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2016年最大のリスクは、この人

木村正人在英国際ジャーナリスト
世界を不安定化させる人たち?左はサウジのムハンマド・ビン・サルマン副皇太子(写真:ロイター/アフロ)

米大統領選イヤーは否が応でも政治的な対立が深まります。極右や急進左派が台頭する欧州政治の危機は続き、衰退するロシアの大統領プーチンはますます強硬になってきています。経済成長を続ける中国は国益追求に邁進中です。指導国なき「Gゼロ」や「Gゼロ」後の世界を描いた米政治学者イアン・ブレマー氏率いる米ユーラシア・グループは4日、新年の10大リスク予想を発表しました。2016年最大のリスクとして「中身なき同盟」を挙げています。

(1)中身なき同盟

米大統領オバマと独首相メルケル(米ホワイトハウスHPより)
米大統領オバマと独首相メルケル(米ホワイトハウスHPより)

第二次大戦後、70年間にわたって世界で最も重要だった米欧関係が弱体化し、有効ではなくなっている。ウクライナ危機とシリア内戦は米欧の亀裂を浮き彫りにした。世界は火消し役を失い、中東の紛争は放置されるだろう。

[筆者]北大西洋条約機構(NATO)がアフガニスタン後のテーマを失いつつあります。昨年11月のパリ同時多発テロでも仏大統領オランドはEU基本法(リスボン条約)に基づいて支援を求めました。米国が「世界の警察官」役を降りた今、米欧が協力して紛争の火消し役を務めるべきなのですが、「英中蜜月」「仏露関係」に象徴されるように足並みがそろいません。

安倍晋三首相が集団的自衛権の限定的行使を容認し、日米同盟を強化したのは正解です。

(2)閉ざされた欧州

有刺鉄線で閉鎖されたハンガリーとセルビアの国境(昨年9月、筆者撮影)
有刺鉄線で閉鎖されたハンガリーとセルビアの国境(昨年9月、筆者撮影)

欧州経済は回復するが、格差、難民、テロ、草の根政治運動によって「オープン(開放)」という欧州の価値が問われる。境界閉鎖を求める圧力が強まるだろう。欧州連合(EU)残留・離脱を問う英国の国民投票のリスクも軽視できない。

[筆者]東西、新旧、中心か周縁か、欧州の断層は債務危機を経て、ますます広がっています。ポピュリズムとナショナリズムが増し、極端な意見が称賛されるようになっています。昨年、ドイツだけでも100万人を超える難民が到着しました。ユーラシア・グループによると、難民の増加に伴って、オーストリアの自由党(支持率31.2%)、フランスの国民戦線(同27.6%)、オランダの自由党(同24%)、ハンガリーのヨッビク(同24%)など極右政党、ギリシャの急進左派連合(SYRIZA、同31%)など左派のポピュリスト政党が台頭しています。

(3)中国の足あと

民主主義や人権そっちのけで蜜月を謳歌する英中両首脳(筆者撮影)
民主主義や人権そっちのけで蜜月を謳歌する英中両首脳(筆者撮影)

世界第2の経済大国、中国。外貨準備は3.5兆ドル。習近平国家主席が経済圏構想「一帯一路」を示すなど、今や中国だけが経済の世界戦略を持っている。新しい秩序を構築しようという中国の動きは他のプレーヤーを刺激している。

[筆者]中国には民主主義や人権という制約がないため、大胆な経済政策が打てるというアドバンテージがあります。中国が地政学上の脅威にならない欧州は「英中蜜月」を見ても分かるように経済一辺倒の対中外交に大きく舵を切っています。ドイツの製造業は中国と緊密な関係を築いています。日本としては日米同盟や環太平洋経済連携協定(TPP)を軸に、法の支配や民主主義を対中外交の柱にするよう欧州に働きかけていく必要があります。

(4)過激派組織ISと「お友達」

ISのお友達だった英国人のジハーディ・ジョン(英大衆紙)
ISのお友達だった英国人のジハーディ・ジョン(英大衆紙)

ISはイラク、シリア、リビア、アフガニスタン、イエメン、マリだけでなく、アフリカのナイジェリアからアジアのフィリピンまでイスラム教スンニ派に支持者を広げている。ISによる攻撃の脅威は増え続けるだろう。

[筆者]米国・サウジアラビア・トルコとロシア・イラン・シリアのアサド政権が協調して過激派対策を進める必要があります。が、うまくいきません。スンニ派とシーア派国家がそれぞれ別働隊として過激派を動かす様相が強まっています。国際テロ組織アルカイダの次にISが登場してきたように、ISを倒しても、さらに恐ろしい過激派が生まれてくる懸念を拭い去ることはできません。

(5)サウジアラビア

サウジ王室内の不和が増し、国際的に孤立する。これによってサウジの中東政策が強硬になり、地域の不安定さを拡大させる。

[筆者]強硬になったサウジが2016年最大のリスクになりそうな気配です。サウジがシーア派指導者の死刑を執行したことをきっかけにイランとの対立が深まり、外交関係を断絶し、イランとの貿易を止める方針です。父サルマン国王の即位に伴い、後継者として30歳のムハンマド・ビン・サルマンが副皇太子の座に就きましたが、サウジ王室内の権力争いが熾烈になっているようです。

(6)技術者の台頭

ネット企業やハッカーが国家を上回る影響力を持つ。アップルの市場価値は6150億ドル、フェイスブックは2995億ドル、中国のアリババ・グループは2122億ドル、マイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏の資産は789億ドルと、小国よりも大きな資金力を持つようになった。しかし政府や市民からの反発が予想され、政策や市場を不安定化させる恐れがある。

(7)予測不能な指導者たち

ロシアの大統領プーチン、トルコの大統領エルドアン、サウジの副皇太子ムハンマド・ビン・サルマン、ウクライナの大統領ポロシェンコなど予測不能な指導者がトラブルを行き起こす可能性がある。

(8)ブラジル

経済の低迷や政界汚職で混乱するブラジル。大統領のルセフが生き残れるかどうか。もしルセフが退陣すると、ブラジルの経済改革が難しくなる。

(9)新興国の不満

米国が利上げに踏み切ったことで新興国の経済が減速し、生活水準の低迷で市民の不満がたまるかもしれない。今年は新興国の選挙が少ないためにガス抜きができずに、不満が爆発しそうだ。

(10)トルコ

大統領エルドアンの強引な政策がトルコのビジネス・投資環境を損なう恐れがある。

[筆者]日米同盟を強化し、TPPで大筋合意、旧日本軍慰安婦問題で韓国と歴史的な合意を達成した安倍首相の外交・安全保障政策はかなりの成果を収めていると評価しない方がおかしいのではないでしょうか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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