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EUは国境警備を強化 「同じ人間としてほっとけない」を出発点に【シリア危機、日本に何ができるか】

木村正人在英国際ジャーナリスト
ドイツの保護施設でシャボン玉をつくって遊ぶ難民の子供たち(写真:ロイター/アフロ)

EUの本音、トルコに4千億円支援

2日間の日程で15日に始まった欧州連合(EU)首脳会議は、EU域外との国境警備を強化するため、欧州対外国境管理機関(FRONTEX)に不法移民を強制送還する権限を与え、EU加盟国がギリシャやイタリアの密入国ポイントに100人の国境警備員を配置することで合意した。

トルコから今年1月以降、ギリシャなどを経由して35万人がEU域内に入ろうと試みた。トルコ国境で阻止されたのはわずか5万人。このためEUはトルコに対して、国境警備を強化するよう協力を求めていた。トルコでは200万人のシリア難民が避難生活を送る。

トルコのエルドアン大統領は見返りに、当初の6倍に当たる30億ユーロ(約4千億円)の支援と、トルコも早ければ2016年までにシェンゲン協定の領域(26カ国)を自由に行き来できる査証の自由化、トルコのEU加盟交渉の進展を求めた。

EUとトルコは欧州委員会が立案した行動計画について「慎重な楽天主義」(トゥスクEU大統領)をもって暫定合意した。ユンケル欧州委員長は16日未明の記者会見でトルコへの支援金額は明らかにしなかった。トルコの査証自由化、加盟交渉の進展についてはフランス、ギリシャ、キプロスから慎重論が出ている。

ブルガリア国境でアフガン人男性射殺

AFP(フランス通信)によると、トルコからブルガリアに入ろうとした48人のアフガニスタン人グループが制止を振り切ったため、ブルガリアの国境警備員が発砲した。この弾に当たったアフガン人男性1人が病院に運ばれたが、死亡した。

ユンケル委員長は記者会見で「報告を受けていない」と事実関係の確認を避けた。

一方、チェコ、スロバキア、ポーランドはEU首脳会議に先立ち、ハンガリーのセルビア国境に応援の国境警備員150~160人を展開することを表明。チェコは100人の兵士、ポーランドはパトロール車も派遣する。ハンガリーのオルバン首相は「これはEUレベルのモデルになるだろう」と胸を張った。

EUはシリア難民など16万人を割当に応じて自主的に受け入れることで合意している。しかし、シリア難民400万人の半数を引き受けるトルコに責任を押し付ける代わりに、EUは、メディア弾圧などで国内外から批判されるエルドアン大統領の顔を立てた格好だ。

11月に迫ったトルコ総選挙では、エルドアン大統領率いる公正発展党(AKP)は6月の総選挙に続いて再び過半数を割る可能性が強まっている。EUとトルコの暫定合意はエルドアン大統領にとっては追い風になる。

人道支援に「プロ」なんていらないのかも

[ブダペスト発、田邑恵子]この夏、バルカンルートを通って欧州を北上したシリア難民たちは移動中、一体どんな食事をしていたのだろう。ハンガリーのブダペスト東駅で足止めをされたシリア難民を支援していた地元ボランティアに話を聞いた。

ハンガリーのブダペスト東駅(木村正人撮影)
ハンガリーのブダペスト東駅(木村正人撮影)

突然の何千人ともいうシリア難民の到着に、地元住民によるボランティア組織が形成され、立ち往生した難民の全面的なサポートを行った。彼らは、人道支援の「プロ」ではなかったけれども、食料、衣料品、医療サービスの提供、難民が乗るためのチケット購入など、多岐に渡る支援を効率よく提供していた。

今回は限定された特殊なケースだが、それでも、よく組織された活動ぶりに驚かされた。インターネットやソーシャルメディアを巧みに使って発信することで、難民のニーズにあった支援がもたらされた好例だと感心した。彼らは義援品の受付をしていたが、何が必要かという「義援品リスト」が毎日フェイスブック上にアップデートされ、実情に合わない品物は受け取らない仕組みができていた。寄付したい人々はリストを毎日チェックし、必要とされているものを提供していた。

海外からの寄付は、地元スーパーのギフトカードや燃料のプリペイドカード購入、あるいは難民が乗車するための列車のチケット購入に当てられた。何より驚いたのは、新鮮な野菜・果物が支給されていたことだ。通常の人道支援では、業者へ発注をかけ、配布するプロセスに異常に時間がかかる。新鮮な野菜や果物の配給はほぼ不可能である。どうしても配布される食品は保存の効く炭水化物が中心になる。

ギフトカードや現金で決済できる状態だったため、スーパーから直接、新鮮なバナナやリンゴを購入していた。食品棚を見たが、中東料理はイスラム系移民の多い欧州でも人気だし、ホンモス(ひよこ豆のペースト)、ババガニューシュ(焼きなすの前菜)などの缶詰が容易に入手できる。難民が食べ慣れたものを中心に配給したという。

現在、このグループはハンガリーの国境に到着する難民の支援にシフトしており、主に移動しながら食べられる行動食を中心に支給している。彼らがどんなものを支給しているのかは義援品リストに詳しい。移動中のサポートのため、水、ジュースなども小さい容量のものと指定されているのが分かる。

10月10日の例をとると、

水(500ミリリットル・ペットボトル)

ジュース(200ミリリットル・パック)

牛乳(200ミリリットル・パック)

ココア飲料(200ミリリットル・パック)

エナジーバー

ビスケット

食パン

6Pチーズ

キュウリ、人参、パプリカ

リンゴ、バナナ

パン、クロワッサン(個別包装のもの)

ジッパー付きビニール袋

秋・冬物靴(サイズ指定あり)

女性用靴下

帽子、スカーフ

携帯用通話カード

車両用燃料プリペイドカード

スーパーなどのギフトカード

を優先して受け付けている。

こうした義援品リストはほぼ毎日更新され、不要なものが持ち込まれないよう配慮されている。業者の入札、発注、納品、被災地への配送に通常、数週間から時には数カ月かかるプロセスを長年見てきた私は、彼らのスピードに舌を巻いた。

ギフトカードなどを活用し、難民が必要と思う品を届ける仕組みがつくられていることにも関心したし、むしろ、通常の人道支援現場がいかに遅れているかと逆にショックを受けた。駅で足止めを受けた難民には女性や子供も多く含まれていたため、女性用の生理用品、授乳中の女性用品も配布されていた。

アラブ系の人、シリア人と結婚したハンガリー人の奥さんらを中心にボランティア通訳も活躍した。1時間でも手伝いたいという人がいれば、配給や倉庫の整理のボランティアとして受け入れた。

欧州連合(EU)が現時点で「共通見解」として発表できる内容には限りがある。どこで登録され、どこで待機をするのか。そんな情報は難民にはもたらされない。難民がドイツを目指すのは、ドイツが明白に受け入れると表明しているからだ。その一方で、トルコ国内での教育・医療の無料支援について知らない難民もいる。

難民申請者を受け入れている国でも、難民認定されるまでの期間、家族呼び寄せの可否、教育機会の保障など、対応の違いに差がある。また、自国で保護するのか、第3国定住を支援するのか、受け入れの方法も異なる。スマートフォンで共有されるインフォーマルな情報や、ブローカーが意図的に流す「サクセスストーリー」に踊らされ、難民は自分で確認する術も持たない。

ブダペスト東駅では、社会福祉士や教師のボランティアが、子供たちの相手をしたり、心理的なケアの必要性はないかと巡回したりしていた。配給品の中には、絵本、オモチャ、クレヨン、チョークなども含まれていた。子供たちはボランティアと駅構内でサッカーをしたという。

ボランティアの1人はハンガリー系米国人の英語教師で、ハンガリー動乱(1956年)を難民として体験した。今回の難民危機を受け、いてもたってもいられなくなって行動を開始したという。人道支援に「プロ」なんていらないのかもしれない。常識と、何が求められているかを聞いて回る姿勢、後は「やらねば」というやる気と解決策を見つける柔軟な思考があれば、それで十分だ。

ドイツでは、数多くの市民が食料、衣料品、オモチャなどを持って、駅でシリア難民を出迎えた。ある男性は「同じ人間としてできることをしたかった」、子供連れの女性は「子供たちにお菓子を配りに来たの。彼らには何の責任もないのに」とTVのインタビューに答えていた。この「同じ人間として」という共同体感覚が一過性のものに終わらないことを願ってやまない。

人道支援。漢字にしてしまうと難しくなる。一体、具体的に何を指すのだろうと私自身も考える。でも、スタートは「同じ人間として助けたい」という気持ちだったはずだ。東日本大震災が起きた時、日本中から被災地を目指した数多くのボランティアがいた。「同じ人として、ほっとけない」という一心でなかったか?

あの時の「善意」は、日本人だけにしか向けられないものなのだろうか。日本にできることがある、日本からでも遠くにいるシリア難民にできることがある。欠けているのは「何ができるか」とシリア難民に寄り添って考える姿勢だ。

(おわり)

田邑恵子(たむら・けいこ)

北海道生まれ。北海道大学法学部、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院卒。人口3千人という片田舎の出身だが、国際協力の仕事に従事。開発援助や復興支援の仕事に15年ほど従事し、日本のNPO事務局、国際協力機構(JICA)、国連開発計画、セーブ・ザ・チルドレンなどで勤務。中東・北アフリカ地域で過ごした年数が多い。美味しい中東料理が大好きで、食に関するアラビア語のボキャブラリーは豊富。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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