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テロは防げるか 3件連続発生のイギリスで対策見直し進む

木村正人在英国際ジャーナリスト
ロンドン橋暴走テロの犠牲者(ロンドン警視庁発表)

ジハーディストと隣合わせ

[ロンドン発]6月3日夜に7人を殺害、48人を負傷させたロンドン橋、バラ・マーケットでの暴走・刺殺テロで、武装警官に射殺された3人組の身元が6日、特定されました。このうち2人は過激化していると通報があったにもかかわらず、イギリスの治安当局はテロ計画の証拠が見つからないとして捜査対象から外していました。

3人組の身元をまず英BBC放送の報道やロンドン警視庁の発表から見てみましょう。

暴走テロを起こした3人(ロンドン警視庁発表)
暴走テロを起こした3人(ロンドン警視庁発表)

Khuram Butt(クーラン・バット、27)

パキスタン生まれのイギリス籍、ロンドン東部バーキングで妻と子供2人と暮らす。2015年に「過激化している」との通報を受け、治安当局が身辺捜査を開始。自分の子供を過激化させようとしているのに気づいた近所の女性もバットのことを警察に届けていた。

昨年に放送されたTVドキュメンタリー番組『隣のジハーディスト(聖戦主義者)』でも、有罪判決を受けた過激説教者Anjem Choudary(アンジェム・チョーダリー)を支持する姿が映し出されていた。イマーム(指導者)の説教を妨げてモスク(イスラム教の礼拝所)から放り出されたとされる。

しかし警察と情報局保安部(MI5)は「今回の攻撃が計画されていることを示す情報がなかった」としてバットを捜査対象から外していた。

バットは12~15年、ファストフード店のケンタッキーフライドチキンで勤務。16年にロンドン地下鉄で顧客サービスの助手として勤める前の7カ月間は失業手当を申請。最近は警備員をしていた。

Rachid Redouane(30)

モロッコとリビアの国籍を保有。Rachid Elkhdarという名前と1991年7月31日という別の生年月日を使用。12年にイギリス籍を持つ女性と結婚。生後18カ月の娘がいる。菓子職人。妻とアイルランドの首都ダブリンで暮らしていたが、仲違いし、断続的にイギリスを訪れていた。バットと同じロンドン東部バーキングで暮らしていた。

Youssef Zaghba(22)

モロッコ系イタリア人。ロンドン東部在住。警察やMI5のレーダーには引っ掛かっていなかった。イタリア警察によると、Zaghbaはシリア渡航を疑われていたため、トルコに向かう途中、16年3月、ボローニャ空港で止められた。その際、携帯電話から過激派組織IS(イスラム国)に関係するテキストなどが見つかった。データベースとしてイギリスの情報機関とも共有されていた。

破れたテロ包囲網

ロンドン橋暴走テロの犠牲者(筆者撮影)
ロンドン橋暴走テロの犠牲者(筆者撮影)

ロンドン警視庁は6日までに13人を逮捕していますが、起訴しないまま12人を釈放しています。テロ犯の3人がどうして知り合ったのか捜査中です。

イギリスは52人の犠牲者を出した05年のロンドン同時爆破テロ以降、警察と情報機関の協力を密にし、イスラム社会とも連携して大規模テロを防いできました。

イギリス政府の対テロ戦略(CONTEST)は(1)テロを阻止するための「追跡(Pursue)」(2)テロリスト化の「防止(Prevent)」(3)テロに対する「防御(Protection)」(4)テロの衝撃に対する「備え(Prepare)」から成り立っています。

15年対テロリズム及び安全保障法に基づき「防止」のための脱過激化プログラムが強化されました。脱過激化プログラム「チャネル」に3955人が報告され、14年の1681人から2倍以上に膨れ上がっています。

16年から地方自治体、刑務所、保護観察、福祉部門の職員、学校や大学の教員、NHS(国家医療制度)の医師、看護士は過激化の兆候を見つけたら、すぐに当局に報告することが義務付けられました。

10歳の少年が小学校で「テラスハウス(terraced house)」を間違えて「テロリストハウス(terrorist house)に住んでいる」と書いたら翌日、自宅に警察官がやって来た、4歳の坊やが台所で「キュウリ(cucumber)」を切る父親を絵に描いて保母さんに説明したところ「cooker bomb(圧力鍋爆弾)」とうまく発音できず、保育所が脱過激化プログラムへの通報を検討した、という笑うに笑えない話も実際に起きています。

しかし、それでもテロは防げませんでした。3月、車がウエストミンスター橋を暴走し、男が英議会に乱入して5人を殺害、49人に重軽傷を負わせるテロが起きたのに続いて、マンチェスターのコンサート会場での自爆テロ、そして今回、ロンドン橋とバラ・マーケットで3人組による暴走・刺殺テロが起きました。これまでのやり方では十分ではなくなったのです。

メイのテロ対策

首相テリーザ・メイはテロの続発を受けて、4ポイントの対策を打ち出しました。

(1)イスラム過激主義イデオロギーの拡散を終わらせる

(2)オンライン上でのジハーディスト培養を止める

(3)社会統合を進め、イスラム過激主義の温床を根絶する

(4)新しいテロ対策法を制定し、罰則を強化する

メイは「私たちが人々の心をこうした暴力から遠のけ、嫌悪をまき散らす説教者やサポーターの主張より私たちの価値観(自由と民主主義)、多元的なイギリスの価値観が勝っていると理解させることができた時、初めてテロを打ち負かすことができる」と演説しました。

イスラム過激主義イデオロギーを防ぐ新しい機関「過激化対策委員会」を設置する考えです。

イギリスではイスラム過激主義が暴力を伴わない限り、「表現の自由」との兼ね合いで放任されてきました。自由に自分の意見を主張できることが、不満をため込んだイスラム系移民のガス抜きになっている側面もありました。

テロリストにならず、過激主義の呪縛から抜け出すことができた若者も少なくありません。その反面、大学のサークルがイスラム過激主義の温床になっていると批判されてきました。

議会への暴走テロでもテロ犯(射殺)は一時、警察やMI5の監視レーダーに入っていました。今回のバットの場合、ISとのつながりは明らかで、どうして行動確認対象から外したのか首を傾げるぐらいです。

監視対象が多くなりすぎて、現在の警察とMI5の人員では手が回らなくなっているのが現状です。世界金融危機後の歳出削減で09年以降、警察官の数は2万人近く削減され、昨年3月時点で12万4000人です。

犠牲者の死に手向けられた花束(筆者撮影)
犠牲者の死に手向けられた花束(筆者撮影)

ロンドン市長サディク・カーンは「国際都市ロンドンを守る警察官の数が十分ではない」と予算の増額を何度も訴えています。テロ対策を強化する決め手は警察官の数を増やすことです。がしかし、メイは警察官の数をどうするかについて明言を避けており、4ポイント計画の発表は6月8日に投票が迫った総選挙向け対策のような気がします。

第二の9・11

旧ソ連軍が1979年にアフガニスタンに侵攻した際、多くのイスラム教徒が外国人兵士としてアフガンに向かいました。旧ソ連軍は89年に撤退し、紛争は終結しますが、ムジャヒディン(イスラム聖戦士)としてアフガンで戦ったウサマ・ビンラディン率いる国際テロ組織アルカイダが2001年に米中枢同時テロを起こします。

米英が主導したアフガニスタン、イラク戦争、中東民主化運動「アラブの春」を引き金にしたシリアやリビアの内戦に多くの外国人戦士が参加しています。外国人兵士は武器の扱いに慣れ、即席爆発装置(IED)を作るのもお手の物です。早期に中東の安定化を図り、あふれかえる武器を回収しないと第二の米中枢同時テロが起きるのは避けられないでしょう。

テロは宗教とは関係ないと訴えるビラ(筆者撮影)
テロは宗教とは関係ないと訴えるビラ(筆者撮影)

ISは西洋以上に同じイスラム教のシーア派を「異教徒」として宗派戦争を仕掛けており、この対立を解消するにはイスラム社会の結束が欠かせません。テロは国内の問題に留まらず、中東政策とも深く関わっているのです。

インターネット規制

メイは「私たちはこのイデオロギーの温床を認めることはできない。にもかかわらずインターネットや巨大テクノロジー会社はイデオロギーが拡散する安全なスペースを提供している」と指摘しました。イタリア・シチリア島で開かれた先進7カ国(G7)首脳会議でもテロ対策のためのインターネット規制を訴えました。

グーグルやフェイスブックなどテクノロジー企業はインターネットの自由でカネを儲けるだけでなく、イスラム過激主義の拡散を防ぐのは社会的な責務と言えるでしょう。ISやアルカイダのプロパガンダ画像や動画を見つけて削除する努力をもっとしていく必要があります。

婚約者の腕の中で息を引き取る

現場で黙祷を捧げる市民(筆者撮影)
現場で黙祷を捧げる市民(筆者撮影)

6日午前11時、テロ犠牲者の冥福を祈るためイギリス各地で黙祷が捧げられました。筆者も、強い雨と風が吹き付ける現場のロンドン橋に行きました。バラ・マーケット周辺にはまだ非常線が張られ、交通網が寸断されていました。

テロの犠牲者(ロンドン警視庁発表)
テロの犠牲者(ロンドン警視庁発表)

犠牲者の1人、クリスティーン・アーチボルドさん(30)はカナダ人で、ホームレスのシェルターで働いていました。ホリデーを利用してロンドンを訪れていました。3人組が暴走させた白色バンにはねられ、婚約者の腕の中で息を引き取りました。

家族は「娘は自分の命を奪った無情な残忍さを理解できなかったでしょう。クリスティーンの追悼のために、どうかあなた方の地域社会をより良き場所に。ホームレスの人々を助けるために奉仕し、働き、シェルターに寄付してくださることを」というメッセージを、警察を通じて発表しました。

オーストラリア人の看護師カースティ・ブーデンさん(28)はバンにはねられた人を介抱しようとして犠牲になりました。家族は「カースティは日頃から看護師として人を助けることを愛していました。彼女はロンドン橋の上で人を助けようと危険に向かって走り、悲しいことに命を落としてしまいました。私たち家族は、テロの当日だけでなく、人生を通して自分のことは後回しにして人を助けようとしたカースティの勇気を誇りに思います」と話しています。

犠牲者の死を悼む市民(筆者撮影)
犠牲者の死を悼む市民(筆者撮影)

テロという憎しみと嫌悪に対し、命を賭してまで最高のヒューマニティーを見せた人たちがいます。どんなことがあっても、私たちは憎しみと嫌悪の連鎖に巻き込まれてはいけないと思いました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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