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「銃を撃つ兵士をまねる子を見るのが辛い」難民の子供たちが描いた絵【シリア危機、日本に何ができるか】

木村正人在英国際ジャーナリスト
太陽が涙を流す少女の絵。兄が死に、もう1人は投獄された(田邑恵子撮影)

涙を流す太陽

中東・北アフリカで国際支援活動に携わってきた田邑恵子さんが、シリア国境に近いトルコの難民キャンプで子供たちが描いた絵をカメラに収めてきた。

まだシリアが平和で安全だった頃、学校で開いた発表会の様子を女の子が描いた絵がある。女の子は3つ編みをして西洋風のワンピースを着ている。みんな笑顔だ。宗教色をまったく感じさせない。鑑賞している子供たちが小さいのは自分たちより学年が低いせいかもしれない。

楽しかった学校での発表会の絵(今年10月、トルコで田邑恵子撮影)
楽しかった学校での発表会の絵(今年10月、トルコで田邑恵子撮影)

トルコ国旗の「新月旗」と、バース・アラブ社会党(現在の書記長はアサド大統領)がシリアを支配する前の旧国旗(現在は自由シリア軍が反体制派のシンボルとして使用)が交差して掲揚されている。家族が自由シリア軍に参加していることも多い。大きなトルコ国旗が掲揚されていることから、避難先のトルコでトルコ人と仲良くやっていきたいという願いが込められているのだろうか。

トルコ国旗と旧シリア国旗が掲げられた絵(同)
トルコ国旗と旧シリア国旗が掲げられた絵(同)

3枚目の絵は悲しみにあふれている。大きな棺が2つ。子供たちが泣きながら花束を手向けている。左下には投獄された家族が鉄格子を握りしめ、涙を流している。それを見ている太陽も滂沱の涙を流している。兄を亡くした女の子の絵だ。シリアの刑務所に投獄されたもう1人の兄とも面会を許されていない。

太陽が涙を流す悲しい絵(同)
太陽が涙を流す悲しい絵(同)

潰えた打倒アサドのシナリオ

ロシアのプーチン大統領による軍事介入で、トルコやサウジアラビアが描いていたアサド政権打倒のシナリオは潰えた。シリア国内にはイランの影響力が増すのを嫌がり、ロシアの介入を欲する声すらある。米国のオバマ大統領が、アサド政権の存続を黙認し過激派組織「イスラム国(IS)」をたたくというプーチン大統領とイランのシナリオをのめばトルコやサウジは収まらない。

空爆では「IS」は倒せない。逆に「IS」は豊富な資金源を背景に兵力を増している。米国では来年2月から始まる大統領予備選を前に共和党と民主党の大統領候補が言いたい放題の状態だ。

「アサド政権による空爆を阻止するため飛行禁止区域を設定しろ」「シリアに米軍の地上部隊を派遣せよ」というばかりか、「アサド大統領の軍と直接、戦え」という声すらある。

このままではシリア人が1人残らず死に絶えるまで、戦いは続けられる恐れがある。イスラム教スンニ派が圧倒的多数を占めるトルコやサウジと、米国は「反アサド」。シーア派の多いイランと、旧ソ連時代からシリアとつながるロシアは「アサド支援」。この対立を乗り越えない限り、シリア内戦はさらに泥沼化する。

果たしてシリアの太陽が子供たちに微笑みかける日は来るのだろうか。

アラブでも人気の日本アニメ

[トルコ南部ボイヌヨグン発、田邑恵子]海外でもその地位を確立した日本のアニメ。今でも「ドラゴンボール」「ポケモン」「NARUTO-ナルト」はアラブの子供たちに大人気だ。本編は吹き替えでアラビア語だけれども、オープニングソングは日本語のままだったりする。

今年5月まで働いていた人道支援団体の職場で、シリア人の同僚に突然、私の全然知らないアニメソングを日本語で歌われて大笑いしたことがある。子供たちがアニメを見ている姿は、普通の生活が戻ってきたみたいで、ちょっと良い感じがする。

大人はいつも、悲惨な映像が流れるニュースやらユーチューブやらを1日中見ているので、職場で「子供の前で悲惨な映像ばかりを流さないようにしましょう」というキャンペーンをやった。

私自身、東日本大震災の映像を繰り返し見ていて、自分が津波にのみ込まれる悪夢にうなされたり、冷や汗をかいて叫びながら起きたりする経験をしたことがある。その当時は遠く離れたアフリカで仕事をしていた。映像の力は恐ろしいと思う。

テントの学校

トルコの難民キャンプ内に設けられたテントの学校(モハマドさん提供)
トルコの難民キャンプ内に設けられたテントの学校(モハマドさん提供)

シリア国境近くにあるトルコ南部ボイヌヨグンのカラー難民キャンプで教育マネージャーとして働くモハマド・カラーさんは、子供たちのために何ができるかを常に考えている。

難民キャンプに冠せられた「カラー」は「誠実」という意味のアラビア語だ。キャンプには地名ではなく「希望」「シリアの青い鳥」「未亡人キャンプ」などと命名されることが多い。

難民キャンプに入ることはできなかったが、キャンプの外でモハマドさんからお話をうかがった。

イスラム教のお祭りの時には、学校で使っているテントをスクリーン代わりにしてアニメ映画の上映会をした。キャンプには娯楽が少ないから、子供たちは大喜びだった。

アニメ映画の上映会(モハマドさん提供)
アニメ映画の上映会(モハマドさん提供)

マルシは落としブタがコツ

モハマドさんは料理は得意だと胸を張る。シリアのお母さんたちが作るような時間のかかる料理には挑戦しないが、レパートリーはそれなりだ。学生の頃、8年間ぐらい独り暮らしをしていたので、その間に覚えたという。

「実家では料理なんてしたことがなかったから、携帯電話で台所から母親に電話をして、調理方法を習った」とモハマドさん。今は同じように避難しているお兄さん家族と一緒に住んでいるので、お義姉さんが作ってくれる料理を囲んで、家族で食卓につくという。

彼の得意料理はマルシ。ひき肉のあえた具をピーマン、ナスビ、ズッキーニなどに詰めてスープで煮込んだシリアの代表的な家庭料理の1つだ。

マルシを作るコツは「落としブタ」だ(モハマドさん提供)
マルシを作るコツは「落としブタ」だ(モハマドさん提供)

「野菜が飛び出さないように、鍋のフタに水の入ったポットを入れて押さえるのがコツ」と彼は言う。日本の落としブタと同じ原理かな?

難民キャンプの学校担当マネージャー

もともとはシリア北部のイドリブ出身だけれど、学生時代をダマスカスで過ごし、シリアの教育省で働いていた。2012年に友だち4人で山を越えてトルコ側に密入国した。今は、難民キャンプの学校担当マネージャーだ。

彼が担当するキャンプには約750人の子供たちが、11のテントでつくられた学校で学んでいる。生徒数が多いため、学校は2部制をとっていて、子供たちは午前か午後に学校に通う。

「トルコ政府は寛大で、彼らにできることを精一杯してくれていると思う。キャンプには水道や電気も通っているし、学校に必要な教材も支給してくれる。トルコ政府が支給できない場合は、個人の篤志家を探して、支援をお願いしてもくれる」とモハマドさんは言う。

キャンプには内戦で夫を亡くした未亡人が大勢いるけれど、篤志家が支援してくれることもある。

夢を描くのが難しくなった子供たち

キャンプでは女性たちがニット製品などを作って、業者に販売しているけれども、本当にわずかなお金にしかならない。そのため、できればそんなことはさせたくないが、やむを得ず、子供たちを働かさせたり、路上に物乞いをさせたりするために送り出すことになってしまっている。

「紛争前、どのシリアの子供にも夢があった。エンジニアになる、医者になる、先生になる。今、子供たちが将来の夢を描くのがとても難しくなっている。子供たちが戦争ごっこをして、銃を撃つ兵士のまねをして遊んでいるのを見るのが何より辛い。この子供たちはたくさんすぎるものを見てしまった」とモハマドさんは天を仰いだ。

シリアがこんなことになってしまったなんて、モハマドさんは今でも信じがたい。イラク戦争の時にたくさんの難民が発生したけれど、あれは、隣国のイラクだけのことだと思っていた。同じことがシリアにも起きるなんて、まったく想像もしていなかった。

限られた高等教育の機会

キャンプの小学校には通えていても、高等教育を受けることができる機会はとても限られている。トルコ政府は、トルコ語の試験にさえ合格すれば、無料でシリア人学生にも大学進学の門を開放してくれた。医療だって無料で受けることができる。

ただ、あまりにもシリア難民の数が多いため、受け入れ人数にも制限があり、希望者のうちほんの一握りしか進学することができないのが現実だ。

そのため、年齢の大きい子供たちは行く学校もなく、することもなく、狭いテントの中でじっと座っているか、外でボーッとして過ごすしか選択肢がない。キャンプの中にも、インターネットや英語を学ぶことができるセンターや、小さい工場なんかで簡単な技術やビジネスを学ぶ機会があったらいいのにと、モハマドさんは思う。

シリアの学校の6割は破壊された

国際子供支援団体セーブ・ザ・チルドレンによると、紛争前のシリアの就学率はとても高く95%を超えていた。多くの子供たちが大学・専門学校・大学院などの高等教育に進学していた。今、シリア国内の学校の60%以上が破壊されたか、避難民や武装勢力に占拠されてしまい、学校として機能していない。

シリア人の保護者が一番気にかけるのは子供たちの教育だ。初等教育はボランティアや人道支援団体が運営する学校で比較的受けることができるが、高校・大学に進学するための試験を受けたり、修了証明書をもらったりすることができなくなっている地域の方が多い。

そして、この年齢の子供たちが人道支援の恩恵から一番こぼれやすいグループだ。本来であれば、「自分は何をしたいのか」を考え、将来のプランを考える前後の年齢の子供たちだ。

だが、彼らの周囲では「こういうふうになりたいな」と憧れるロールモデルが極端に少なくなってしまった。働いている大人の数が減ってしまったからだ。自分が生きる目標にしたいと思える大人を見つけることが難しい。

保護者は、子供たちがISの過激思想に洗脳されることを心配する。

戦争ごっこをしている子供たちは、恐らく単にテレビで見た映像のまねだけをしているわけではないだろう。父親、兄弟、親戚など、身近な誰かが戦っているのがシリア紛争の現状だ。

子供たちを「失われた世代」にしないために――と訴えても、緊急時にはどうしてもシェルター、食料などへの支援が優先され、子供の教育にはなかなか支援が集まりづらい。

(つづく)

出典:グーグルマイマップで筆者作成
出典:グーグルマイマップで筆者作成
出典:米国務省人道情報ユニット(HIU)
出典:米国務省人道情報ユニット(HIU)

シリア国境にある緑色の三角がトルコ国内のシリア難民キャンプ。シリア難民408万9023人のうち、トルコは最大の193万8999人を受け入れている。

田邑恵子(たむら・けいこ)

北海道生まれ。北海道大学法学部、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院卒。人口3千人という片田舎の出身だが、国際協力の仕事に従事。開発援助や復興支援の仕事に15年ほど従事し、日本のNPO事務局、国際協力機構(JICA)、国連開発計画、セーブ・ザ・チルドレンなどで勤務。中東・北アフリカ地域で過ごした年数が多い。美味しい中東料理が大好きで、食に関するアラビア語のボキャブラリーは豊富。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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