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イヴァンカに温暖化対策「パリ協定守って」コール メルケルはトランプにソッポ

木村正人在英国際ジャーナリスト
G7で火花を散らすトランプとメルケル(写真:ロイター/アフロ)

決裂

5月26~27日、イタリアのシチリア島で開かれた先進7カ国(G7)首脳会議(タオルミナ・サミット)は、2020年以降の温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」をめぐり、アメリカの大統領ドナルド・トランプと、それ以外で物別れに終わりました。首脳コミュニケ(声明)にはこう記されました。

G7タオルミナ・サミット 「パリ協定」めぐり紛糾(首相官邸HP)
G7タオルミナ・サミット 「パリ協定」めぐり紛糾(首相官邸HP)

「アメリカは気候変動及びパリ協定に関する自国の政策を見直すプロセスにあるため、これらの議題についてコンセンサスに参加する立場にない。アメリカのこのプロセスを理解し、6カ国とEU首脳は、伊勢志摩サミットにおいて表明されたとおり、パリ協定を迅速に実施するとの強固なコミットメントを再確認する」

ちなみに昨年の伊勢志摩サミットの首脳宣言ではこう明記されています。

「2020年の期限に十分先立って今世紀半ばの温室効果ガス低排出型発展のための長期戦略を策定し、通報することにコミットする」「世界経済の脱炭素化を可能にするエネルギー・システムへの転換に向けた取組を加速することを決意する」

メルケルの覚悟

アメリカ大統領選の期間中、「地球温暖化は中国のでっち上げ」「パリ協定は破棄する。国連の地球温暖化プログラムにアメリカの血税をつぎ込むのを停止する」とまくし立ててきたトランプはシチリア島を後にし、「来週にパリ協定について(残留か、離脱かを)最終決断する」(5月27日)とツイートしました。

トランプから、貿易黒字と自動車の輸出をやり玉に挙げられ、北大西洋条約機構(NATO)で定めた国防費の国内総生産(GDP)比2%達成を突きつけられたEUの大黒柱、ドイツの首相アンゲラ・メルケルもさすがにブチ切れました。

「非常に不満足」「G7は6対1(アメリカ)の状況だった」と不満を漏らし、「欧州が他者(アメリカとイギリス)に全面的に頼ることができた時代は終わった」「私たち欧州人は私たち自身の手に私たちの運命を委ねなければならない」と言い切りました。

大西洋関係に見切りをつけ、独仏関係を中軸に欧州の結束を固めていく姿勢を明確に示したわけです。

パリ協定

世界の気温上昇(環境省資料を筆者加工)
世界の気温上昇(環境省資料を筆者加工)

パリ協定は、京都議定書以来、18年ぶりに合意された地球温暖化対策の国際条約です。先進国の温室効果ガス削減目標を設定した京都議定書に比べ、パリ協定では先進国も途上国もすべての国が削減目標を約束しています。パリ協定の骨子と主要国が掲げる目標についておさらいしておきましょう。

【パリ協定】

・2020年以降の地球温暖化対策にすべての国が参加

・すべての国が自主的に温室効果ガスの削減目標と達成方法を決め、5年ごとに国連に提出

・すべての国が共通の方法で実施状況を報告し、レビューを受ける

・平均気温上昇を産業革命前に比べ摂氏2度未満に抑制(長期目標)

・努力目標は摂氏1.5度

・できるだけ早く世界の温室効果ガス排出を減少方向に転換

・21世紀後半に温室効果ガス排出を実質ゼロに

【主要国の目標】

筆者作成
筆者作成
オバマの掲げた目標(アメリカ提出資料より)
オバマの掲げた目標(アメリカ提出資料より)

トランプ政権の勢力図

パリ協定をめぐってトランプ政権は下図のように真っ二つに割れています。首席戦略官スティーブン・バノン、環境保護長官スコット・プルーイットは選挙公約通り、パリ協定から離脱するようトランプに進言しています。エネルギー長官リック・ペリーは再交渉を主張しています。

トランプ政権の勢力図(筆者作成)
トランプ政権の勢力図(筆者作成)

これに対してパリ協定残留を支持しているのは、米石油メジャー、エクソンモービル前会長の国務長官レックス・ティラーソン、トランプの長女イヴァンカ・トランプ、夫のジャレッド・クシュナーです。一時はバノンが米国家安全保障会議(NSC)から放逐され、残留派優勢とみられていましたが、トランプ周辺とロシアとの不透明な関係「ロシアンゲート」でクシュナーが捜査対象として急浮上し、情勢は急変しています。

パリ協定の残留・離脱はトランプ政権の行方はもとより地球の未来を大きく左右します。イヴァンカがキーパーソンになるとみて、天然資源防護協議会(NRDC)など環境保護団体はイヴァンカを支援する署名活動を始めています。

パリ協定4条にある「前の期よりも進展させた目標を掲げること」の法的解釈も争点の一つになっています。この条項に法的拘束力がないとすれば、アメリカもパリ協定に残留しやすくなります。

アメリカ離脱の影響

アメリカがパリ協定から離脱した場合の影響について、AP通信が気候変動の科学者20数人の意見を聞くとともに、特別なコンピューターによるシミュレーションを行っています。それによると――。

(1)毎年、最大30億トンの温室効果ガスが排出される

(2)氷床の融解や海面上昇が早まり、異常気象が増加

(3)最悪シナリオでは21世紀末までに摂氏0.3度押し上げる

(4)摂氏0.1~0.2度押し上げるというシミュレーションも

(5)他の国がアメリカの離脱に追従し、温室効果ガスの排出量が増える

(6)安い天然ガスが石炭に取って変わり、再生利用可能エネルギーが普及し、アメリカがパリ協定から離脱しても影響は少ないという見方も

アメリカがパリ協定から離脱すれば、地球温暖化対策は大きく後退し、氷床の融解、海面上昇や異常気象が加速する恐れがあります。国内の石炭・電力業界は喜んだとしても、世界に展開するエクソンモービルなどグローバル企業にとっては大きなマイナスになります。

さらに中国は30年までに二酸化炭素排出をピークアウトさせるとして05年比でGDP当たりの二酸化炭素排出量を60~65%削減、エネルギー消費における非化石燃料の割合を20%増加させるなど野心的な目標を掲げており、アメリカは国際社会の除け者になりかねません。

アメリカを偉大な国でなくしているのは、トランプとバノン一派ではないのでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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