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【トランプのアメリカ】プーチンとトランプの共通項とは 世界中に蔓延するタフガイ政治

木村正人在英国際ジャーナリスト
モンテネグロに掲げられたトランプとプーチンの看板(写真:ロイター/アフロ)

「これは米国版ロシア革命だ」

米大統領選で勝利した不動産王ドナルド・トランプ(70)とロシアの大統領ウラジミール・プーチン(64)の共通点について、プーチン研究の第一人者である米シンクタンク、ブルッキングス研究所のフィオナ・ヒル米欧センター所長の分析が秀逸です。同研究所のサイトからヒル所長の分析を紹介してみましょう。

ヒル所長(昨年秋、筆者撮影)
ヒル所長(昨年秋、筆者撮影)

ロシア専門家のヒル所長は米大統領選の結果について、1917年のロシア革命、当時のレーニンが率いた左派ボルシェビキ革命の「現代米国版だ」と指摘しています。当時のボルシェビキと同じで、トランプの選挙運動は大きなスローガンがぶち上げられた割には中身がなかったと言います。

ヒル所長によると、プーチンはKGB(旧ソ連国家保安委員会)出身のスパイマスターとは言え、複雑な米国の政党政治を完全に理解しているわけではありません。しかし、プーチンは米国を覆う国民感情とそれをどう操るかについては分かっていたと言います。グローバリズムとデジタイゼーションの勝ち組と負け組の間に入った亀裂と人々の弱さをどう扱うかについて、プーチンは知り尽くしています。

「ロシアを再び偉大な国に」

それまで全く無名だったプーチンは99年、当時のロシア大統領エリツィンから第一副首相に指名され、その後、大統領代行になって一気に最高権力者への階段を駆け上がります。前年の98年、ロシア財政危機が起き、原油価格は1バレル=20ドルを割り込んでロシア経済は低迷していました。

出所:IMFデータをもとに筆者作成
出所:IMFデータをもとに筆者作成

米ドルに換算したロシアの名目GDP(国内総生産)を国際通貨基金(IMF)の世界経済見通し(今年10月)のデータをもとにグラフにしてみました。プーチンが「新世紀のメッセージ(政権公約)」として掲げたのが、トランプのアメリカニズム(米国第一)の原点とも言える「ロシアを再び偉大な国に(ロシア第一主義)」でした。

ヒル所長は80年代後半から90年代にかけての旧ソ連がグローバリズム最初の犠牲者だと言います。プーチンのマニフェストは、人種差別発言、性差別発言のオンパレードだったトランプと違って随分、洗練されていました。侮辱されることを許さないストリートファイターのイメージを磨き上げ、非妥協的で雄弁に自分の考えを話すタフガイのイメージを作り上げるのにプーチンは成功します。

バギーでロシアの草原を疾走するプーチン(ロシア大統領府HPより)
バギーでロシアの草原を疾走するプーチン(ロシア大統領府HPより)

国際社会への影響力がほとんどなかったプーチンは当初、外交より国内経済の建て直しに全力を注ぎますが、その後、ドイツの首相シュレーダー、イタリアの首相ベルルスコーニ、フィンランドの首相リッポネン(いずれも当時)らを次々とたらし込む一方で、対立する国に対しては急騰した原油・天然ガスを武器に強硬な資源外交を展開します。

グルジア(現ジョージア)紛争、ウクライナ危機、シリア内戦でプーチンは自分の影響力が損なわれると判断すると、武力行使をためらいませんでした。

「タフガイクラブ」

プーチンが作り上げたマッチョスタイルで強い愛国的政治指導者像は、トランプをはじめ世界中の指導者が競って真似るようになったとヒル所長は言います。

筆者はプーチンとトランプに加え、日本の安倍晋三首相、中国の習近平国家主席、トルコのエルドアン大統領、ハンガリーのオルバン首相、インドのモディ首相、フィリピンのドゥテルテ大統領が「タフガイクラブ」に分類できると思います。

プーチンの「タフガイクラブ」(ロシア大統領府HPより)
プーチンの「タフガイクラブ」(ロシア大統領府HPより)

安倍首相の場合「自信と誇りのもてる日本」を掲げ、保守勢力の支持を得ますが、リベラルで国際協調的な面もあるので「タフガイクラブ」と、ドイツの首相メルケルや英首相メイの「リベラルクラブ」のちょうど中間に位置づけられるかもしれません。でも英国の欧州連合(EU)離脱決定で「リベラルクラブ」はボロボロ、トランプ大統領の誕生で国際政治の流れは一気に「タフガイクラブ」に傾いています。

ヒル所長の分析に戻りましょう。トランプが地方や小さな都市で支持を拡大したように、プーチンの支持基盤も、エスタブリッシュメントやエリート、富裕層の強いモスクワではなく、地方です。「政治パフォーマンスの芸術家」(ヒル所長)のプーチンはウクライナ危機やシリア内戦を巧みに使って、国民の関心が原油価格の下落による国内経済の悪化に向けられるのを避けています。

プーチン・モデル

ヒル所長は「クレムリンからは、景気低迷と製造業の空洞化による米国民のフラストレーションと不満は80年代のソ連、90年代のロシアと非常に良く似ているように見えているはず」と指摘しています。トランプのスローガンはプーチンの2012年大統領選キャンペーンをなぞるように、庶民感情からかけ離れたエリートをたたき、グローバリズムの負け組を味方につけ、国民を助ける強いリーダー像を強調し、祖国を再び偉大な国にすることでした。

英国のEU国民投票では総選挙の投票に行ったことがない300万人が投票所に足を運びました。米大統領選でも隠れトランプ派が一斉に蜂起した格好です。プーチンはトランプの置かれている状況がよく分かります。だから二人の馬は合うのです。

NHKの報道によると、ロシア大統領府は今月14日、プーチンがトランプと電話会談し「対等で互いに尊重し合い、内政問題に干渉しないという原則のもとで、パートナーとして対話を行う用意がある」と伝えたことを明らかにしています。両国関係については「正常化に向けて、幅広い問題で建設的な協力を進めていくことで一致」し、首脳会談の実現に向け調整を続けることで双方が合意したそうです。

筆者の見立て

共和党のチーム・トランプはプーチンが描く「影響力の境界」がどこらへんにあるのか間合いを慎重に読む必要があります。トランプはシリアやウクライナでプーチンの顔を立て、ロシアの「影響力の境界内」で、欧米諸国が錦の御旗にしてきた自由主義と民主主義を押し付けるのを控えるでしょう。トランプ・プーチン関係は安倍首相にとっても非常に気になるところです。

トランプ、習、プーチンの米中露3巨頭が欧州、中東、アジアでの「影響力の境界」をどう描いていくのか。米国がどんな形で「強いアメリカ」を実現するのか。トランプとプーチンのタフガイ関係がこじれると、これまで以上に厄介なことになります。

筆者はシリアとウクライナは米国がロシアに譲歩する形で安定へと向かう可能性があるとみています。プーチンの例に習えば、トランプが4年後の大統領選で勝つためにはインフラ投資、減税、賃上げなど国内経済とワーキングクラス対策に全力を注ぐ必要があるからです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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