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中国人民元、国際化に大きな一歩 IMFの特別引出権に採用へ 日米が譲歩か

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国・習国家主席が訪英 英王室が歓迎式典(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

英中「ウィン・ウィン」

中国の習近平国家主席が初めて国賓として英国を訪れ、世界最大の金融都市ロンドンが人民元の国際化を後押しすると華々しく宣言した。その矢先、ロイター通信が25日、関係者3人の話として国際通貨基金(IMF)が人民元をIMFの特別引出権(SDR)に採用する方向で準備を進めていると報じた。

動画の中の声の主は隣にいたテレビ朝日の吉田豪ロンドン支局長だ。

英首相官邸前で握手する中国の習近平国家主席とキャメロン首相(筆者撮影)
英首相官邸前で握手する中国の習近平国家主席とキャメロン首相(筆者撮影)

中国が世界第2の経済大国になった今、人民元をSDRに採用するか否かは時間の問題になっていた。IMFは今年、5年に1度のSDR構成通貨の見直しを行っていた。しかし、これまで日米が慎重姿勢を崩さず、11月中に開かれる理事会で採用されるかどうかは、はっきりしていなかった。

英国など欧州勢は人民元の採用に前向きで、習主席訪英中の21日、中国人民銀行(中央銀行)がロンドンで人民元建ての中央銀行手形50億元(約950億円)を発行。中国政府は海外市場で初めてとなる人民元建て国債をロンドンで発行する計画も進めており、英中両国が「黄金時代」を派手に演出したことが、SDRへの人民元採用に向け最後の一押しになった格好だ。

英国は中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)の参加も欧米諸国の中でいち早く表明。ロンドンが人民元国際化の後見人となり、SDR採用を強く後押ししたことで、英中両国の「ウィン・ウィン」関係は大きく前進する。

特別引出権(SDR)は国際流動性の不足を補うことを目的として1970年1月に正式発効。81年から米国、日本、英国、西ドイツ(当時)、フランスの5カ国の通貨による標準バスケット方式となり、5年ごとに各通貨のウエイトは見直されている。現在は米ドル(41.9%)、欧州ユーロ(37.4%)、英ポンド(11.3%)、日本円(9.4%)。

今後5年間で中国の経済規模はさらに拡大することから、日米両国も最終的には人民元採用を容認する方向に転換したとみられる。日本にとって気になるのは、人民元のウエイトが日本円を上回るか否かだ。しかし、それも時間の問題だ。

決済通貨として日本円を抜いて世界4位に

人民元は国際決済通貨としてすでに日本円を抜いて世界第4位となっており、SDRに採用されると外貨準備用通貨としても存在感を増していくのは確実だ。IMFデータによると、人民元はまだ外貨準備用通貨(計11兆4596億ドル)としては浸透していないことが分かる。

出典:IMFデータをもとに筆者作成
出典:IMFデータをもとに筆者作成

金融機関の国際決済をオンラインシステムで処理する国際銀行間通信協会(SWIFT)の今年8月のデータによると、人民元が国際決済通貨として日本円を抜いて世界第4位となった。1位は米ドル、2位は欧州ユーロ、3位が英ポンドだ。

出典:SWIFTデータをもとに筆者作成
出典:SWIFTデータをもとに筆者作成

下のグラフを見れば、この3年間に人民元は世界12位から同4位までランキングを急激に上げてきたことが分かる。

出典:SWIFT人民元トラッカー報告書の抜粋を筆者加工
出典:SWIFT人民元トラッカー報告書の抜粋を筆者加工

中国が人民元の国際化に大きく舵を切ったのは2008年の世界金融危機がきっかけ。米ドルが大きく価値を失い、中国は米ドル依存を見直すため、人民元国際化の取り組みを本格化させた。14年12月の経済政策を議論する中国共産党の重要会議「中央経済工作会議」では「人民元の国際化を着実に推進する」と明示されている。

出典:同
出典:同

上のグラフを見ると、人民元による為替取引も順調に増えている。今年8月には人民元による為替取引件数は100万件以上に達した。取引高では1年前に比べ50%増だ。中国本土や香港を除いたトップ5は英国、米国、シンガポール、フランス、日本の順となっている。

出典:SWIFTデータをもとに筆者作成
出典:SWIFTデータをもとに筆者作成

完全に出遅れた日本

人民元取引における日本の影は薄い。人民元決済センターのある国で人民元を国際決済通貨として使う取引は拡大している。中国本土と香港を除くと、トップはシンガポールで全体の24.4%、2位は英国で21.6%だ。

出典:SWIFT人民元トラッカー報告書の抜粋を筆者加工
出典:SWIFT人民元トラッカー報告書の抜粋を筆者加工

2003年に香港で中国銀行が人民元決済を始めたのを皮切りにマカオ、台北、シンガポール、ロンドン、フランクフルト、パリ、ルクセンブルク、トロント、ドーハ、クアラルンプール、バンコク、シドニー、チリ、ヨハネスブルクで中国の金融機関が人民元決済を行っている。東京の名前は含まれていない。

ペルーを訪問した麻生太郎財務相は今月8日、楼継偉中国財政相に、中国国外で人民元建て取引を集中決済する銀行を日本国内に設置するよう要請した。習主席は英議会、バッキンガム宮殿でのスピーチで「抗日」の歴史を強調しており、日中間に歴史問題が暗い影を落としている。日本は人民元の国際化に完全に乗り遅れた。

中国経済はバブルの様相を強めており、成長率の減速が失速速度を下回るハードランディング・シナリオも視野に入ってきた。しかし米国・日本VS中国・欧州の主導権争いは、今のところ完全に中国の押せ押せムードになっている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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