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「3メートルの距離で自動小銃は連射された」テロに狙われるフランス大統領選 イチから分かる入門編(中)

木村正人在英国際ジャーナリスト
フランスの警官銃撃テロでビルに撃ち込まれた銃弾(筆者撮影)

「銃声は30発聞こえた」

[パリ発]フランス大統領選の第1回投票を4月23日に控えたパリ中心部のシャンゼリゼ通りで20日夜、過激派組織IS(イスラム国)の戦士とみられる男が車から降り、自動小銃をぶっ放しました。警官4人と銃撃戦になり、警官のうち1人が死亡、2人が重傷を負いました。テロ犯は治安部隊に射殺され、市民や観光客に犠牲者は出ませんでした。

大統領選の候補者11人によるTV討論が開かれている最中に起きた凶行にパリは再びテロの悪夢に引き込まれました。警備の負担を減らすため、主要候補は21日に予定していた選挙集会などの開催を急きょ取りやめました。

筆者が撮影した目撃者の動画をご覧ください。

21日現場を訪れると、目撃者に出くわしました。米ケンタッキー州から結婚30年を祝うため家族5人でやって来たというジョン・フィニさん一家はシャンゼリゼ通りを歩いていた時、銃撃を目の前で目撃しました。

「新婚旅行も花の都パリでした。30年前に泊まったホテルの前で、家族全員で記念撮影をし、妻のために花を買ったところでした。突然10フィート(約3メートル)の距離で男が立ったまま、自動小銃を8~10発ぶっ放し出したのです」

「妻が『走れ』と叫びました。皆、一斉にきびすを返して走り出しました。100人ぐらいいたと思います。安全を確保するため、角を曲がってビルの中に隠れました。店員が『ここに隠れろ』と言ってくれたのです。男が3回で計30発ぶっ放すのが聞こえました」

「自動小銃の同じ銃声しか聞こえませんでした。テロだ、たくさんの犠牲者が出ていると思いました。生きた心地がしませんでした。私たちが無事だったのは、犠牲になられた警官たちの勇気のおかげです」

ムサ在仏トルコ大使(筆者撮影)
ムサ在仏トルコ大使(筆者撮影)

銃弾が撃ち込まれたビルの3階にはトルコ大使館の広報文化センターが入っています。イスマイル・ムサ在フランス・トルコ大使は筆者の取材に「ビルに誰が銃弾を撃ち込んだのかまだ分からない。テロにはフランス大統領選に影響を与える狙いも込められている可能性がある。今のところ何の証拠もないものの、ISがトルコ大使館の一部を狙ったことも十分に考えられる」と神経を尖らせました。

5万人の厳戒態勢

選挙最終盤になって主要候補4人による混戦が続く中、自動小銃による武装テロの発生はイスラム過激派やテロ対策の強化を主張する右派・共和党の元首相フランソワ・フィヨンや右翼ナショナリスト政党「国民戦線」党首マリーヌ・ルペンに有利に働く可能性があります。大統領選の選挙集会を狙ったテロ計画で2人が逮捕されていました。

現職大統領フランソワ・オランドは「大統領選が終わるまで一段と警備を強化しなければならない」と述べました。第1回投票当日には警官や兵士など5万人以上を動員して警戒に当たるそうです。

テロを警戒する武装警官(同)
テロを警戒する武装警官(同)

過激派組織IS(イスラム国)の関連メディア「アマーク通信」は「実行したのはIS戦士だ」と表明、「アブ・ユスフ・アル・バルジキ」と実行犯の名前を明らかにしました。男はパリ郊外に住む39歳。2001年、警官に発砲した罪で昨年まで服役したことがあると報じられています。

イスラム過激主義に傾倒している恐れがあるとして要注意人物リストに載っていた上、最近も警官を襲撃するため武器を調達しようとしているという通報を受け、事情を聴かれていたそうです。

捜査当局は車に残された書類からすでに身元を特定していますが、自動小銃を使っていることから共犯がいる疑いが強いとして公表していません。男の家族3人が拘束されて取り調べを受けており、ベルギーの関係者も警察に出頭したと報じられています。

238人以上が犠牲になったテロの主戦場フランス

フランス通信(AFP)によると、フランスでは15年以降、238人以上がジハーディスト(聖戦主義者)の攻撃で死亡しているそうです。同年1月の風刺週刊紙「シャルリー・エブド」襲撃事件以来、フランスはテロの主戦場になっています。

2015年1月

パリで武装した男2人が風刺週刊紙「シャルリー・エブド」社を襲撃、警官、編集長ら12人が死亡。実行犯のアルジェリア系フランス人兄弟は逃走、ガソリンスタンドを襲撃した後、工場に立て籠もり、射殺される。イエメンを拠点とする「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」が犯行声明。

別のテロ犯による警官襲撃事件、ユダヤ食品スーパー襲撃事件が起き、人質に4人の犠牲者が出た。テロ犯は射殺された。

2015年6月

リヨン郊外でガス工場に男が車で乗り付け、爆破。男が勤務する運送会社の経営者が遺体で発見された。男は拘束されたが、アラビア語で「神は偉大なり」と叫んでいたとされる。

2015年11月

パリ中心部のレストランや劇場、郊外の競技場で,銃撃や自爆テロによる同時多発テロが発生。130人が死亡し、約350人が負傷した。「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)フランス」が犯行声明で「フランスのシリア空爆に対する報復だ」と主張した。

2016年1月

パリ北部の警察署前で刃物を持った男が「アッラー・アクバル」と叫び、警官に襲いかかり、射殺される。

2016年6月

パリ西部で男が警察幹部及び同居する警察職員の女性を殺害。「IS戦士の犯行」(アマーク通信)。

2016年7月

ニースでフランス革命記念日の花火見物の群衆にトラックが突入し、84人が死亡、202人が負傷。「IS戦士の犯行」(アマーク通信)。

2016年7月

北部ノルマンディー地方の町ルーアンで、刃物を持った男2人がカトリック教会に押し入り、5人を人質に取った。実行犯の2人は治安部隊に射殺されたが、神父1人が死亡、1人が負傷。「IS戦士の犯行」(アマーク通信)。

2017年3月

パリ南郊のオルリー空港で武装したチュニジア系フランス人の男が治安部隊の女性兵士を襲撃し、別の兵士によって射殺される。

ニースで追悼のため現場を訪れた当時の首相マニュエル・ヴァルスに激しいブーイングが浴びせられたことがあります。再三にわたる大規模テロを防げなかったからです。アメリカが主導する空爆や資金源壊滅作戦でシリアやイラクで陣地を失っているISにとって欧州はテロの最前線です。

出所)ICSRデータをもとに作成
出所)ICSRデータをもとに作成

英キングス・カレッジ・ロンドン過激化・政治暴力研究国際センターが2015年に欧州からシリアやイラク内戦に参加した若者の推定数をまとめています。それによると、フランスが1200人で断トツに多く、人口100万人に対する割合ではベルギーが40人と突出しています。

「過激化の温床」ベルギーと、治安当局の能力を超えてテロリストが増殖するフランスという「フランス語圏リンク」が浮かび上がってきます。情報調査・コンサル大手IHSリスク・センターの「テロ脅威レベル指標」でも欧州におけるテロの脅威はパリが48.54ポイントで2番目の仏トゥールーズ27.88ポイント、3番目のロンドン13.69ポイントを大きく引き離しています。

ブートキャンプと化した刑務所

景気が停滞するフランスやベルギーでは若者が仕事を探すのが難しく、イスラム系移民となるとさらにハードルが高くなります。イスラム系移民のゲットー(マイノリティーのスラム街)化が進み、フランスでは国民戦線のような排外主義が強まっています。

軽犯罪で刑務所に放り込まれたムスリム(イスラム教徒)を、服役中のベテラン・ジハーディスト(聖戦主義者)が取り込み、自分のテロリスト武勇伝を誇らしげに語り、間違ったジハード思想を吹き込んで行きます。

犯罪歴のある若者が狙われるのは、武器を調達する地下犯罪組織に接点を持っている可能性が高いからです。地下の犯罪組織とコネクションがあれば、AK-47やロケットランチャーなど、あらゆる武器を手に入れることができると言います。

フランスのムスリム人口は全体の8~10%。しかし刑務所内のムスリム人口は全体の60%と推定されており、パリの大きな刑務所ではこの数字は70%まではね上がります。教育格差や就職差別などで移民統合が進まず、ムスリムの若者が社会から疎外され、自分のアイデンティティーを喪失していく中で、刑務所はジハーディストを次々と培養するブートキャンプ(新兵訓練施設)になっているのです。

フランスは情報機関が6つもあり、警察と情報機関の連携もなく、首都における武装テロとなったパリ同時多発テロでは、対テロ作戦を専門にする国家憲兵隊治安介入部隊(GIGN)ではなく、警察が出動しました。フランス議会の調査委員会は「何層にも分かれていて使いにくいフランスの情報機関は鉛の靴をはいた軍のようだ」と批判し、「国家テロ対策センター」を設置して情報の一元化を図るよう改善を求めています。

フランスは15年から非常事態宣言下にあります。治安当局の権限が強化され、令状なしで数千件の家宅捜索が行われていますが、そのうち起訴されたのは数%に留まっています。大統領選でも当落線上にある共和党のフィヨンが早くも非常事態宣言の延長に言及しました。しかし、政治化されたテロ防止の強硬策はイスラム社会との溝を広げるだけです。

フランスには過酷なアルジェリア支配の記憶が残り、多文化に寛容なイギリスに比べてイスラム系移民の社会統合が進んでいません。厳格過ぎる政教分離(ライシテ)に基づくブルカ禁止法や全身を覆う水着ブルキニ禁止論争がイスラム社会のフラストレーションを増幅させています。

最大のテロ防御策は強硬策ではなく、社会統合を進めるとともに優れた情報活動と地域社会との連携を深めることなのに、大統領選ではこうした賢明な声はかき消されています。

(つづく)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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