害通航か

主要メディアによると、日本の横須賀港に前方展開している誘導ミサイル駆逐艦ステザムが7月2日、中国が実効支配する南シナ海・西沙(パラセル)諸島トリトン島の12海里内を航行したそうです。

トランプ政権になって「航行の自由作戦」が行われるのは2度目ですが、前回5月24日の南沙(スプラトリー)諸島ミスチーフ礁での作戦からわずか39日しか立っていません。

誘導ミサイル駆逐艦ステザム(C)アメリカ海軍
誘導ミサイル駆逐艦ステザム(C)アメリカ海軍

オバマ政権下で行われた「航行の自由作戦」は次の通りです。少なくとも3カ月余は間を置いていました。

2013年8月15日、フィリピン海

15年5月21日、人工島と滑走路が造成されている南沙諸島ファイアリー・クロス礁

15年10月27日、人工島と滑走路が造成されている南沙諸島スビ礁とミスチーフ礁の12海里内

16年1月30日、トリトン島の12海里内

16年5月10日、ファイアリー・クロス礁の12海里内

16年10月21日、西沙諸島トリトン島とウッディー島

中国が実効支配する礁や島の12海里内にアメリカ海軍の軍艦が入る時に緊張が生じます。

アメリカ海軍はその礁や島で中国の領有権を認めていない(公海自由の原則を適用している)のか、中国の領海内を無害通航しているのかをはっきりさせていませんが、中国側は無害通航の場合は事前許可が必要と身勝手な主張をしています。

なめられたオバマ

アメリカの前大統領バラク・オバマは中国との対立を慎重に回避しようとしました。そのためオバマ政権下では、中国による南シナ海の軍事要塞化が随分進んでしまいました。

中国の国家主席、習近平が対中タカ派の元国務長官ヒラリー・クリントンが大統領になることを恐れて南シナ海での人工島造成と軍事要塞化を駆け込み的に一気に進めたからです。協調派のオバマは甘くみられていたわけです。

グーグルマイマップで作成
グーグルマイマップで作成

トリトン島は1974年の西沙諸島の戦い以降、中国が実効支配していますが、ベトナム、台湾は領有権を主張し続けています。

14 年5月には、中国海事局がトリトン島南方17海里の海域で掘削作業を行うと発表しました。これに対し、ベトナム外務省はベトナム本土海岸線から 130海里の海域でベトナムの排他的経済水域(EEZ)、大陸棚内にあり、ベトナムは西沙諸島の主権を有しているとして「中国側の行為は違法だ」と猛反発しました。

ベトナムの警備艇、漁業監視船と、中国の海軍艦艇、警備艇がにらみあい、ベトナム側の漁業監視船19隻と漁船12隻が被害を受け、漁業監視員12人が負傷しました。ベトナム外務省の発表では中国側艦艇の総数は140隻にのぼったそうです。中国側には海上施設を建設することで実効支配を既成事実化する狙いがあったとみられています。

西沙諸島について中国は違法な領海基線を主張してきました。

米CNNによると、ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)アジア・マリタイム・トランスパレンシー・イニシアチブは「中国は西沙諸島で軍事設備を本格的にアップグレードしている。トリトン島でも最近、ヘリコプター発着場を含め設備を拡張している」と話しています。

真の狙いは北朝鮮の核・ミサイル開発

アメリカにとって中国による南シナ海の軍事要塞化は頭の痛い問題ですが、もっと深刻な危機が浮上してきています。最近のトランプ政権の動きをおさらいしておきましょう。

(1)アメリカ国務省が2017年版の人身売買報告書で北朝鮮からの強制労働者を黙認しているとして中国を最低レベルに格下げ

(2)アメリカ国務省が台湾に約14億ドル相当の武器売却を決め、議会に通知したと発表。実現すればトランプ政権になってから、最初の台湾への武器供与に

(3)アメリカの財務長官スティーヴン・マヌーチンが北朝鮮の核・ミサイル計画に関連して中国の海運会社「大連寧聯船務有限公司」と中国人2人を制裁対象に加える

(4)北朝鮮のマネーロンダリング(資金洗浄)に関わったとして、中国の丹東銀行を制裁。米財務省金融犯罪取締ネットワークは丹東銀行をアメリカと世界の金融システムの中から締め出す

米中電話会談の直前に「航行の自由作戦」

今回の「航行の自由作戦」は、アメリカの大統領ドナルド・トランプと習近平が電話会談する直前に行われました。中国外務省は「不法侵入、重大な政治的、軍事的挑発だ。警告のため軍艦や戦闘機を派遣した」と発表しました。

オバマは南シナ海の軍事要塞化も、北朝鮮の核・ミサイル開発も全く止められませんでした。北朝鮮は今後4年内にアメリカ本土を直撃できる核・ミサイルの開発に成功するとみられています。トランプにとって北朝鮮の核・ミサイル開発は南シナ海以上に頭の痛い問題なのです。

中国の譲歩と協力を引き出すため、対中強硬カードを突きつけたトランプ政権。吉とでるか、凶と出るかは、まだ誰にも分かりません。

(おわり)

参考:防衛研究所ニュース 「南シナ海におけるベトナムと中国――対立は新たな段階へ」

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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