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「両親はタリバンに殺された」フェリーは希望を乗せて欧州に渡った【難民危機ルポ】

木村正人在英国際ジャーナリスト
生後5カ月の赤ん坊を連れてシリアを脱出した家族(筆者撮影)

修学旅行のような歓声

[ギリシャ・コス島―ピレウス港発]15日午後8時35分、ギリシャ・コス島を出発するフェリーに飛び乗った。翌日午前8時にはギリシャ本土のピレウス港に到着する。大勢の難民グループと一緒だった。フェリー最上階のフロアに誘導された。

ギリシャ・コス島を出港するカーフェリー(筆者撮影)
ギリシャ・コス島を出港するカーフェリー(筆者撮影)

最上階中央部には屋根がなく、海上の風が吹き込んでくる。毛布にくるまって、身を寄せ合いながら早速、睡眠をとる若者たちもいれば、車座になってカードを楽しんだり、大声で歓談したりする男性グループもいる。修学旅行のような騒々しさが午前1時ごろまで続いた。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、コス島でバットを持った15~25人の集団が難民を「自分たちの国に帰れ」と叫びながら攻撃するのを目撃したと報告しているが、状況は大幅に改善されたようだ。

話を聞いたグループはみんなコス島で受けた親切に感謝していた。欧州連合(EU)の難民登録証が発行されるまでに要した期間はだいたい3日間。しかし、フェリーで乗り合わせた難民たちは自費で船賃を負担できる、まだ経済的に恵まれたグループだ。

「ドイツで新しい人生を切り拓く」

シリアを脱出したアキリさん一家(筆者撮影)
シリアを脱出したアキリさん一家(筆者撮影)

コンピューター技術者ヒシャム・アキリさん(29)=写真中央=は妻のドゥアさん(25)=右から2人目=、生後5カ月の娘マナラちゃん、母のマナラさん(49)=右端=、弟のアフマドさん(22)=左=と一緒にシリアのダマスカス郊外から逃げてきた。

祖母と同じ名前を授けられたマナラちゃんはかわいい寝息をたてていた。まつ毛が信じられないほど長く、カールしている。

シリアから空路でレバノン、トルコへと5日間かけて移動した。トルコ南東部ボドルムからボートでギリシャのコス島に渡り、難民登録証を手に入れるのに3日待った。そして家族でフェリーに乗った。

「スマートフォンのGPS(全地球測位システム)を使ってコス島の位置を確認し、ボートを漕ぎました」(ヒシャムさん)「コス島ではみんなが良くしてくれた。私たちはコス島を大好きになりました」(アフマドさん)

みんなでドイツ・フランクフルトの友人宅を目指している。友人宅を拠点にヒシャムさんはコンピューター関係の仕事を探し、アフマドさんはドイツの大学でコンピューター技術を学ぶ計画を立てている。

「過激派組織『イスラム国』の攻撃が激しくなってきました。シリアにいても未来は開けません。安全なドイツで勉強して、新しい人生を切り開きたい」とアフマドさん。

両親も伯父もタリバンに殺された

アフガニスタン出身のアフマド・ワリーさん(23)の体験は悲惨だった。3歳のとき、アフガン南部の主要都市カンダハールの自宅が、反政府武装勢力タリバンの砲撃を受け、両親が亡くなった。アフマドさんは足にケガを負ったが、生き残った。

母親の兄がアフマドさんを引き取って育てた。しかし昨年、首都カブールの警察署がタリバンに攻撃され、6人が死亡。警察の幹部だった伯父もこの中に含まれていた。祖母がアフマドさんに言った。

「アフガンではタリバンが勢力を増し、大学に進んで勉強ができなくなる。あなただけでも国を出なさい」

アフマドさんはアフガンからイラン、トルコ、ギリシャを経て、このフェリーに乗るまで実に1年の歳月を要した。未来への希望を陽気に語ったが、「写真を撮って良いか」と尋ねると、「ダメだ」と表情を硬くした。アフガンから欧州に逃れても、タリバンに狙われるという恐怖がつきまとう。

欧州は難民の未来を保証できるか

イラク出身のアリ・アルマジャマイエさん(23)は「トルコでもう1年以上過ごしました。新しいステップを踏み出すまでトルコでは2~4年も待たされる。欧州連合(EU)なら難民登録証が早く出ます。それが、難民がトルコからEUを目指す最大の理由です」と話す。

フェリーを下りて、それぞれの目的地を目指す難民(筆者撮影)
フェリーを下りて、それぞれの目的地を目指す難民(筆者撮影)

EUは14日、緊急内相理事会を開き、欧州に逃れてきた難民16万人について加盟国が人口や経済力に応じて受け入れる割当制を協議した。しかし合意できたのは、すでに任意の受け入れで合意した4万人についてだけで、中・東欧諸国が義務的な受け入れに反対したため、残る12万人については合意できなかった。

EUに対し、国連は20万人の受け入れを求めている。

ドイツのメルケル首相は合意を急ぐため、EU首脳会議の開催を呼び掛けている。しかし、ハンガリーやチェコ、スロバキア、ルーマニアは「義務的に難民を受け入れる割当制の導入は間違ったメッセージを送ることになる。さらに難民が押し寄せる」と義務的な割当制に強硬に反対している。

EU域内では、難民の二重申請やたらい回しを防ぐため、難民が最初に到着した国で難民登録手続きを行う「ダブリン合意」がある。難民が他のEU加盟国に移動しても強制的に最初に到着した国に送り返すことができる。

豹変したメルケル首相

ギリシャのコス島やレスボス島、ハンガリー国内などで大量の難民が滞留し、国際世論の批判を受けた。このため、メルケル首相は人道的な立場から「ダブリン合意」を自主放棄して数万人の難民を受け入れ、世界中から称賛された。

しかし、ドイツへの難民流入が今年、昨年の5倍の100万人に達するとの見通しが発表されるや否や、態度を再び豹変させ、国境での難民管理を再開した。

ハンガリーではセルビアとの国境に全長175キロのカミソリ有刺鉄線を敷設、違法に国境を越えた場合、犯罪として処理するという強硬姿勢を示している。16日は国境を越えようとした難民に催涙ガスと放水銃を使用した。

出典:UNHCRデータより筆者作成、今年8月
出典:UNHCRデータより筆者作成、今年8月

しかし実際にシリア難民の大半を受け入れているのは、大騒ぎしているEU加盟国ではなく、トルコやレバノン、ヨルダンなどシリアの周辺国だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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