ホルムズ海峡「無知、ピンボケの質疑応答に唖然」元タンカー乗り、怒りの直言(上)

現実離れした神学論争

中東・ホルムズ海峡での機雷掃海について集団的自衛権が必要か、個別的自衛権でも対応できるのか――。安全保障関連法案を審議する国会では、日本に石油を運ぶシーレーンの大切さと世界一の海上自衛隊の掃海能力をまったく無視した「神学論争」が繰り広げられている。

「Very Large Crude Oil Carrier(VLCC)」と呼ばれる超大型タンカーの船長を務め、ホルムズ海峡を何十回も航行、1980年代のイラン・イラク戦争、イラン軍・イラク軍がタンカーなどの船舶を攻撃したタンカー戦争、91年の湾岸戦争など「危機のペルシャ湾」をくぐり抜けてきた片寄洋一さんを直撃した。

――ホルムズ海峡はどんなところですか

「ホルムズ海峡は狭く、両岸は暗礁、岩礁が多く、また水深が浅く、(そのほとんどは)小型船しか航過できません。大型船は中央部分にある航路筋だけが航過できますが。VLCCは中央部の水深があるところを辛うじて航行できるだけで、さらに海峡の中央部分で大きく変針しますので操船は大変です」

グーグルのマイマップで作成
グーグルのマイマップで作成

「特に沙漠地帯特有の風があり、横風を受けると流される危険が生じます。空船ですと喫水が浅いので船体が大きく浮上して、横風の影響は大きくなるため、ペルシャ湾に入るときは冷や汗をかきながらの操船になります。ペルシャ湾内も岩礁、暗礁が多く、航路が設定されているのですが、夜間はブイを確認しながら航行します。管理に不安があり、常に緊張の連続です」

「航路筋の中央に岩礁があり、超大型タンカーの空船の場合は喫水が上がり、その分船橋が高くなり、当然船首も高くなりますから前方の視野が船首から800メートル位の前方は陰になり見えなくなります。操船が困難になり、四方を砂漠に囲まれたペルシャ湾は日中照りつける太陽で砂漠は熱せられて猛烈な上昇流があり、海から砂漠に向かって猛烈な風が吹きます。雨はないのですが、風は強烈です」

「従って(取った舵と反対方向に舵を切って、船体が振れるのを止める)当て舵の操作が熟練を要します。積み込みはシーバースと言って、遙か沖合いにシーバースの係留索止めが設置されており、原油のパイプラインが海底に設置されています。タンカーのパイプとジョイントして流し込みます」

海峡封鎖はこれまで何度もあった

――ホルムズ海峡が閉鎖されてもパイプラインで湾外への積み出しは可能ですか

「ペルシャ湾外にパイプラインを設置して、湾外で積めばとの案もあり、一部可能になっています。しかし、湾内には多くの積み出しパイプラインがあり、国も会社も異なり、それをすべて湾外で積み出すのは到底、無理なことです。原油はスラジを大量に含んでおり、ガソリンのようには流れませんから、流す作業は設備が大変なことなのです」

「ホルムズ海峡封鎖はこれまで何度もありました。幸いなことには我が国海運会社所属の船舶は多少の被害はありましたが、大騒ぎするほどの被害ではなかったので、ほとんど報じられませんでした。外国籍の船舶は、触雷による爆発、沈没の被害がありました。火災を起こしている船舶の側を通り過ぎたこともあります」

――機雷とはどのようなものでしょう

「機雷とは、機械水雷の略で、水中の地雷と言ったところでしょうか。感応機雷(船のスクリュー音や磁気に反応して爆発)、触発機雷(船体に触れると爆発する機雷)、磁気機雷(海底に設置され、船体の磁気を感知すると浮上して爆発。船体の磁気を感じてもすぐには爆発せず、何隻目かにカウントして爆発する機雷と各種ある)。近年更に改良された機雷が実用化されています」

機雷の種類(出典:海上自衛隊掃海隊群HP)
機雷の種類(出典:海上自衛隊掃海隊群HP)

「もの凄い爆発力があり、大型船一隻を瞬時に轟沈できる威力があります。一方、製造は簡単で安価です。ミサイルに比べると遙かに安価で、威力は猛烈です。現在、国会では掃海に関する論議が行われています。機雷掃海に関する論議は1991年に海上自衛隊の掃海部隊がペルシャ湾に派遣された湾岸戦争後の掃海よりも1歩前進して、停戦、終戦の前に自衛隊掃海部隊を派遣して、機雷を処分するための危険性や必要性に焦点が当てられています」

「政府は、原油輸入のルートである中東・ホルムズ海峡が機雷で封鎖され、国民生活に甚大な影響を及ぼす『存立危機事態』が発生した場合、海上自衛隊掃海部隊を派遣しての掃海を可能にすべきだと主張しています。野党側は『ホルムズ海峡封鎖は、非現実的であり得ない』『停戦前は危険』などと反発しています」

「この程度の知識で国家の政策が決まっていくのが怖ろしい」

――ホルムズ海峡封鎖は非現実的だという指摘があります

「ホルムズ海峡の封鎖は非現実的だという主張がありますが、何をもって非現実的と言えるのか。過去何度も封鎖の危機にあったことを無視するのか。現実に海上自衛隊の掃海部隊が派遣されて掃海の任に当ったことを無視するのか。また停戦前は危険だとの見解はどういうことか」

「停戦前であれば、海上自衛隊掃海部隊の派遣は駄目、その代わり無防備のタンカーは危険を承知でペルシャ湾やホルムズ海峡を航行するのはやむを得ない、シーレーン確保のためには船員の犠牲はやむを得ない、と言うことでしょうか。安全保障関連法案の国会審議で、集団的自衛権を行使しての機雷掃海に関しての質疑応答が注目されています」

「国会議員の先生方は掃海やホルムズ海峡に関しての知識がないのは当然ですが、事前に専門家からのレクチャーは受けているのでしょうか。あまりにも無知、ピンボケの質疑応答に唖然とします。この程度の知識で国家の政策が決まっていくのが怖ろしいほどです」

「思い起こせば第二次大戦突入の重大決断が事前に論議さえも行われず、一部の重臣だけで決定してしまって、聖断としてまかり通ったよりは幾分進歩したと見るべきなのでしょうか。防衛省幹部は『制海権、制空権を確保したエリアであれば、停戦前でも掃海は可能』と強調しています」

ミサイル時代、制海権、制空権の確保は難しい

「しかし、ミサイルが飛び交う時代、制海権、制空権を確保したとは言えず、絶対安全とか安全確保などは何処にいても保証されるモノではありません。従って何処にいても危険はあることを前提として行動するしかない。我々タンカー乗りは常に死の恐怖と闘い、臨戦態勢でことに臨んでいました」

「それは職責としてやむを得ないことであり、それを覚悟で業務に従事していただけで、崇高な理想があった訳ではありません。しかし、結果的には生命線である原油を滞りなく運んで、国民の日常生活に混乱はなかったし、国民もまたそのような危険の中、輸送に従事した我々に感謝どころか、その存在にさえ気付いていません。それで社会は円満に動いているのであって、お互いが職責をまっとうしただけです。それが社会の歯車と言うべきでしょう」

――機雷の除去はどんな形で進められますか

「機雷は敷設されると、その除去は大変です。機雷には各種あり、浮遊機雷でも見張りで発見することは不可能で、タンカーの構造として船橋は後部にあり、また視野が海上から40メートル位から見下ろすようになりますから、車や飛行機のようにすぐ前はまったく視野に入りません」

「約700メトールから1キロ位の前方が見えるだけになりますので、船首に見張員をおきますが気休め程度にしかなりません。また機雷の大半は海底に潜む磁気機雷で、それを探知できるような例えばソナーのような機材は全くありません」

「磁気を探知して人間が潜って確かめるしかありません。まさに命を懸けた作業です。この方法は、掃海艇が装備するソナーのような海底の磁気を探知する特殊な機材があり、これで怪しい磁気を探知した場合、掃海艇からゴムボートが発進され、水中処分員(ダイバー)が分乗しています」

感応掃海による実機雷処分(出典:海上自衛隊掃海隊群HP)
感応掃海による実機雷処分(出典:海上自衛隊掃海隊群HP)

「目的の海域に到達すると、ダイバーは潜水し、海底の怪しい磁気に近づき、機雷か単なる鉄器かを確認し、もし機雷と判明した場合は、一度浮上し、ゴムボートから時限点火式の爆薬を受け取り、再び潜水して機雷にその爆薬を取り付け、素早く浮上して、出来る限り安全海域に戻り、掃海艇が近づき点火爆発します」

海自の掃海能力は世界一

――海上自衛隊の掃海能力のレベルは

「このような掃海は海上自衛隊が持つ特殊な技術であって、世界に類を見ない世界一の技術を持っています。第二次大戦中、日本周辺は機雷で封鎖され、輸送路を断たれたとき我が国は破れました。世界に誇る連合艦隊も緒戦だけで、あとは海上封鎖という我が国軍部が想像もしていなかったアメリカ軍の巧妙な戦術に翻弄され、敗れ去りました」

「このため掃海に関しては戦時中から研究を重ね、ある程度の実績を挙げてきました。しかし、大型爆撃機(B29)に多くの機雷を搭載し、日本近海の海上を低空で飛びながら機雷をバラ撒くという新戦術で、あまりにも多くの機雷をばらまかれ、お手上げになってしまったのが実情でした」

「戦後は、アメリカ軍が自ら撒いた機雷の除去に苦慮し、終戦時接収していた旧海軍の小型艦艇を貸与という形で機雷除去の掃海を命じ、旧海軍軍人が集まり、掃海に従事し、それが海上保安庁創立の礎になり、さらに海上自衛隊に引き継がれ、現在に至っておりますので、海上自衛隊創立の母体は掃海部隊です」

「戦後も触雷による沈没事故は数多く起きており、青函連絡船は夜間の航行は禁止となり、昼間だけ、見張り専用の船舶が同航し、浮遊機雷の発見に努め、避けて航行するのがやっとでした。その危険性が無くなったのは昭和30年代であって、掃海部隊の尽力によるものです」

(つづく)

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片寄洋一(かたよせ・よういち)外航船乗組、船長、通信長を歴任(日本籍、米国籍、ギリシャ籍、ポルトガル籍、パナマ籍、リベリア籍船など)。中東駐在員、ポートキャプテン、スーパーバイザー、マリンロイヤーを歴任した。