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死者100人超?ロンドンで起きた「タワーリング・インフェルノ」省エネ工事が命取り

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロンドンの高層住宅で火災(写真:Shutterstock/アフロ)

「大惨事を小さく見せようとしている」

14日午前1時前、ロンドン西部ノースケンジントン地区の公営住宅グレンフェル・タワー(24階建て127世帯)5階付近から出火し、建物全体が丸焼けになった大火災で、これまでに17人の死亡、74人の負傷が確認されていますが、最終的な犠牲者は100人を超える恐れが出てきています。

この公営高層住宅は1974年に建設され、400~600人が暮らしていました。身元の確認ができない犠牲者も出てきそうとのことです。

地元の人気歌手リリー・アレンは「当局は不誠実だ。警察官や消防士からオフレコで聞いた話ではこの火災で150人が亡くなった。当局は大惨事を小さく見せようとしている」と指摘し、衝撃を広げています。

引き返したシリア難民

逃げ遅れて亡くなった犠牲者の中には「より良い暮らし」を求めてロンドンにやって来たシリア難民もいます。このシリア難民はモハメッド・アルハジャリさん、23歳。

2014年にイギリスにやって来て、土木工学を勉強していました。かれこれ4年間もシリアに残してきた家族とは会っていなかったそうです。支援団体シリア・ソリダリティー・キャンペーンは「戦争と死から逃れるため、彼はシリアから危険な旅に出た。イギリスでようやく住み家を見つけたのに」と英メディアに話しています。

15階で兄弟のオマルさんと暮らしていたモハメッドさんは最初、2人で逃げようとしましたが、煙にまかれて途中で1人で部屋に引き返し、2時間、シリアにいる友人に電話しながら救出されるのを待ちました。煙と炎に包まれ、友人に「グッドバイ」という言葉を残し、家族への伝言を頼みました。

公営住宅の注意書きには、自分の住宅部分に火災の影響が及ばない限り、部屋でじっとしていることと指示されていました。一方、避難したオマルさんは消防士に救出されました。モハメッドさんとオマルさんは今週の土曜日に開かれるチャリティーでもう1人の兄弟と会う予定でした。

首相メイの政治生命にも影響

消防士200人が現場に急行し、消火活動に当たるとともに65人を救出しました。建物はアッという間に炎に包まれ、逃げ遅れた母親が10階から地上の男性めがけて赤ちゃんを投げたという目撃証言もあります。

首相のテリーザ・メイは15日、徹底的な調査を指示しました。現場を視察したものの、激怒する遺族や被災者に会わず、救急サービスの説明を聞いただけで帰ったため、非難が集中しています。マンチェスターで起きた自爆テロでもメイは病院で負傷した子供たちを見舞う姿を報道陣に取材させただけで追悼集会には出ませんでした。

公営住宅火災のハンドリングを間違うと、先の総選挙でよもやの過半数割れに追い込まれたメイは政治生命を失ってしまう恐れが十分にあります。ロンドン市長のサディク・カーンも現場で、7歳の子供から「一体、何人の子供が死んだの? この大惨事のためにこれからどんなことをするの」と追及されました。

エリザベス女王とフィリップ殿下は「火災で犠牲になられた方のご冥福とご遺族のためにお祈りします。現場で消火活動や救助活動に当たった消防士や救急隊員の勇気と、被災者を助ける地域のボランティアの皆さんに感謝します」というコメントを発表しました。

煙突効果

燃え上がった公営住宅は昨年5月に860万ポンドをかけて省エネルギー対策の改装工事を済ませたばかりでした。それにしても、なぜ、24階建ての高層住宅はアッという間に炎に包まれたのか、地元メディアの報道を拾ってみました。

(1)煙突効果

2015年に断熱効果を上げて見栄えも良くするため、300万ポンドかけて古い外壁をポリスチレンのパネルで覆う「クラディング(cladding)」工法を施工。外壁とクラディングの間にできた隙間が煙突の役割を果たし、一気に炎が上階に燃え広がった。炎は開いている窓からカーテンに燃え移った。総工費1030万ポンドの改装工事は昨年5月に終了。クラディングによる煙突効果は1991年にも火災を起こしている。イギリスにはクラディング工法のビルが3万もある。

(2)本来ならクラディング工法が煙突効果を引き起こさないよう各階の窓ごとに間仕切りがされているが、火災の状況を見ると間仕切りがなかった可能性も

(3)証言によると、火災報知器が作動しなかった

(4)中央管理のスプリンクラー・システムもなかった

(5)自分の住宅部分が火災の影響を受けない限り、動かないよう指示されていた。高層住宅では防火扉が火の広がりを止めるため、炎や煙の影響が出ない限り、自宅に留まる方が安全と考えられている。しかしグレンフェル・タワーのクラディングが煙突効果を果たし、建物全体が一気に燃え上がったため、この指示に従ったことが逆に犠牲者を増やした恐れも出てきている

(6)階段や通路のガス管がむき出しになっていた

(7)共用部分にゴミが山積みされていた

住民団体グレンフェル・アクション・グループは「これまで私たちは何度も警告を発してきましたが、全く聞き入れられなかった」と家主のケンジントン・チェルシー・テナント・マネージメント・オーガニゼーション(KCTMO)を批判しています。昨年11月にも、健康と安全基準を無視して住民の生活を危険に陥れているとしてKCTMOの不作為を告発していました。

火災のあったケンジントン&チェルシー地区は高級住宅地です。英BBC放送によると、イギリス全体の住宅価格の平均は約22万ポンドですが、ケンジントン&チェルシー地区は約137万ポンドと、約6.2倍です。

BBCデータより筆者作成
BBCデータより筆者作成

その高級住宅地の中で民間住宅の賃貸料は月2492ポンドで公共住宅537ポンドの4.6倍です。火災のあったグレンフェル・タワー18階のツーベットルームの賃貸料は昨年1971ポンドでした。

同

1030万ポンド(約14億5700万円)もかけた改装工事が多くの住民の命を奪う大惨事を招いてしまいました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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