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GWにプーチン大統領と安倍首相が会談へ ロシアと中国の分断が狙いだが…

木村正人在英国際ジャーナリスト
昨年9月、国連総会の際、プーチン大統領と会談した安倍首相(写真:RIA Novosti/ロイター/アフロ)

ユーラシア大陸のチェスボード

なぜ、欧州は中国と仲良くし、日本はロシアに接近を図るのでしょう。欧州にとって安全保障上の脅威は何と言ってもロシアです。ユーラシア大陸という大きなチェスボードの上で国家資本主義のロシアと中国に結託されるのが欧州にとって一番まずいシナリオです。

中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)を後押しする英国、製造業とICT(情報通信技術)の融合を目指す「インダストリー4.0」で中国と連携するドイツなど、欧州は中国に秋波を送っています。米国経済の減速とともに米国が内向きになる中で、欧州と米国の地政学上の利害、経済的利益がスレ違うようになったことも欧中接近の大きな要因です。

国際情勢は、米国と中国、欧州という主要プレーヤー(G3)がにらみ合い、ロシア、中東・北アフリカの過激派組織、テロ組織というトリック・プレーヤーがかき回す展開になってきています。そんな中で、日本の安倍晋三首相は大型連休に合わせてロシア南部ソチを非公式訪問し、プーチン露大統領と会談する方向で調整を進めています。FNNニュースは「非公式の日露首脳会談を5月6日で最終調整している」と報じています。

5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に向け、安倍首相は大型連休中に先進7カ国(G7)の欧州各国を歴訪します。それに合わせてソチを訪れたい意向で、年内のプーチン大統領の公式訪日に向けて協議が行われる見通しだそうです。

北方領土問題の進展は難しい

出典:LEVADA-CENTERより抜粋して筆者加工
出典:LEVADA-CENTERより抜粋して筆者加工

北方領土問題の進展は、クリミア併合でナショナリズムが高まるロシアの国内世論をみると期待する方が無理というものでしょう。領土問題で譲歩するのは、高い支持率を政権の正当性にするプーチン大統領にとっては自殺行為です。安倍首相がレガシー作りのため、北方領土問題の進展を期待しているとしたら大甘もいいところです。

中国の海洋進出に直面する日本としては、プーチン大統領に接近して、少しでも中露分断を図りたいというのがソチ訪問の本音でしょう。ロシアに近づく日本に対して、欧州は中国と蜜月関係です。米国は日本やフィリピンといった同盟国の手前、南シナ海で人工島を造成する中国を牽制しています。

しかし、核・ミサイル実験を強行した北朝鮮に対し中国は圧力を強めており、米国は「北朝鮮というバッファーゾーン(緩衝地帯)の存続を認めてやれば、核・ミサイルの排除という点で米中の利害は一致する。米中協力は可能だ」とみています。

日米同盟を強化したからと言って米国は中国と敵対することを望んでいません。逆に協力することを望んでいるのです。米国にとっても、米中が接近したニクソン米大統領時代のようにユーラシア大陸でソ連(現ロシア)と中国が対立するのが最も望ましい展開だからです。

ロシア接近は損か、得か

米国と欧州がプーチン大統領に対する手綱を緩めることはあっても、親密な関係を再構築するとはまず考えられません。そんな中で日本が対中牽制の狙いでロシアに接近することが長期的な国益になるのでしょうか。米国や欧州のゲームプランとは逆行しています。

グルジア(現ジョージア)紛争、クリミア併合などウクライナ危機、シリア内戦への軍事介入を見ても、プーチン大統領が最初から軍事介入を計画していたというより、状況が急に悪くなって慌てて「プランB」を発動して失地回復を図ったようにしか見えません。

欧米諸国が押し過ぎたというより、ロシアが支援するサイドの分がだんだん悪くなってしまったのが原因です。プーチン大統領は追い込まれてしまってから、過剰反応しているのではないでしょうか。

出典:米エネルギー省データをもとに筆者作成
出典:米エネルギー省データをもとに筆者作成

ロシア経済と国力を大きく左右する原油価格を見てみましょう。米国市場の指標価格WTIと欧州市場の指標価格ブレントは同じような動きをしています。世界金融危機で世界経済が落ち込み、原油価格は1バレル133ドル台から一気に40ドル前後まで暴落しました。

2014年前半には再び100ドル台まで戻しましたが、原油市場が供給過剰となり、今年に入って一時30ドルを割ってしまいました。ベルリンの壁が崩壊する3年前の1986年にはWTIの現物価格は1バレル=10.25ドルをつけ、原油価格が1バレル=20ドルを下回り続けたことがソ連崩壊につながりました。

資源の呪い

出典:IMFデータをもとに筆者作成
出典:IMFデータをもとに筆者作成

プーチン大統領の経済政策プーチノミクスは、高騰した原油・天然ガスの輸出に支えられてきました。外貨がロシア国内に流入し、ルーブルは切り上げられました。通貨高で輸入品の価格が下落し、国内では消費ブームが起きました。国民1人当たりのGDPは1999年の1330ドルから2013年には10倍以上の1万4600ドルにハネ上がりました。

しかし、輸入依存が強まり、国内の設備投資は鈍化、生産能力が低下するという「資源の呪い」にとらわれてしまいます。経済協力開発機構(OECD)の2014年データから就業1時間当たりの国内総生産(GDP)を比較すると、ロシアの労働生産性が極めて低いことが分かります。

出典:OECDデータをもとに筆者作成
出典:OECDデータをもとに筆者作成

中国経済の減速が明らかになり、これまで原油や鉱物を輸出していた資源国経済が収縮していくリスクが大きく膨らんでいます。ロシア経済にとって生産性の向上は不可欠ですが、プーチン大統領は資源の国家統制を強め、逆にマフィア化が進みました。旧ソ連圏・ソ連諸国の方がロシアより労働生産性は高いのです。

原油価格の暴落とウクライナ危機に対する欧米諸国の経済制裁というダブルパンチに見舞われたプーチン大統領は、経済制裁を解除してもらおうと必死になっています。その糸口を日本に見出そうとしているのです。北方領土問題の解決に色気を出す安倍政権が前のめりになり過ぎないか、少し心配になります。

プーチン大統領が頼むところは軍事力しかありません。ロシア軍の近代化を進めるプーチン大統領と欧米諸国の完全な和解はあり得ません。原油価格の低迷による経済力の衰退に対してプーチン大統領は、ロシア国内の求心力を保つため、これまで同様、外敵を必要としています。ユーラシア大陸という地政学上の力学をめぐって、日本と欧米諸国の利害はねじれを起こしています。日本の対ロシア外交は綱渡りをするような慎重なバランス感覚を求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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